「勝つために必要な手はすべて打つ」は裏目ばかり
マット・イシュビアはサンズを台無しにした。ケビン・デュラント獲得から3年目のシーズンも、先発からベンチまで戦力の出入りを繰り返して形が定まらない。ブラッドリー・ビールは低い期待値を上回るプレーを見せているが、彼が入ったラインナップのディフェンスの難は相変わらず。これでは優勝できないとの判断から、ジミー・バトラーの獲得に動いている。
トレードデッドラインまであと10日、チームに忠実ではあるがケガを抱えて年俸の高すぎるビールを放出して、即戦力のバトラーを獲得しようとしているが、その代償は大きなものになる。ビールにはトレード拒否条項があり、移籍を受け入れるとの一部報道は彼のエージェントにより否定された。ビールを放出するにも何らかの『下駄』を履かせて下位チームに引き取ってもらう必要がある。
そして35歳になったバトラーは爆発力こそ健在でも、ハードワークに翳りが見られ、それを嫌ったからこそヒートはこれまでの貢献を見ないふりをして放出に動いている。さらに言えば、このタイミングでバトラーを獲得する場合、彼の望む条件をほぼ受け入れる形での契約延長もセットで付いてくる。ヒートが望まないバトラーをサンズが欲しがっているのは、『ビールよりもマシだから』だ。しかし、ここから新たに複数年契約を結ぶであろうバトラーは、クラブとの関係がこじれればトレード拒否条項よりも厄介なトラブルを起こす選手でもある。ヒートが制御できない選手をサンズはコントロールできるだろうか。
ビールもしくはバトラー、そしてデュラントが中心である限り、サンズ優勝のチャンスは年々減っていく。確率論にはなるが、2月のタイミングでどんなトレードをしたところで、チームの完成度が上がらないままプレーオフに臨むことになる。バトラーがハマったとしても、そこで成熟度の大切さを思い知らされる可能性は高い。
ここでユスフ・ヌルキッチを放出するのも、ビールを引き取ってもらうためにライアン・ダンを出しかねないのも、チームの成熟から逆行する行為だ。タイアス・ジョーンズやモンテ・モリスは格安の契約を受け入れてサンズで優勝争いに参加し、自分の価値をあらためて証明するはずだったが、シーズン後半戦まで主力の入れ替わりが激しいチームでは彼らの思惑通りにはいかないだろう。
そうするうちにデュラントにも衰えが出始める。36歳の彼はまだトップレベルをキープしているが、過度の負担はかけられない。昨シーズンより今シーズン、今シーズンより来シーズンと、デュラントが優勝できる可能性は下がっていく。だからこそサンズはデュラント獲得以来、目先のことばかりを見てハイリスクなトレードを繰り返し、チームとしての成熟、積み上げのないシーズンを送っている。そこで最も価値を毀損されるのは『チームの顔』であるデビン・ブッカーだ。
ブッカーを擁するサンズが最もNBA優勝に近付いたのは、NBAファイナルまで進んだ2020-21シーズンであり、カンファレンスセミファイナルでマーベリックスとGAME7までの激闘を繰り広げた2021-22シーズンだろう。エースのブッカーをクリス・ポールにミケル・ブリッジズ、ディアンドレ・エイトン、キャメロン・ペインが支えたチームには、長い時間をかけて積み上げた強さがあった。
NBAファイナルの舞台に立った時は24歳だったブッカーは28歳になった。彼もまた着実に年齢を重ねていく。デュラントやバトラーのピークに振り回されるのは、ブッカーへの軽視とも取れる。勝負するチームを与えられないまま、彼の『青春期』は過ぎ去りつつある。
イシュビアはサンズを買収するなり「普通のやり方では優勝できない。勝つために必要な手はすべて打つ」と宣言した。サンズのファンはそんなオーナーの愚かな判断の数々がチームを台無しにしたことを理解しているが、イシュビア自身はどこまで理解できているのだろうか。