タデウス・ヤング

文=神高尚 写真=Getty Images

シュートが得意なビッグマンがエースを生かすバックス

MVP候補に挙げられるヤニス・アデトクンポは個人スタッツで得点、リバウンド、アシスト、スティール、ブロックの5部門で上位20位にはいるモンスターぶりを発揮し続けていますが、MVPを獲得するためにはチームが好成績を挙げることも必要です。なかなか上位に食い込めないバックスでは簡単ではないと思われましたが、新ヘッドコーチにマイク・ブーデンホルザーを迎え、東カンファレンス2位とチームも絶好調。10月、11月の月間MVPに選出されており、順風満帆なスタートを切りました。

バックスの変化は3ポイントシュートの増加で、昨シーズンよりも16本も多くなったアテンプト数40.4本はリーグ2位で、得点力を大きく伸ばしています。その影で、より大きな変化をしているのがリバウンドの増加。昨シーズンはリーグ最低だったのが、今シーズンは一気にリーグで最も多くリバウンドを取るチームになりました。

アデトクンポの変化で大きいのもこのリバウンドで、昨シーズンよりも3.3本多くなっています。一方で3ポイントシュート成功率は12%と散々な結果になっており、チームの変化とは一致しません。一方でシュートアテンプトの62%がノーチャージエリア内になっており、50%だった昨シーズンを大きく上回ります。バックスが新たに選んだ方向性は、アデトクンポが苦手なプレーをチーム全体で補い、得意なプレーを最大限に活用する方法でした。

バックスが補強したのはブルック・ロペスとアーサン・イリヤソバというシュートが得意なビッグマン。この2人がアウトサイドに大きく広がって積極的に3ポイントシュートを狙い、空いたインサイドでアデトクンポが自由にプレーしていくのがバックスのオフェンスです。

スピード、パワー、そしてサイズを併せ持つアデトクンポを止めるには、動きの遅いセンターでは難しく、かといってスピードについていける選手はインサイドでパワー負けしてしまいます。昨シーズンまでならば、スピードについていける選手がマッチアップし、センターがヘルプに来ることで高さとパワーを抑える2段構えのディフェンスが効果的でしたが、センターのロペスが3ポイントラインの外で待つため、ヘルプが間に合わなくなりました。

グリズリーズ戦では渡邊雄太が登場した際に、ロペスとのマッチアップになる時間帯があり、体格差を利用してパワープレーで押し切られるかとハラハラしましたが、ロペスはアウトサイドに張り出したままでした。ロペスは3ポイントシュートにこだわり、そのこだわりがアデトクンポを生かすことに繋がっています。

対戦相手からすると3ポイントシュートを止めるためにアウトサイドまでプレッシャーをかけるか、それともアデトクンポを止めるためにインサイドに収縮するかを迫られます。バックスはアデトクンポが20点未満に抑えられた試合は3勝0敗、30点以上の試合は5勝4敗となっており、アデトクンポ個人が活躍しない方が勝率は高いのが、ここまでの傾向です。

そんなバスケットで好調なスタートを切ったバックスですが、NBAは対策が早くて徹底しています。そのバックスを完璧に止めたのが、ハードなディフェンスを武器にするペイサーズです。

試合開始からタデウス・ヤングが身体を張ってペイント内に侵入させないだけでなく、周囲がボールマンにプレッシャーを掛けてアデトクンポにパスを出させず、第1クォーターはアテンプト1本に抑えます。バックスの序盤はアデトクンポ以外で攻めていく様子見のパターンが多いので、ハードマークを徹底しておけば、ボールを回さず3ポイントシュートを多投してくることを読み切った形です。

ペイサーズは3ポイントシュートにしっかりとプレッシャーを掛けることを最優先にしますが、アデトクンポに対してはマークマンがドライブの1歩目をしっかりと止め、2つ目のドリブルをついた瞬間に複数人で囲みます。フリーの選手ができてしまいますが、恐れずにアデトクンポに密着してパスを出すことを許しません。何とかパスを出しても直ぐにマークが戻っていくローテーションを用意してきました。

一旦ベンチに下がったアデトクンポを再びコートに送り出した第2クォーター後半、バックスはスモールラインナップにし、アデトクンポはセンターのマイルズ・ターナーを守り、オフェンスに転じた際にはスピードのミスマッチを有効活用する作戦を採ります。

ターナーはガード相手に守り切るシーンも出てきますが、ヘルプが遅れ始めたことで、アデトクンポはバックコートからスピードをつけてレイアップに持って行ったり、ピック&ロールからのダンクも飛び出しオフェンスが成功します。

ところがペイサーズは、逆にターナーが3ポイントラインの外に構え、アデトクンポがヘルプに行けない形ると、高さのミスマッチが発生しているヤングのポストプレーを徹底し、8連続得点で15点リードにして折り返します。

後半、バックスはオフェンスを修正し、アデトクンポがトップでボールを持ち、空いたインサイドをガード陣が利用することで点差を詰めていきます。ディフェンスの体形を乱されたことでペイサーズのヘルプは機能しなくなり、アデトクンポのパスからフリーを生み出し2本の3ポイントシュートも決まり流れを手にします。

ところがアデトクンポがベンチに下がると、今度は手薄になったインサイドでペイサーズにリバウンドを支配されてしまい、再び15点差に引き離されます。第3クォーターはフィールドゴール成功率50%だったバックスに対し、ペイサーズは38%だったものの5つのオフェンスリバウンドを奪いました。

ラインナップを細かく変更してくるバックスに合わせて、有利を保つ交代の手を打ったペイサーズ。特にアデトクンポの交代に合わせて、必ずタデウス・ヤングも交代させました。バックスを止めるには最終的には個人でアデトクンポを止めるのが最も効果的で、試合開始から常に身体をぶつけ合い、しつこく食い下がってくるヤングとの競り合いが延々と続いたのです。

第4クォーターに入り、先に根を上げたのはアデトクンポでした。攻守に重要な役割をしているだけに、ヤングよりも負担が大きかったと言えます。インサイドをしつこく攻めることができなくなり、打ったシュートは3ポイントシュートとリバウンドによる3本のみに。逆にヤングはドライブでアデトクンポを抜いて豪快なワンハンドダンクで勝利を決定付けたのでした。

ペイント内では平均18.3得点と、並み居る強力センター陣を抑えて圧倒的なリーグ首位のアデトクンポを相手に、ペイサーズは徹底してフィジカルな戦いを挑んで6点に抑えるとともに疲弊させ、結局アデトクンポに7本のシュートしか許さず12点に抑えきりました。

バックスはスモールラインナップなどを用いてペイサーズの作戦に対抗しましたが、そのたびにディフェンスの弱点を逆に突かれました。特に平均11得点のヤングはミスマッチを利用し25点を奪い、攻守に大活躍で得失点差はアデトクンポがマイナス31に対してヤングがプラス28。『アデトクンポ・システム』とも呼べるバックスの根本を破壊したヤングがもたらした勝利でした。

この敗戦でここ10試合の成績が5勝5敗となったバックス。シーズン序盤が好調だっただけに各チームが対策を講じてきています。アデトクンポのMVP獲得のためには個人としてもチームとしても、もう一歩成長する必要があります。