文=深川峻太郎 写真=野口岳彦
著者プロフィール 深川峻太郎(ふかがわ・しゅんたろう)
ライター。1964年生まれ。2002年に『キャプテン翼勝利学』でデビューし、月刊『サッカーズ』で連載コラム「お茶の間にルーズボール」を執筆。中学生の読者から「中身カラッポだけどサイコー」との感想が届いた。09年には本名(岡田仁志)で『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日本代表の苦闘』を上梓。バスケ観戦は初心者だが、スポーツ中継を見始めると熱中してツイートしまくるタイプ。近頃はテニス観戦にもハマっている。月刊誌『SAPIO』でコラム「日本人のホコロビ」を連載中。

手に汗を握るターンオーバー合戦の行方やいかに

バスケットボールには、野球やサッカーと大きく異なる点がある。そんなの違う競技なんだから当たり前といえば当たり前なんだが、まあ、聞いてほしい。長く野球やサッカーに親しんできた私が、バスケ観戦歴5カ月目にして気づいたのはコレだ。

「バスケは、先制点がわりとどうでもいい」

野球もサッカーも、試合が始まったら、まずは「どっちが先に点を取るか」が大問題である。先制したほうが有利に試合を進められるし、たぶん勝率も高いだろう。統計的にどうなのかは知らないけど、少なくとも心理的には「先制されたらかなりピンチ」だ。

なぜなら、野球とサッカーでは「完封負け」という事態がけっこうな頻度で起こるからである。完封があり得るから、先制された瞬間に「このままだと負けてしまう」という危機感が芽生え、「早く同点にしなければ」と追い込まれた心境になるのだった。

ところがバスケには「完封」がまずあり得ない。調べてみたら、高校女子バスケでは過去に「268-0」という驚異的なシャットアウトゲームがあったらしいけど、これは圧倒的な実力差によるもので、例外中の例外であろう。野球やサッカーは実力が拮抗したプロ同士の試合でも「完封」がふつうにあるが、バスケでは、ふつう、ない。「点の取り合い」が大前提だから、先制してもホッとしないし、先制されて慌てることもないわけだ。

したがって、ティップオフと同時に「どっちが先制するか?」と身を乗り出す人はあまりいないだろう。試合が終わった後、「この試合で先制したのはどっち?」と聞かれて即答できる人も、きっと少ない。野球やサッカーとくらべると、そんなことは「わりとどうでもいい」のである。

だが、10月7日に国立代々木競技場第二体育館で行われた試合は、ちょっと違った。Wリーグの開幕戦、富士通レッドウェーブ対JX-ENEOSサンフラワーズである。

JXには吉田亜沙美、渡嘉敷来夢、間宮佑圭、宮澤夕貴、富士通には長岡萌映子、町田瑠唯と、リオ五輪で活躍した代表メンバーが顔を揃えたこともあって、満員の会場はかなりの熱気に包まれたのだが、まあ、点が入らないこと入らないこと。選手たちも気合い十分で、両チームともすごい勢いで走り回るんだが、シュートミス連発のターンオーバー合戦がくり広げられた。「この試合、点入んのか?」と心配になったほどだ。

開始直後の大ピンチ、チームを救った我らが吉田亜沙美

しかし、それがつまらなかったわけでは全然ない。むしろ「どっちが先制するのか」と手に汗を握った。そんなことは、私の短いバスケ観戦歴の中でも初めての経験だ。両チームのブースターも、シュートが落ちるごとにヒートアップ。ラストパスが通っただけで「うわあああああ!」という大歓声が上がり、選手はそれでドキドキしちゃうのか、またシュートを外す。なんかもう、「1点取ったほうが勝ち」みたいなムードになってました。

やっと富士通が先制ゴールを決めるまで、2分ぐらいかかっただろうか。そんなに長い時間ではないとはいえ、そのペースだと1試合(40分間)で20ゴールしか入らないわけだから、バスケにしては異常に長い無得点タイムである。

勢いに乗った富士通は、その後も連続得点。試合開始から約5分でスコアが7-0まで開いたときは、「先制点が効いた一戦」という珍しい試合になるのではないかと思った。9連覇を目指す王者JXも、かなり精神的に追い込まれたのではなかろうか。

そんな苦境を救ったのは、やはり彼女だ。リオでも代表のキャプテンとして素晴らしい働きを見せた吉田亜沙美である。チームにとって最初のゴールを決めると、7-4からは華麗な同点3ポイントシュート。続く勝ち越し点も、吉田の鋭いラストパスから生まれたものだった。すみません、試合開始前からストーカーのように吉田サンばかり見ていたので、どなたがシュートを決めたのかはメモしてません(編集部注:宮澤選手の得点です)。

それ以降は最後までリードを保ったまま、76-61でJXの勝ち。最終スコアだけ見ればJXの圧勝だが、私はこれ、「土俵際からの大逆転勝利」だと感じた。一般的に、どの時点でひっくり返したらバスケで「逆転勝ち」とされるのかは知らない。サッカーなら、どんなに早い時間帯に先制点が入っても、先制されたほうが勝てば「逆転勝ち」だろう。だが、バスケではどうか。第1クォーターで7点差をひっくり返したぐらいでは、単に「序盤は出遅れた」ぐらいの話なのかもしれない。

一挙手一投足に味がある、V9を目指す姿は長嶋茂雄の再来!?

でも、7-0とされた時点のJXは、野球でいえば8回裏、サッカーなら後半40分で1点のビハインドぐらいの大ピンチだったと私は思う。あのまま点差が10点以上に開いたら、どうなったかわからない。そこでチームを蘇生させた吉田の存在感はさすがだ。私が吉田しか見てなかったせいもあるだろうけど。

逆転劇のときだけではなく、吉田は最初から最後まで面白かった。試合前、みんながシュート練習してるときに1人だけストレッチをしていたマイペースな吉田。第2クォーターが始まったとき、審判がライン外にいる選手に渡すべきボールを間違えて吉田にパスしたら、「ええんやで」と言わんばかりにニッコリ笑ってボールを返した心やさしい吉田。味方がファウルの判定に抗議してるのに気づかず、そこらで「エア3ポイントシュート」の練習をしていた空気読めない吉田。試合終了後、観客席に上がって知り合いの赤ちゃんを抱っこしたらギャン泣きされちゃった残念な吉田。その一挙手一投足には、いちいち何とも言えぬ味がある。

「9連覇を目指す」と聞くと、プロ野球を見て育った私の世代はどうしたって川上監督時代の巨人軍を思い出すわけだが、吉田には当時の長嶋茂雄みたいな雰囲気を感じなくもない。卓越した技術、勝負強さ、そして、何をしても絵になる強烈なキャラ。彼女を見るためだけでも、Wリーグの会場に足を運ぶ値打ちがあると思いました。

にわかファン時評「彼方からのエアボール」
第1回:最初で最後のNBL観戦
第2回:バスケは背比べではなかった
第3回:小錦八十吉と渡邊雄太
第4回:盛りだくさんの『歴史的開幕戦』に立ち会う
第5回:吉田亜沙美がもたらした「大逆転勝利」