日本代表は2021年からトム・ホーバス氏をヘッドコーチに据え、アナリティックバスケットボールを駆使しつつデータの面でも相手を上回って、世界と伍して戦うための道筋を探ってきた。2023年のFIBAワールドカップでパリオリンピックへの出場権を手にしたのは、それが一定程度の成果を生み出したからだと言えよう。
こうした数字やデータを理解することは、同代表を観戦するファンにとっても、より試合を楽しむことができる要素となる。今回は、日本バスケットボール協会・技術委員会テクニカルハウス部会の部会長に話を聞いた。同氏にはワールドカップ前、観戦歴の浅い人を含めた幅広いファンへ向けて、日本にとっての成功の鍵となる『注目すべき4つのポイント』を紹介してもらった。
実際に目標数値にどれだけ近づいたかを振り返りながら、パリへ向けての強化点等を聞いた。
ディフェンスリバウンド
──3つめの項目はディフェンスリバウンドとなりますが、ここは日本にとって永遠の課題だと言われてきました。
ディフェンスリバウンドは一番の問題で、(ワールドカップ前は)70%が『グッド』で、75%なら『グレート』だと言っていたんですけど、結論から言うとディフェンスリバウンド獲得率が64%(全体28位)と、取れなかったです。
ワールドカップでの数字を見ると、ちょうどきれいに(半数の)16チームが70%を超えていて、75を超えたのは75.3%だったドイツの1チームだけでした。なので、そのグッド、グレートという目安は(最終結果にも反映されていることで)間違っていないのかなという気はします。
──日本はワールドカップの初戦でドイツと対戦し、パリオリンピックでもやはり初戦で当たります。ワールドカップのドイツ戦での日本のディフェンスリバウンド率はどうだったのでしょうか?
ドイツ戦では、実は70%取れているんですよ。やられたのはオーストラリア戦です。ゼイビア・クックス(前千葉ジェッツ)に(オフェンスリバウンドを)取られまくりましたから。
──ドイツを相手に善戦ができた理由は分析などされていますか?
そこまで細かく振り返ってはいないですが、ディフェンスリバウンドはボックスアウト(が重要)だと思われがちなんですけど、取られる時というのはボックスアウトの以前に、ローテーションが生まれるようなシュートを打たれると相手に取られてしまっている状況が多いです。ローテーションしてミスマッチだから取られるという話にもなるので、そもそもシュートを打たれるまでのプロセスで良いディフェンスをしてるかどうかということがキーになります。
──ではシュート後というよりも前の段階での話なのですね。
前段階で良いディフェンスができていて、マッチアップも崩れていなければボックスアウトもしっかりするのでリバウンドを取りやすくなるはずです。でも、崩されまくっていたらそれができないじゃないですか。例外なのはスイッチディフェンスをしている時です。(2022年の)アジアカップでは結構、スイッチを使ったんですけど、スイッチをした方が相手のシュートを落とさせることができるんですけど、リバウンドを取られることが多かったです。要は「今やられるか、後でやられるか」みたいな話なんです。
──ワールドカップ前に伺った際には、東京オリンピックでの女子日本代表のディフェンスリバウンド率は70%を超えたという話がありました。サイズがなくてもやれるんだということを示していますが、男子でも同様でしょうか?
そうですね。東京オリンピックの時の女子はトランジションが速くて、相手もそれを恐れてリバウンドに来なかったというところもあったんです。ただ男子だと、タグアップ(相手にボックスアウトさせるように全員がオフェンスリバウンドにいくこと)をするスタイルのチームが結構、増えてきていて、オーストラリアなどはその最たる例です。リバウンドに行きつつ、トランジションディフェンスも良いというようなチームが増えてきているので、すごくレベルが上がっています。
──日本としてはそれでもトランジションの脅威は与え続けなければならない。
それはもう、常に考えていかねばなりません。トランジションが生命線なので。相手がトランジションで走られるのが怖いからリバウンドよりも戻ることを優先しようかなと思ってくれれば、日本のディフェンスリバウンド率はもっと上がると思います。
──64%だったディフェンスリバウンド率を70%に乗せるというのは、なかなか大変そうですね。
数字上は、取れなかったやつを4、5本減らすくらい(で70%に乗る)じゃないでしょうか。例えばカーボベルデ戦で日本は27本のディフェンスリバウンドを記録し、相手にオフェンスリバウンドを18本取られました。合わせて45本ですから、日本がディフェンスリバウンド率を70%に乗せるには、相手に取られたオフェンスリバウンドから3、4本くらいを自分のリバウンドにする必要があります。
──そのわずか3、4本が、されど3、4本ということなんですね。
そういうことだと思います。リバウンドの3つとか、ターンオーバーの3つとかが積み重なっていくと、(点差が)大きくなるわけです。30%だった3Pの確率が、平均であと2本決めていたら35%になるとか。そういうものが積み重なっていくと、強いチームとの点差が20点になったりします。
──日本の64%というのはワールドカップ全体で何位だったのでしょうか?
28位です。東京オリンピックでは最下位でしたが、改善ができていないので、及第点だったとは言えないですね。
トランジション
ここまで比較的ネガティブな数字ばかりを挙げてきて、ではなぜ、日本は結果を出せたのかという話になると思うんですが、実はワールドカップでの日本はトランジションの数字が良くて、100回の攻撃のうち、トランジションの展開からの得点の割合が20%でした。これはアメリカ(28.1%)、カナダ(20.9%)に次いで3位というすごい数字だったのです。
──その2カ国に次ぐ3位というのは驚きです。
東京オリンピックの時の数字も悪くなくて、18.1%でした。
──それだけ数字が良かった要因としては、個々の選手のレベルアップもあったのでしょうか?
個々で言うと、渡邊雄太選手が良くて、トランジションで平均7.2点取っています。渡邊選手は得点の約半分はトランジションで取っているということになり、トランジションだとものすごく輝くんです。次にホーキンソン選手(3.8点)、馬場選手(3.2点)が続いています。て
──ホーキンソン選手はビッグマンなのに意外ですね。
ホーキンソン選手はすごいんですよ。ただ走ってるというよりは、自分でボールプッシュしたりもできて、いろんな点の取り方をしていました。
ちょっとマニアックな話なんですけど、スイッチをされてミスマッチを攻められたりすると、そのまま走っていって逆にミスマッチを作って点を取ったりしていましたが、あれは天才としか言いようがないです。
──言わずもがなですが、パリオリンピックでも日本にとってトランジションは肝になってきますね。
そうですね、そこの強みは失いたくないです。速い展開で、オープンシュートを打たないんだったら、トムさんは怒ります。シュートを打って怒ったことがないというのはよく言われることですが、もう狙っていくしかないですね。
──パリオリンピックでトランジションからの得点でワールドカップ以上の成果を挙げるには何が必要でしょうか?
オフェンスの始まり方はディフェンスリバウンドからとシュートを決められた後になります。割合で言うと、ディフェンスリバウンドからのほうが多く、ワールドカップでは5試合で48回ありました。シュートを決められた後でも早くボールプッシュしていこうという話にはなるんですけど、シュートを決められた後だとなかなか難しいです。
ではどうやったらトランジションを増やせるかというと、やはりターンオーバーからになります。トムさんもワールドカップでは相手のターンオーバーを増やしきれなかったと言っていました。なので、相手のターンオーバーの数を増やして、どれだけトランジションに繋げられるかというのは1つあります。
──パリオリンピックでは相手からどれくらいターンオーバーを奪いたいというところですか?
やはり、15個くらいはさせたいです。ワールドカップでは日本が平均13.8のターンオーバーをしていて、それを12以下にしたいと言いましたが、相手から15くらいさせられるとだいぶ良いという話になります。
相手のトラベリングなどもありますが、どちらかというとスティールをしたいとトムさんは言っています。スティールの場合はライブターンオーバーなので速攻に繋がりやすいですし、トラベリングだと(プレーが止まってしまうので)速攻にはならないですから。
日本代表の総ポゼッションにおけるトランジションからの得点割合(%)
2019年W杯 17.5%
2021年東京五輪 18.1%
2023年W杯 20.0%
──日本は2019年ワールドカップ、2021年東京オリンピック、2023年ワールドカップと世界大会に連続出場し、成長をしてきました。今回は昨年のワールドカップ前の取材でお話しいただいたことの『答え合わせ』をしていただきました。
ワールドカップ前に挙げた鍵となる数字に関しては届かなかったところが多くて、今回の話もややネガティブになってしまったかもしれません。ただ、細かいところで言えば、PPP(Points Per Possession、1回の攻撃あたりの得点効率)はオフェンスもディフェンスも良かったところもたくさんありました。
ただ、ワールドカップ前に挙げた、ターンオーバーやディフェンスリバウンドといったところでは目標達成が出来なかったということです。逆にもっとポジティブに見たら、これだけ達成できなかったのにオリンピックに出場できました、アジアでNo.1になれたので、もし克服できたとしたら、もっと上位と戦えるよねっていう話で見ることができると思います。
──日本はオリンピックでドイツ、フランスといった強豪との対戦となりますが、そうした課題をいかに克服できるかが勝利への鍵となりますね。
そうですね。ルディ・ゴベア(NBAティンバーウルブズ、フランス代表)やビクター・ウェンバニャマ(NBAスパーズ、フランス代表)を相手にリバウンドを取らなきゃいけないという話になると思います。
●冨山晋司(とみやま・しんじ)
1981年5月12日、東京生まれ。bjリーグ時代の岩手ビッグブルズや千葉ジェッツでヘッドコーチを担い、大阪エヴェッサ在籍時にはアシスタントGM兼アナライジングディレクターを務める。2021年から日本協会でテクニカルハウスでスタッフとなった。テクニカルハウス部会は昨年6月に『テクニカルレポート2021』を公開し、東京オリンピックにおける男女5人制、3人制日本代表チームの成果などをデータを用いながら紹介。2023年ワールドカップにも帯同し、チームのパリオリンピック切符獲得に貢献した。