「彼の5秒バイオレーションからすべてが始まった」
トム・シボドーは主力を偏愛し、過度なまでに重用する。プレーオフでは主力のプレータイムが40分を超えるのは当たり前。昨シーズンはカンファレンスセミファイナルまで進むも、その頃には主力全員が満身創痍だった。優勝するにはあと10試合近くを戦い抜く選手層が必要となる。そう考えた昨年オフ、ニックスの目に留まったのがキャメロン・ペインだった。
ペインは2015年のNBAドラフト1巡目14位でサンダーに指名されるも、ジャーニーマンとしてチームを転々とするキャリアを強いられてきた。キャリア6年目、4チーム目のサンズでようやくブレイクするも、2022年オフにスーパーチームと変貌するサンズから弾き出され、再びジャーニーマンとなっていた。
昨シーズンのファーストラウンドで、ジェイレン・ブランソンに食らい付いていた当時セブンティシクサーズのペインの働きは印象的だった。大きな役割を担っていたわけではないが、わずかな出場機会でも最大限の努力を続けていたことがアピールとなった。
そのペインがニックスのプレーオフ初戦で、勝利の立役者となった。ピストンズのハードワークに苦しみ、83-91とリードされて第4クォーターを迎えた場面で、ブランソンに代わってコートに立ったペインの活躍は、クロックが動き出す前から始まっていた。試合再開となるデニス・シュルーダーからケイド・カニングハムへのパスを出させずに5秒バイオレーションを誘発すると、ここからペインは試合の流れを一気にニックス優位へと持っていく。
カール・アンソニー・タウンズのスクリーンを使ったドライブから得点を奪うと、今度はタウンズのスクリーンを使うと見せかけて逆の動きからバスケット・カウントをもぎ取る。ブランソンが戻ってもペインはコートに残り、ブランソンがメインのハンドラーとなった直後にワイドオープンのチャンスを得たペインは、3ポイントシュートで正確にリングを射抜いた。
これで98-98の同点。追い上げられて冷静さを失ったピストンズのシュートがリングに嫌われる一方で、ニックスはブランソンが強引なドライブから得点を奪う勝負強さを見せ、続くポゼッションではブランソンのアシストを受けてペインが再び3ポイントシュートを決める。もうニックスの勢いは止まらない。残り4分には111-98、第4クォーター開始から8分間で28-7のランで試合を決めた。
「細部にまでこだわって集中して、勝ち続けていこう」
ペインは残り2分までプレーした。この時のスコアは116-106で、自分の役割を完璧にこなしたペインはマディソン・スクエア・ガーデンの観客の拍手を浴びながら、充実の笑顔とともにベンチへと下がった。ペインは15分の出場で14得点。そのうち第4クォーターは10分出場して11得点だった。
123-112でチームが勝利した後、ペインは「プレーオフのガーデンは最高だ」と語る。「昨シーズンは敵チームの一員としてこのアリーナでプレーして、ファンの歓声がうるさいと思っていたけど(笑)。僕は今日みたいなチャンスをずっと待っていた。今日の出来事すべてに感謝している」
プレーオフの大事な初戦、緊張感に満ちた試合だったが、ペインは終始笑顔でプレーしていた。「何が起きても動じないようにメンタルをコントロールする選手もいるけど、僕はそういうタイプじゃない。可能な限り、その瞬間を楽しもうとしている。NBAでプレーできるのが幸せだし、そういう感覚を楽しむ方が良いプレーができると思うから」
『何が起きても動じない』の代表格がブランソンだろう。そのブランソンは快勝を収めた試合後にも笑顔一つ見せなかったが、静かな口調で「すべてのカギはキャメロン・ペインだった」と、その働きを称えた。「彼の5秒バイオレーションからすべてが始まった。とんでもないヤツだよ」
ペインにとって最高に楽しいプレーオフはまだ始まったばかりだ。「次はもっとフィジカルな試合になるだろうし、しっかり準備しないといけない」と彼はニコニコして話す。「でも、僕もチームのみんなも元気で、この特別な機会に臨んでいる。細部にまでこだわって集中して、勝ち続けていこう」