2018年、延岡学園バスケットボール部の名は悪い意味で全国に伝わった。試合中に選手が審判を殴打し、口を10針縫うケガを負わせる事件を起こしたからだ。全国から批判される中、チームは新体制で出直しを図った。この時からチームを率いるのが楠元龍水だ。尽誠学園ではのちにNBAプレーヤーになる渡邊雄太と切磋琢磨した仲。キャリアを通じて指導者にも恵まれ、刺激に事欠かずに成長してきた26歳の若き指導者は、責任感と野心を持って日々の練習に取り組んでいる。
「日本一でなくても素晴らしい指導者はたくさんいる」
──前編での話からも、意欲的であるとともに謙虚な姿勢が感じられます。指導する上で大事にしていることは何ですか?
私は小学校、中学、高校、大学とすべてのカテゴリーで指導者に恵まれました。良い指導者、良い人間の下で勉強させてもらってきて、逆に指導者に恵まれなかった子の気持ちがちょっと分からないぐらい。ただその中でも尽誠学園の色摩先生の教えが、私の中の「指導者ってこうあるべきだ」になっています。それこそ先生が卒業生みんなに書いてくださる言葉が『初心』、『謙虚』です。それをずっと大事にしています。色摩先生は今も私が違う方向に行こうとすれば正してくれる存在で、私が謙虚なことを言っているのかどうか分かりませんが、色摩先生と尽誠学園から絶大な影響を受けているのは間違いないです。
──まだ指導者としての経験は浅いですが、これから自分自身がどんな指導者になりたいと思っていますか?
最近は『強さの根っこ作り』を意識していて、強さって何だろうと考えています。高校で勝利至上主義は批判されがちで、ウチにも留学生がいて後ろめたいことを言われることもあります。私学なので勝たなければいけない、生徒も保護者もそれを望んでいるという現状があります。そうなった時の強さって何だろう、と。最近は時間があれば昔のビデオを見て勉強しています。大濠さんや第一さんはもちろん、2005年に延岡学園が初優勝したインターハイや、田臥勇太さんの9冠の映像を見ながら、バスケットは時代とともに変わってきているんですけど、共通する強さがあるんじゃないかと自分の中で探しています。
多分、こういうのは5年後も10年後も続けているんでしょうね。もちろん、日本一になればすごい指導者、メディアが飛びつく指導者にはなると思うんですけど、それが良い指導者なのかは違うんだと最近思うようになりました。日本一になっていなくても素晴らしい指導者はたくさんいます。良い人財作り、高校3年間で終わらない教育をバスケットボールを通じてやっている指導者は全国各地にたくさんいると思うんですよ。そういう良い指導者に自分もなるために、今後5年10年と生徒とともに歩んでいくと思います。
特に私なんか今年26歳ですけど、今回で3年連続でウインターカップに出させていただきます。そんな大した指導者じゃないのに選手のおかげでそのステージまで引っ張ってもらって、いろんな経験をして学ぶことができています。だから、選手とは常に良い関係であり続けたいと思います。
──延岡学園はどんな学校ですか?
調理科があって普通科があって特進コースもある、ちょっと特殊な学校です。高校としては延岡学園高等学校と、中高一貫の尚学館高等部コースがあります。厳密に言えば同じ敷地内に高校が2つ存在してはいけないのですが、尚学館高等部は1日10時間勉強する進学校で、過去には東大に進んだ生徒もいますし、九大に行く生徒も多い、とても勉強に力を入れている面があります。調理科は昨年の料理コンテストで高校日本一になっています。普通コースには部活生が多く在籍していて、スポーツで活気づけようという学校でもあります。運動部の生徒が多いので挨拶もしっかりしていて、元気があるフレッシュな学校というイメージだと思います。小中高まであるので1000人強の生徒がいます。私は尚学館中学校に2年勤務して、今の延岡学園高校に移りました。
「 みんなで支え合えるようなチームを目指しています 」
──今年の延岡学園バスケ部はどういったチームですか?
去年のポジションごとの主力だった3年生が抜けて、個の部分では劣りますが、今の3年生の学年のカラーがすごく良くて、「お前の至らないところは俺が補う」みたいな組織、チームバスケットという感じは去年よりも増しています。誰かが止められたらバタバタしてしまうんじゃなく、みんなで支え合えるようなチームを目指していますし、そうなりつつある手応えはあります。
──県予選の決勝、県立小林との試合は接戦になりましたが、82-77で勝ってウインターカップ出場を決めました。
準決勝の宮崎工業との試合も接戦になりました(86-80)。他のチームは1年かけて延学対策をしてくるというのが個人的な感想です。私は選手に「ドリルをやっているけど、それは5対5でもできますか?」という問いをよく投げるのですが、それは自分自身にも言えて、私も準備はしているつもりですが、相手の監督の方が対策をちゃんとやっていました。反省の大会でしたね。ああいうゲームになると小林さんにも勝つチャンスはありました。ただ、残り5分を切ってからの攻防で上回ることができました。
守っているつもりだけどやられるとか、笛が鳴らないとか、思うようにいかない時に迎えた『次のワンポゼッション』をどれだけ切り替えて5人がやれるか。バスケットは5人ですけどベンチにもスタンドにも仲間がいます。その一体感は練習からすごく意識しているので、技術や戦術云々ではなく、ワンポゼッションに懸ける思い、チームでの声かけでウチが上回っていたという感覚はあります。
ブレイクを決められなかったけどすぐにピックアップして守る、アウトナンバーを作られるけど1対2で守ってリバウンドを取る、というシーンが残り5分を切ってから結構あったんですよ。お互いどちらが先にタイムアウトを取るかのコーチの駆け引きもある中で、勝負どころのワンポゼッションを練習から意識してきたことで、最後に勝ち切れたと思います。
──今年の武器はどういったところですか?
強さの根っこの一つがトランジションだというのが個人的な答えでもあるので、そこはずっとやってきました。全国で勝とうと考えれば、留学生以外は高さで突出しているわけじゃないですし、バスケットIQもありません。だったらトランジションの速さをブラッシュアップして、そこで勝負していきたい。そこが強さのポイントだと考えて練習を組み立てています。
バスケットボールって突き詰めていくと最後はすごくシンプルだと思っています。歴代のチャンピオンチームを見ても、そんなに特別なことはしていないように感じます。そういう部分で何を相手より徹底できるか。トランジションだけでも相手より徹底すれば勝つチャンスはあると思います。もう一つはリバウンドとルーズボールで、ここから本大会まで死ぬほど言うつもりです。
「私も『6人目のディフェンス』になれるように」
──リバウンドとルーズボールはどのコーチも選手も大事だと言いますが、徹底させるのは簡単ではありません。
県大会の前に尽誠学園に練習試合をしに行きました。ウチより小さい選手たちにリバウンドをいっぱい取られるんです。最初のスコアが14-12で勝っていたんですが、ウチはブレイクも出て3ポイントシュートも決まる、結構良い14点です。かたや尽誠はブレイク1本も出ない、3ポイントシュートも当たっていない、セカンドショットやサードショットを入れて、あとはファウルでフリースローを取っての12点なんです。このどちらが強いチームかと言えば尽誠ですよね。リバウンドの大切さを選手たちに痛感させたいという、私の狙い通りになりました。第一さんじゃないですけど、リバウンドとルーズボールの一つひとつをどこまで徹底できるか。もちろんセットオフェンスやピック&ロールとかスクリーンプレーもあるんですけど、そこだけじゃファイナル4に行くチームには勝てないというのが私なりの答えです。
──ウインターカップでここと戦いたい、というチームはありますか?
それこそ去年のウインターカップでは母校の尽誠学園と試合をさせていただいて、多くのメディアの方から注目されたんですけど、色摩先生からすればまだまだ楠元色のチームではないと見ているはずです。だからもう一度、尽誠と試合をするチャンスがあれば、色摩先生に「お前のチームと試合ができて良かった」と言われたいですね。あとは大濠さんと第一さん。赴任してからずっと九州の壁であり、全国トップの壁を目の当たりにして刺激ばかり受けています。接戦したり勝って相手にも刺激を与えられるチームになりたいです。
──キーマンとなる選手を紹介してください。
去年ずっと試合に出ていたポイントガードの木下岳人、パワーフォワードのボーグ健がやはり柱になります。この2人がチームを引っ張ってくれないとベスト4なんか到底たどり着けない。でも去年から出ている選手なのでスカウティングされますし、止められると思うんですよね。しかし、河村勇輝選手なんかは全国の指導者が頭をひねって対策をしても、その対策を超えていく強さがありました。右に来るのは分かってるけど右に抜かれてしまうとか。まず彼ら2人にはそういう強い選手になってほしいです。去年は3年生にケツを拭いてもらっていたので、意地を見せてもらいたいですね。
かと言って彼ら2人だけではしんどいです。県大会でも下級生の留学生2人と今年デビューしたウイング陣の活躍がありました。レスリーマイカ瑛という沖縄から来た1年生もいて、そういう選手たちが噛み合い出してくると非常に面白いチームになるはずです。
──ウインターカップ本大会まで約1カ月、全国のバスケファンにこういったところを見てほしい、という部分を教えてください。
スーパースターがいるチームではありません。私もスーパーな指導者ではありませんし、参加120チームの中で3年連続の最年少コーチだと思います。だからこそ他の指導者にできないパフォーマンスを選手たちと一緒にやっていきたいです。尽誠学園の色摩先生から「ワンプレーワンプレーを選手とともに喜ぶチームが今のお前に合っている」と言われますが、私も本当にそう思います。指導者がジェスチャーを大きくしている姿が「6人目のディフェンスがいる」と言う表現がありますけど、私もその存在になれるように伝えることは声だけでなく体全体で表現したいです。そしてベンチのメンバーもスタンドのメンバーも、私も含めてワンポゼッションで一生懸命に声を出し、泥臭いバスケットを頑張りますので、そういったところを見てほしいです。