文=深川峻太郎 写真=Getty Images

サッカーにたとえると、わかりやすいこともある

「書き手よりも読者のほうがバスケに詳しい」という世にも珍しい連載コラムが、いよいよNBAウォッチングに乗り出すのである。レギュラーシーズンはまったく見てないけど、プレーオフが始まったからね。

なにしろNBAのプレーオフは、思いのほか長い。2カ月もかけてやるらしい。それぞれ15チームある東西両カンファレンスから8チームずつ出場できるなんて、知らなかった。サッカーでいえば、NBAのレギュラーシーズンはワールドカップのグループリーグみたいなものだ。だったら、プレーオフだけ見ればNBAのことはだいたいわかるだろ。

……なーんて訳知り顔でホザいてると、コアなファンの皆様に怒られて炎上案件になりかねないので、プレーオフの予習のためにレギュラーシーズンの試合をひとつだけ見ました。2月11日に行われた、ゴールデンステイト・ウォリアーズvsオクラホマシティ・サンダーの一戦である。

なぜその試合なのかは、NBAファンには説明不要だろう。サンダーからウォリアーズに移籍したケビン・デュラントが、古巣の地元で大ブーイングを浴びながらプレーした遺恨試合である。最初はどういうことなのかピンと来なかったが、かつてサッカー雑誌でもコンビを組んでいた担当編集者からこんな説明を受けて、私はすべてを了解した。

「ずっとラツィオにいると誰もが信じていた生え抜きのネスタがミランに移籍して、オリンピコ(ラツィオのホーム)に凱旋してきたようなもんです」

おお、なるほど、そりゃ燃えるぜ! イタリアのサッカーの話なので、わからない人はわからなくていい(そもそもバスケファンにこのたとえ話は不要だ)が、私はラツィオの大ファンだったので、これを聞いた瞬間にサンダーへの好意とデュラントへの敵意を抱いたのだった。

スポーツ観戦は「どっちかに、いかに肩入れできるか」がカギ

オクラホマシティのみなさんの気持ちは、よーくわかる。なにしろ3シーズン前にはMVPに輝き、受賞スピーチではチームへの感謝を滔々と述べてみんなを感動させたヒーローだ。それが強豪チームに出て行っちゃったのだから、さぞや悔しく、寂しい思いをしたことだろう。まさに可愛さ余って憎さ百倍である。

こういう感情は、スポーツ観戦に欠かせないスパイスだ。とくにセリエAやNBAのような外国のスポーツに、われわれ日本人は「地元感」を持ちようがない。したがって、たまたま何かの拍子に刷り込まれた好意や敵意が、継続的な観戦のモチベーションになる。

知性派を気取る方々は、「ニュートラルな立場で純粋にハイレベルなプレーを楽しめばよい」なんておっしゃいますけどもね。評論家や研究者になるならともかく、ふつうのファンはどっちかに肩入れしないと「エモい娯楽」にならない。わが子の所属チームに全力で肩入れすれば、チョー低レベルの小学生サッカーだって極上のエンターテインメントだ。それがスポーツってもんである。

で、この試合の場合、レベルは世界最高水準である上に、好意と敵意のギャップも最大級なのだから、サンダーのファンたちはサイコーに楽しかったにちがいない。デュラントがボールを持つたびに、容赦ない盛大なブーイング。デュラントのシュートが落ちたところを別の選手が押し込んだときには、「おまえなら、まあいいや」という空気にさえなっていた。たぶん、うっかり拍手しちゃった人もいたと思う。

こうなると、もう、ファンにとっての敵がウォリアーズなのかデュラントなのか、よくわからない。デュラントからパスが回ってくるとブーイングがピタリと止むのだから、ウォリアーズのほかの選手たちは、アウェーなのにえらくプレーしやすかったのではなかろうか。

さあみなさんご一緒に「カーーーーーップケイク!」

ところでこの試合では、客席のあちこちに、カップケーキを描いたボードを掲げる人がいた。おそろいの「カップケーキTシャツ」をこしらえて着ているおっさんたちもいる。なんだかカワイイし美味しそうなので、「カップケーキはオクラホマ州の名物なのか?」と思ったが、そうではないらしい。

「外見は派手だけど中身はスカスカの腰抜け」──優勝したいがために強いチームに移籍したデュラントのことをそう罵るためのシンボルが、カップケーキだそうだ。そんなの、言われなきゃわかんねーよ。事情を知らない人には、デュラント・ファン御用達の応援グッズにしか見えません。ていうか、「中身はスカスカ」って、一生懸命にカップケーキを作ってる人たちに怒られないのか。名誉毀損で訴えられるのではないかと心配だ。

しかし、さまざまなバッシング作戦も功を奏さず、試合は130-114でウォリアーズの勝ち。デュラントも34得点の活躍である。試合後も客席は「カーーーーーップケイク! カーーーーーップケイク!」の大合唱に包まれていた。やっぱり、かつての英雄を称賛しているように聞こえてしまう。

あれだけ注目してくれたら、デュラントだってそんなに悪い気はしないだろう。虐待やいじめでいちばんキツいのはネグレクト(無視)だというから、オクラホマシティのファンが何事もなかったようにフツーにサンダーを応援し、むしろステフィン・カリーあたりに激しいブーイングを浴びせたほうが、デュラントはメンタルをやられたかもしれない。

だいたい、カリーって、なんかカンジワルイじゃないですか。すごい選手なのは知ってるけど、マウスピースをパイプみたいにくわえてフリースローを投げるあの態度はどうなのよ。NBAファンのあいだでは、あれも愛すべき個性として喜ばれてたりするの? おれは汚らしくてイヤだなー。まあ、いずれ見慣れるのかもしれないけど。

勝てよサンダー、カンファレンス・ファイナルまで!

それはともかく、この試合を含めて、サンダーはレギュラーシーズンでひとつもウォリアーズに勝てなかった。サンダーファンとしては、このままでは終われない。何としてもプレーオフで再戦して復讐を果たしたいだろう。私も、新たなバッシング作戦がどんなものになるのか見たいので、両チームにはぜひカンファレンス・ファイナルまで勝ち上がっていただきたいものだ。

仮にサンダーがその前に敗退してしまっても、ウォリアーズが勝ち進むかぎり、オクラホマシティのみなさんはプレーオフを楽しむことができる。ウォリアーズの対戦相手を全力で応援することで、「アンチ・デュラント」の戦いを続ければよい。

もし最終的にウォリアーズが優勝してしまったら、やることはもう決まっている。デュラントが高々と掲げる優勝カップ(ラリー・オブライエン・トロフィー)を、色とりどりのカップケーキに差し替えたコラ画像がネット上に出回るのは、火を見るよりも明らかだ。うーん。それ、見たいなぁ。やっぱ、ウォリアーズを応援しよっかな。

にわかファン時評「彼方からのエアボール」
第1回:最初で最後のNBL観戦
第2回:バスケは背比べではなかった
第3回:小錦八十吉と渡邊雄太
第4回:盛りだくさんの『歴史的開幕戦』に立ち会う
第5回:吉田亜沙美がもたらした「大逆転勝利」
第6回:フラグなき逆転劇と宇都宮餃子
第7回:杉並区民の『地元クラブ』探し、今回は井の頭線ぶらり終点下車
第8回:ウインターカップとスラムダンク的自己啓発
第9回:Bリーグ初のALLSTARはバスケの『余興的エンタメ性』が炸裂!
第10回:W最終決戦は栗原さん以外も見どころ満点、驚きと発見の玉手箱や~