創部5年の開志国際、富樫英樹コーチ「凡事徹底でつかんだインターハイ初制覇」

2018/08/09
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開志国際

文・写真=小永吉陽子

創部5年目の快挙、富樫コーチは中高で日本一を達成

創部5年目の開志国際(新潟)が2回目の出場でインターハイ初優勝を成し遂げた。福岡大学附属大濠(福岡)、北陸(福井)、明成(宮城)と全国制覇の実績を持つ強豪校を倒し、決勝では優勝候補の一角だった中部大第一(愛知)を終盤に突き放して66-55で勝利。モットーであるディフェンスからの走りを体現した決勝だった。

チームを率いるのは、中学界で実績を残してきた富樫英樹コーチ。息子である富樫勇樹(千葉ジェッツ)を擁して2008年に本丸中(新潟)を初の日本一に導いた。以後、2010年には2度目の優勝を果たし、U-16代表のヘッドコーチも務めている。2014年に開志国際が開校したと同時に男子バスケットボール部の指揮官に就任し、高校のコーチとして新たな挑戦が始まったのだ。

創部当時から留学生の高さと有望選手を擁し、3年目にはインターハイ初出場を果たしてベスト8へ進出。しかし、幾度もその行く手を阻んだのが、県内のライバルである帝京長岡の存在だ。さらに昨年はU-18代表の伊藤領(東海大1年)を擁して期待されながらも、主力のケガに泣かされ、悔しい1年に。試練を乗り越えた今年、強豪ひしめく北信越を制して勝負の年を迎えていた。富樫コーチに初優勝までの道のりを聞いた。

開志国際

「高校のコーチとして優勝するのが夢だった」

――優勝おめでとうございます。インターハイ初制覇の感想は?

「中学から乗り込んできた」という言い方は変ですけど、教師になった時から高校で指導して優勝するのが夢だったんです。これまで、たくさんの高校に選手を送り込んでお世話になってきましたが、その教え子たちが(進学した先々で)インターハイやウインターカップで優勝する姿を見て「うらやましい」という思いがずっとありました。自分にどれだけ力があるか分からないですけど、「よし、高校でやってみよう」という決意で高校のコーチになりました。それが、まさか5年で優勝するとは思っていなかったので、本当にうれしいです。

ここまで来るには、学校関係者や地域の方々、何よりも1期生と2期生の選手と保護者には本当に感謝しています。1期生と2期生の力なくしては優勝できませんでした。また、負けても負けても僕たちスタッフを信じてくれた現チームの選手たちと保護者に感謝したいと思います。

――決勝で勝負のポイントとなったところは?

怖かったのは留学生のところ。ダブルチームに行くかどうかの判断で、向こうが先にファウルが込んでくれた分、ちょっと助かりました。ポイントは後半にブレイクが出て離れたところです。第3クォーターは46-46の同点で終わったのですが、全く焦ってなくて、そこで守ってはブレイクが出たので、こっちが思っていた通りのことを選手たちが表現してくれました。そしてやっぱり、4番の小池(文哉)と5番の小栗(瑛哉)。彼ら2人のキャプテンは「最後まで行くぞ」という気持ちで決勝に臨んでいたので良くやってくれたと思います。うれしい誤算は6番の和田(蓮太郎)ですね。あれだけやってくれるとは思いませんでした。

――準決勝から和田選手の活躍が目覚ましく、3ポイントシュートや速攻でチームに勢いを与えていました。これは計算外なのですか?

準決勝は盆と正月とクリスマスが一緒に来たかのような活躍をしてくれて、それが続いて決勝では大晦日になりました。それまでは全くダメでしたから。彼にはあの身長(197㎝)なので要求することは高いのですが、とにかく、ディフェンスとリバウンドを頑張ってほしい思いで大会に入ったので、得点を入れたことはうれしい誤算なんです。競っていたところで走ってくれたことも良かった。決勝は本当にナイスでした。

――去年はケガ人が多くて全国大会を逃してしまい、初めて全国の舞台に立つ選手もいます。それでも堂々と戦っていましたが、チーム内に自信があったのでしょうか。

県大会である程度、点差を離して勝てたことが子供たちの自信になったと思います。試合を追うごとに堂々としてきたことは感じますね。『勝ちに勝る薬なし』というのが本音です。今年のテーマが『凡事徹底』だったんですよ。リバウンドやディフェンスから徹底すること。それを子供たちがよく分かって戦い、成長していきました。

開志国際

帝京長岡との切磋琢磨がチームを成長させた

――ここ数年は帝京長岡の前に敗れて全国出場には至りませんでしたが、開志国際にとって、帝京長岡はどんな存在だったのでしょうか。また帝京長岡に敗れたこの数年はどのような思いでいたのでしょうか。

優勝の要因は正直、帝京長岡の存在です。女子は創部して2カ月で優勝してインターハイに出ましたが、男子はなかなか勝てず苦しい時が続きました。「男子は何をしているんだ」と応援してくれる方から叱咤激励を受けて苦しかったこともありました。けれど僕らにとってみれば、帝京長岡は強いチームなので倒すのは大変だったんです。逆に、ライバルがいたからこそ成長したと思っています。帝京長岡のようなライバルがいなかったら、こんなに早くに日本一にはなれなかった。そういう意味では感謝です。

――県内で全国上位レベルの戦いを経験できたことが、成長を加速させたのですね。

そうです。ここ2、3年ずっと競っていましたから。帝京長岡が全国大会に出ればベスト8になったり、去年のウインターカップは3位。「全国に出ればウチだって」という思いでした。今年は新人戦で勝てたのでインターハイに出るイメージはありましたが、今までは帝京長岡に勝つことがすべてでしたので。ただ、インターハイに初優勝して終わりじゃない。ここからがスタート。やっとスタート地点に立てたところ。県内にも県外にも強豪校はたくさんいますから。

――中学と高校で達成した優勝の味は同じですか?

あまり変わらないですね。高校を指導して5年経って、中学と高校のバスケはあまり変わらないことに気づきました。最初は戸惑いもありましたが、試合をやるにつれて1クォーター10分にもやっと慣れました(中学は1クォーター8分)。最初は10分が長くて、長くて大変だったんですけど、今はちょうどいい感じで高校バスケに慣れてきたところです。優勝の味は同じですね。どこで優勝しても子供たちに感謝。周りの人たちに感謝以外ないですよね。こんなに負け続けても信じ続けてくれた子供たちと保護者に感謝します。

――中学と高校で指導法は変わりましたか?

本丸中の途中から変えましたね。不思議にも、変え始めてから勝つようになったんです。それは『教えすぎない』ということです。子供たちに考える力がなくては勝てないことが分かったので、「僕の言ったことがすべてではない」と、この精神でやってきたおかげで、勝利につながっていきました。2人のキャプテンに練習メニューを考えさせることもありますし、2人とも考えられるようになりました。

――ウインターカップに向けての課題と抱負を聞かせてください。

今はまだウインターカップのことは全然考えられないですが、一休みしてまた頑張ります。3年生中心に作ってきたので、今度は下級生を入れながら、チーム内で競争をさせながら、チームを作っていきたいと思います。