文=深川峻太郎 写真=B.LEAGUE

著者プロフィール 深川峻太郎(ふかがわ・しゅんたろう)
ライター。1964年生まれ。2002年に『キャプテン翼勝利学』でデビューし、月刊『サッカーズ』で連載コラム「お茶の間にルーズボール」を執筆。中学生の読者から「中身カラッポだけどサイコー」との感想が届いた。09年には本名(岡田仁志)で『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日本代表の苦闘』を上梓。バスケ観戦は初心者だが、スポーツ中継を見始めると熱中してツイートしまくるタイプ。近頃はテニス観戦にもハマっている。月刊誌『SAPIO』でコラム「日本人のホコロビ」を連載中。

宇都宮に11時45分着、バスケットボールの前にまず……

10月23日の日曜日。宇都宮駅に着いたのは、午前11時45分だった。渋谷から各駅停車でおよそ2時間。わざわざ栃木まで足を運んだのは、ほかでもない。田臥勇太を見るためである。Bリーガーの中では唯一、開幕前から名前を知っていた大スターだ。

そりゃあもう、日本のバスケ選手といえば、誰が何といおうと田臥だろう。36歳というと、ちょうどJリーグ開幕時のラモス瑠偉と同じぐらいの年齢である。ベテランとしての「重鎮感」は田臥のほうがやや上か。「にわか」とはいえ、彼のプレーを知らずしてバスケファンを名乗ることは許されまい。その田臥が所属する栃木ブレックスとアルバルク東京が激突する東地区の首位攻防戦、第2ラウンドである。長距離移動も苦にはならぬ。

だが私には、会場に向かう前にやっておきたいことがあった。「日本のバスケといえば田臥勇太」と同程度のレベルで、「宇都宮といえば餃子」だ。完全無欠の大衆ミーハー思考だが、せっかく来たのだから、これを食わずには帰れない。軽くググってみると、「みんみん」なる店が人気のようだ。駅前にあるので、そこで腹ごしらえをしてから会場へ行こう。

しかしさすがは人気店、ちょうど昼時だったこともあって、長蛇の列である。あまり時間に余裕がないので、「みんみん」には帰りにまた立ち寄ることにして、駅ビル内の店に入った。「宇都宮餃子 元祖 宇味家」だ。行列はできていないが、まあ、「元祖」で「うまいや」なら間違いはあるまい。

メニューを見ると、「男性にはダブル(餃子12個)にごはんセットがオススメ」と書いてある。ここでシングルを頼むと宇都宮市民にナメられそうな気がしたので、素直にそれを注文。ちと多いか……と思ったが、ウマいのでスイスイと腹に入る。パリッとした焼き加減が絶妙で、大満足であった。

「バスケは楽しいなあ」と思わせられる体験

駅前から出る無料送迎バスで、試合会場へ。降りるときに、運転手さんが「行ってらっしゃーい」と声をかけてくれるのがうれしい。これ一発で(プレスなのに)気分はブレックス応援モードになってしまうのだから、『おもてなし』はやはり大事だ。

1カ月前に見たBリーグ開幕戦は両チームのファンが半々だったので、一方の本拠地での観戦は私にとって初体験。それがブレックスアリーナ宇都宮だったのは、幸運だったのかもしれない。黄色に染まったスタンドは、前日の第1ラウンドでの快勝(96-76で栃木の勝ち)の勢いも手伝って、たいへんな高揚感と熱気に包まれていた。選手入場の際には、観客がオールスタンディングで割れんばかりの拍手と歓声。というか、最初から最後まで、体育館は「割れんばかり状態」だった。いつか本当に割れるかもしれない。

そんな空気の中で、開始早々にいきなり3ポイントシュートを決めてみせるのだから、田臥勇太はやはり役者である。いや、むしろ舞台監督というべきか。この最高すぎる演出に、ファンの興奮はのっけから頂点に達した感があった。まるで、第4クォーターの残り20秒で試合を決定づける3点が入ったかのような盛り上がりである。

田臥はその後も立て続けに好プレーを見せた。ゴール下を駆け抜けて振り向きざまのジャンプシュート、遠藤祐亮や古川孝敏のゴールをアシストするノールックパス。さらに田臥と交代した渡邉裕規もシャープな動きを見せ、3ポイントシュートを決める。ブレックスの選手たちは、素朴に「バスケは楽しいなあ」と思わせてくれた。第1クォーターは栃木27-19A東京。

ブレックスアリーナの『物語生成能力』に身を任せ

いまから振り返れば、私はその時点で、会場を支配する「物語」の勢いに飲み込まれていたのだろう。そもそも人間は(国家とか民族とか宗教とか貨幣とか)何らかの物語に寄りかからなければ社会を維持できないらしいが、いったん物語に飲み込まれると、そのストーリーに都合のよい物事しか目に入らなくなったりするものだ(例:「宇都宮といえば餃子」という物語を信じると「元祖」に説得力を感じる)。

ブレックスアリーナの物語生成能力は圧倒的だった。なんというか、「きっと栃木が勝つに違いない」とさえ思わない。ウルトラマンを見ながらいちいち「今日はウルトラマンが勝つに違いない」とは誰も思わないのと同じで、結果はあらかじめ決定論的に約束されており、自分たちはそれまでのプロセスを楽しんでいるという感覚である。

だから、すべては栃木ブレックスの「勝利フラグ」に見えてしまった。耳をつんざく雷鳴のごときブーイングでアルバルクがフリースローを外せば「やっぱりね」と呟き、ブレックスが24秒ギリギリで無理めのシュートを放てば、「どうせリバウンドは栃木ですよ」とほくそ笑む(実際そうなるケースが目立った)。

70-60の10点差で迎えた第4クォーター、いきなりアルバルクが連続ゴールで5点差に詰め寄っても、「まあ、これぐらいのピンチはないとつまんないよね」という雰囲気だった。なにしろ第3クォーター終了後には、入場者数がチーム最高の「4035人」を記録したというアナウンスもあったのだ。これが勝利フラグでなくて何だというのか。

それが「ウルトラマンのカラータイマー点滅」ぐらいのドキドキ感になったのは、残り6分強でギレンウォーターがフリースローを2本決め、72-69の3点差になったときだ。ちなみにこの試合、アルバルク全体のフリースロー決定率は63%(17/27)だったが、ギレンウォーターは83.3%(10/12)。みんなで床をドカドカと踏みならすあの強烈なブーイングの中でこれだけの数字を残したギレンウォーターには、敬意を込めて「ミスター鈍感力」の称号を贈りたい。鋼鉄のメンタルである。

『怪獣サイド』が放つまさかのスペシウム光線!

それから2分間ほど、スコアは72-69のまま動かなかった。先に取ったのはアルバルク。田中大貴が決めて1点差になったが、それでも私はウルトラマン的な演出としか感じなかったのだから、物語っておそろしい。すぐさま遠藤が入れ返したので、「ほらね」と思っていた。さらに74-73から田臥の3ポイントシュートが外れても、次にギャレットがフリースロー2本とも落として「やっぱりね」だ。そして、77-75から古川の3ポイントシュートが決まり、80-75となったときは、とうとう最後のスペシウム光線が命中したぐらいの気分だった。

ところが。スペシウム光線を残していたのはアルバルクのほうだった。ギレンウォーターがまた2本のフリースローをきっちり入れると、田中が超ビューティフルな3ポイントシュートを放り込んで80-80の同点。目の前で起きたことを理解できない私が「え? え? どーゆーこと?」と狼狽しているうちに、ギャレットが勝ち越しゴールを決め、さらにはあんなに入らなかったフリースローまで2本そろえて、80-84である。

こっちがポカーンとしているあいだに、アルバルク東京が大逆転勝利を収めたのだった。

何それー。アルバルク目線で物語を見ていなかった私には、いつどこで「逆転フラグ」が立ったのかさっぱりわからない。ブレックスアリーナの大きな物語に飲み込まれることなく、最後まで自分たちの物語を信じ切ったアルバルク全体が、強靱な「鈍感力」を持っていたということだろうか。

観戦者としては、栃木ファンにあっさり洗脳され、安易な勧善懲悪ストーリーにとらわれた結果、アルバルクのプレーぶりをちゃんと見ていなかったことに反省しきりである。試合を公平に見るのって難しい。

取材を終えて宇都宮駅までトボトボ歩いて戻ると、「みんみん」は相変わらず長蛇の列。どんだけ人気なんだよ。疲れちゃったので並ぶ気にならず、その隣にある「宇都宮餃子館」で「健太餃子」をいただいた。ジューシーで、こちらも美味しい。さらに駅で家族への土産に「青源」の餃子(味噌だれ付き)を購入して帰路についたが、やはり「みんみん」を体験できなかったのは心残りである。

あの第4クォーターに、華麗にチームを救う「カリスマ田臥」も見たかった。やり残し感満載の日帰り出張だ。悔しさにまみれているであろう栃木ファンと同様、私も捲土重来を期して必ずまた宇都宮を訪れたい。

にわかファン時評「彼方からのエアボール」
第1回:最初で最後のNBL観戦
第2回:バスケは背比べではなかった
第3回:小錦八十吉と渡邊雄太
第4回:盛りだくさんの『歴史的開幕戦』に立ち会う
第5回:吉田亜沙美がもたらした「大逆転勝利」