文=三上太 写真=三上太、野口岳彦

『バスケット・グラフィティ』は、今バスケットボールを頑張っている若い選手たちに向けて、トップレベルの選手たちが部活生時代の思い出を語るインタビュー連載。華やかな舞台で活躍するプロ選手にも、かつては知られざる努力を積み重ねる部活生時代があった。当時の努力やバスケに打ち込んだ気持ち、上達のコツを知ることは、きっと今のバスケットボール・プレーヤーにもプラスになるはずだ。

PROFILE 吉田亜沙美(よしだ・あさみ)
1987年10月9日、東京都出身。学生時代から常に世代のトップを走り続けるポイントガード。日本代表とJX-ENEOSサンフラワーズの頼れるキャプテンとして、スピードあるゲームメイクとアグレッシブなディフェンスでチームを引っ張る。リオ五輪ではチームを20年ぶりのベスト8に導き、自身はアシストランキング1位に。コートネームは「流」(リュウ)。

気を遣える選手はディフェンスが上手なんです

東京成徳大学中学の練習は、まぁ、厳しい!(笑) いくら中山MBCでやっていたとはいえ、やはり小学生レベルでしょう。しかも私は週に何回かしか練習に行ってなかったので、中学に入って毎日練習をすることになっても、まず体力がないわけですよ。ついていくだけで精一杯。

しかも本来なら1年生は体を慣らすために2、3年生よリも1時間早く練習が終わるんです。でも私にはそれがなかった。当時10数人いた1年生の中で私だけ、そのまま残って先輩たちと練習をしていたんです。さらに東京成徳大学中学って高校生と一緒に練習をすることもあるんですね。

先輩だけじゃなく高校生とも練習するから、本当に疲れるだけの日々でした。走る練習も多かったし、基礎練習の繰り返しもあって、「練習ってこんなにしんどいんだ」って思ったほどです。一人だけ選ばれてうれしいなんて思う余裕もありませんでしたよ。私は人見知りだから先輩たちとも当然話せないし……。

でもそこで礼儀や挨拶の仕方を徹底的に教わりました。小学生の時は上下関係なんてなかったから、年上の人にもタメ口で話していたんですけど。あとは1年生がモップをかける、ボールを磨くといった仕事も学びましたね。様々なことを学ぶなかで、気を遣うことの大切さに気付きました。

気を遣うに関連して、これは私の持論ですが、気を遣える選手はディフェンスが上手なんです。というのも、気を遣えるってことは、つまり周りを気にかけられる、周りがよく見えているってことだから、ヘルプやローテーションといったチームディフェンスがうまくできるんです。

もちろんディフェンスの基本は1対1で守ることだけど、チームメートが抜かれた時にヘルプができたり、きちんとローテーションができるのは、周りに気を遣える、気を配れているからこそなんです。バスケットの基礎練習もそうですけど、それと同じくらい礼儀や、周りの人に対する接し方を学べたことは、私にとってすごく意義のある時間でしたね。

「ボールに触るのも嫌で逃げ回る」、恥ずかしい思い出

中学時代で一番記憶に残っているのは1年生の時の北九州全中(全国中学校バスケットボール大会)ですね。結果として優勝したんですけど、その年は東京成徳大が優勝するなんて誰も思っていなかったんです。強かったけど、全国優勝をするレベルではないって思われていて、優勝候補は福岡の折尾中学でした。その折尾中と決勝トーナメントの1回戦で当たってしまった。私は控えメンバーとしてベンチに座っていたんですけど、後半になってメインのポイントガードの先輩が脱臼をしちゃったんです。

ヤバいって思いました。今は試合に出たくないって。ゲーム展開としても競り合っていて、勝つか負けるかわからない時間帯だったから、「今、監督と目を合わせたら終わりだ」って思って、ずっと下を向いていました。絶対にイヤだ、絶対にイヤだって思っていたら「吉田、行け!」と。

普段の練習では自分が試合に出たいから、脱臼した先輩にどうにかして勝たなければいけない、自分がやるんだ! という強い気持ちで取り組んでいたんです。でも初めての全中で、まさか先輩が脱臼をするなんて思っていないでしょう。心の準備もできていないまま、呼ばれたから仕方なく出ていったんです。

そんな嫌々な感じでコートに立ったから何もできなくて、先輩から「ヨシ、あっちだよ、あっち!」って言われて……ポイントガードだったんですけど、ボールに触るのも嫌で、オフェンスの時に逃げ回っていたんです(笑)。「早くボールを受けて!」って言われたことを覚えています。

折尾中には私と同じ年で、スタメンで出ている子もいたんですね。すごいなぁって思いながら見ていました。フォワードだったんですけど、こんな大きな大会で堂々をプレーしていて、点も取っていましたから、とにかくすごいなって。それなのに自分は……。以前、当時の映像を見たんですけど、本当にボールから逃げ回ってるし、先輩に怒られているし、もう苦い思い出というか、恥かしい思い出でしかありません。あの映像は誰にも見せられないな(笑)。

バスケット・グラフィティ/吉田亜沙美
vol.1「姉の背中を追いかけて始めたバスケット」
vol.2「上級生に揉まれて学んだ気遣いの大切さ」
vol.3「初めて味わった『負ける悔しさ』の感情」
vol.4「負けることで学んだ『キャプテンの覚悟』」
vol.5「オリンピックには『人を頑張らせる力』がある」