文=深川峻太郎 写真=吉田武

著者プロフィール 深川峻太郎(ふかがわ・しゅんたろう)
ライター。1964年生まれ。2002年に『キャプテン翼勝利学』でデビューし、月刊『サッカーズ』で連載コラム「お茶の間にルーズボール」を執筆。中学生の読者から「中身カラッポだけどサイコー」との感想が届いた。09年には本名(岡田仁志)で『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日本代表の苦闘』を上梓。バスケ観戦は初心者だが、スポーツ中継を見始めると熱中してツイートしまくるタイプ。近頃はテニス観戦にもハマっている。月刊誌『SAPIO』でコラム「日本人のホコロビ」を連載中。

囲碁でも麻雀でもありません、B=バスケです

ニュースを横目でチラ見する程度だったが、バスケットボールの男子リーグが長くNBLとbjリーグの2つに分裂しており、それを国際機関から何だかんだと言われ、やがてなぜかサッカー界から川淵サンが颯爽と現れて何かの役職に就いたらしいことは、うっすらと知っていた。

で、そうこうしているうちに分裂状態がめでたく解消され、この9月から始まる「Bリーグ」に統一されるという。固有名詞に見えないところが、ちょっと厄介だ。「Jリーグ」は問題ないし、「Fリーグ」もギリギリセーフだけど、A~Eは5段階評価の範囲内だから紛らわしいですね。

実際、「Bリーグ」で検索してみると、「関東学生囲碁Bリーグ」とか「北海道Bリーグ – 最高位戦日本プロ麻雀協会」とか出てきて、世界の広さと深さとBリーグの多様性を教えてくれる。「交流バスケットボール大会A・Bリーグ」みたいなものもあり、今後、少なくともバスケ界では混乱を避けるために「ABC」を使わず、リーグの序列を「イロハ」や「甲乙丙」で表さざるを得ないのではないか。そんなことが心配になる今日この頃なのだった。わりと平和な心配事だ。

ともあれ、新しいリーグの誕生は喜ばしい。Jリーグ誕生時がそうだったように、これから多くのメディアやライターがバスケにうじゃうじゃと群がるに違いない。だったら、自分もこの業界に参入して甘い蜜を吸ってみようじゃないか。バスカン編集部に呼ばれた私は、そう思った。これまでの著書は2冊ともサッカー関係で、かつてはサッカー雑誌でも毎度バカバカしいコラムを連載していた人間だけど、まあ、川淵サンもサッカー方面から来たんだから、私がこっちに来てもよかろう。

と、そういうゲスな野次馬根性で始まったのが、この連載である。こういうことは、最初にちゃんと告白しておいたほうがよろしい。私と同様、これからバスケを見るであろうにわかファンの皆さんと共にゆっくり歩んでいく所存ですので、どうぞお手柔らかにお願いしますね。しばらくはエアボール投げちゃうかもだけど、そのうち豪快にダンク決めて見せるぜベイビー。

 

「プレBリーグ時代」の最後の場面に辛うじて

そんなわけで、まずは生まれて初めてバスケットボールの試合を現場で観戦したのだった。5月30日に大田区総合体育館で行われたNBLファイナル第3戦だ。これでNBLは終了なので、「ファイナルのファイナル」である。もうひとつのbjリーグのファイナルはすでに終わっていたから、私としては、「プレBリーグ時代」の最後の場面に辛うじて間に合った感じでしょうか。

1、2戦をアイシンシーホース三河が連勝し、優勝に「王手」をかけて迎えた一戦である。崖っぷちの東芝ブレイブサンダース神奈川がありったけの闘志やら集中力やら危機感やらをテンコ盛りにして戦ったこともあり、実に楽しい40分間であった。

第2ピリオドを終えた時点ではアイシン37-39東芝という大接戦だったが、最終的なスコアはアイシン73-88東芝。ヒーローは、東芝神奈川の辻直人である。7本もの3ポイントシュートをスッポンスッポンと面白いように決めまくり、ひとりで30得点。にわかファンにとっては、きわめてわかりやす~い活躍だ。辻クンいいよ辻クン。初観戦で脳に「スター」として刷り込まれたので、今後も個人的に「要チェックや!」の彦一精神で見守りたい(←この連載が決まってから初めて『スラムダンク』を読破したので使いたい盛りのおっさん)。

ところで、アイシンが連勝した1、2戦を、私は予習のためにネット中継で見ていた。それはそれで面白かったのだが、やはり現場に行くといろいろ違う。

ネット観戦中は、画面のスコアばかり気になった。なにしろバスケはしょっちゅう点が入るので、常に頭の中で引き算をして点差を確認してしまう。だが暗算が苦手な私は「53-36」みたいな高難度問題になると「えーと…」ってなって試合に集中できない。ようやく17点差であることがわかると、こんどは3ポイントを含めてどうすれば同点になるのかが知りたくなり、「17=3x+2y」という数式が頭に浮かんだりもするわけだが、そんなことを考えているうちにスコアはめまぐるしく変化するのだから、もうナニがナニヤラである。

しかし現場で見ていると、スコアはそこまで気にならない。コートが近くて選手の動きが細部までよく見えるので、そちらに集中してしまう。たまに顔を上げてスコアボードに目をやり、「こんなに開いたのか」とか「かなり詰まってきたな」などと思うことが再三あった。

それより何より、中継と現場でいちばん違うのは「音」である。試合開始前からドンチャカドンチャカとBGMが鳴り響き、試合中も応援団の大歓声がワンワンと聞こえるので、やかましいと言えばやかましい。だが、これがちょっとしたトランス状態に導いてくれて、なかなか心地よかった。隣の人とも大声で喋らないと聞こえないぐらいだが、身を寄せ合い、顔を近づけて話をすることになるので、つきあい始めでまだ距離感が微妙なカップルなどは何かと物事が捗るかもしれない。何だ「物事」って。

 

企業クラブだっていいんじゃね?

意外だったのは、アイシン三河と東芝神奈川の応援団が、とても楽しそうに見えたことだ。どちらも実業団チームなので、「どうせ業務として動員される人がほとんどなのだろう」などと思っていたことを謝りたい。どうもスミマセン。

観客席に、そんなシブシブ感は一切なかった。みんな社名を大声で連呼し、キャーキャー言いながら試合にのめり込んでいる。その様子はとても微笑ましかったし、試合後にコートで挨拶した辻クンの「次も勝って、東芝に良いニュースを届けたい」という台詞にも、グッとくるものがあった。おれ、部外者なのに。

Bリーグの所属クラブは、「チーム名」には企業名を入れることが可能だが、リーグの公式サイトや印刷物での「呼称」は企業名を外し、地域名と愛称の組み合わせにしなければいけない。ややわかりにくい形だが、これもリーグ統一のための妥協の結果なのだろう。

Jリーグが誕生した頃から、スポーツクラブは「地域密着」が良しとされる風潮があるから、チーム名に企業名を入れることにも反発する向きが多いかもしれない。私自身、何となくそんなふうに思っていた。でもアイシンと東芝の一戦を見た今では、企業名をつけるのがそんなに悪いことだとは思えない。

考えてみると、スポーツクラブがなぜ「地域密着」でなければいけないのかは、わりかし謎である。そんなに自明な話ではない。「地域密着」を掲げるJリーグにだって、地域という共同体のものなのか、サポーター集団という共同体のものなのか、傍から見ていて微妙なクラブはある。地域やサポーター集団が共同体ならば、会社もひとつの共同体だ。いまや会社は「株主のもの」だそうだが、あの観客席を見るかぎり、日本ではまだまだ会社は「社員のもの」でいられると思えるし、その意義も小さくはない。

それに、昔のことは知らないけれども、日本のバスケットボール自体を長く実業団チームが支えてきた歴史もあるだろう。地域よりも学校や企業が中心となってきたのが、日本のスポーツの特徴でもある。そんなに蔑ろにできるものでもない。そう考えると、妥協の産物とはいえ、チーム名に企業名と地域名が混在するBリーグには、独特な面白さがあると私は思う。このリーグを支える共同体の多様性は、日本らしいスポーツ文化を発展させる上で、あんがい大きな意味を持つのではないだろうか。