井上眞一×片峯聡太

福岡大学附属大濠の片峯聡太コーチが先代の田中國明からチームを託されてから10年が経過した。その間に2度のインターハイ優勝を経験して強豪校の伝統を受け継いだが、33歳とまだ若く、指導者として常にアンテナを張って新たな学びを得たいと考えている。その片峯は学校のテスト期間を利用して、愛知県の桜花学園へと足を運んだ。還暦を超え、全国優勝68回の実績を持ちながら、今もなお学ぶことに貪欲な井上眞一コーチの指導を見るのがその目的。高校バスケ界で屈指の実績を誇る桜花学園の井上コーチと、新しい世代の指導者の代表格である片峯コーチが、バスケットボールについて大いに語り合った。

「日本一にしてあげなきゃいけない、というプレッシャーがある」

──まずは、井上コーチから見た大濠のイメージを聞かせてください。

井上 選手から人気のあるチームというイメージです。留学生なしで戦っているのもすごいと思います。

──片峯コーチから見た桜花学園のイメージはいかがでしょうか。

片峯 今日初めて桜花学園に来て、日本一の空気をたくさん吸わせていただきました。みんな良い意味でもっとガツガツしていると思っていたのですが、選手たちの表情や立ち居振る舞いを見ると、変なストレスなくバスケに向き合っていると感じます。良い意味で余裕がある、落ち着いている。やらされている感じがなくて、それぞれが自分の意思でコートに立っていますね。

井上 当分は試合がないから、今はガツガツした感じが自分にもありません(笑)。インターハイが無事に行われるかどうか、不安の方が大きいです。新1年生が入ってくるとまた基本から始めますから、それまではシューティングなど個人技を高めています。ディフェンスではあまり厳しくは言わないですね。

片峯 ウチも同じような感じです。3月までは例年だと試合があって落ち着いて練習ができないのですが、今は試合もあまりできないので、1月から3月までは個人のスキルと身体作りをしっかりやる時期だと考えています。

──桜花学園だから、女子だから、という意味で、指導する上でこういう部分に気を付けている、という点はありますか?

井上 ないですね。指導する時に相手が女性だという意識はありません。一番最初に赴任した中学校では男女のバスケ部の顧問で、当時の私からすれば自然と男子が中心になりました。でも、県で3位までしか行けなかったし、あまりにもスパルタでやっていたので部員がいなくなってしまいました。実はそれが女子を指導するようになったきっかけです。2つ目の学校が守山中ですが、そこでは女子だけを指導していました。

片峯 私は男子しか指導していないのですが、バスケの指導をする上で男女の違いはありますか?

井上 男子の場合は個人で突出した選手がいると、チームでどうやっても歯が立たない場合があります。女子は教えたら教えただけやれるようになります。そこにはやり甲斐を感じますが、今の桜花学園に入って来る子は「日本一になりたい」という気持ちで入学してくるので、私としては日本一にしてあげなきゃいけない、というプレッシャーがありますね。

井上眞一×片峯聡太

「選手自身に『上手くなりたい』とどれだけ思わせるかが大事」

──昔はとにかく厳しく選手を指導するスタイルが当たり前でしたが、時代の変化とともに指導方法や選手への接し方も変わっています。全国優勝を目指すレベルでどれだけ選手に厳しく接するか、そのアプローチで苦労したことはありませんか?

井上 できなければ徹底的に叱ってきました。例えば江村優有にしてもオフェンスだけの選手で、ドリブルが長すぎると注意して、ポイントガードにするとアシストばかりを考えて自分でシュートを打ちに行かなくなったのを叱り、3年生になってやっとシュートもアシストもできるようになったけど、「まだディフェンスは甘いぞ」と厳しく指導しました。結果として江村は3年間で本当に上手い選手になって卒業していきました。

片峯 私は体罰があった時代から今への転換期から指導に携わるようになりました。厳しく指導した方が効果的ですが、選手をやる気にさせる、彼ら自身に「上手くなりたい」とどれだけ思わせるかが大事だと思います。時間はかかりますし、あの手この手を使う必要があって、映像を使ってみたりいろいろ工夫しています。井上先生は年齢が離れているにもかかわらず生徒たちとのコミュニケーションがとても上手い印象ですが、どのようなことを心掛けていますか?

井上 昔は自宅から通う子もいましたが、今は全員が寮に入っています。体育館では私も厳しく接しますし、選手同士では試合に出るか出れないかの戦いもあります。その関係を寮にまで持ち込んだら逃げ場がないので、寮では私もオフで、褒めることはあっても怒ることはありません。選手たちも、学年の差も上下関係もなくやっています。

片峯 それは選手が入学した時に、まずそういう話をするんですか?

井上 そうですね。中学の指導をしていた時代、高校の強豪校を見に行くと上下関係がすごいんです。これはやっちゃいけないと思って中学の段階でも止めていました。寮の仕事も学年に関係なく分担しています。3年生が何もしないで1年生だけに仕事をさせていれば私は叱ります。大濠ではどうやっていますか?

片峯 ウチは以前は結構厳しかったのですが、この7年か8年ぐらいで変わりました。上下関係はないし、チームの中での最低限の役割分担だけが決まっている、という感じです。

──井上コーチは寮で食事をしますよね。片峯コーチも選手と一緒にご飯を食べることはありますか?

片峯 ないですね。それは正直、うらやましいです。

井上 今はコロナの感染対策もあって、外で食べずにここで食べて帰っています。

片峯 私が一緒に食事をすると、選手たちの会話が減ってしまうんですよね。20代の頃はもうちょっとフランクに話せたはずですが、今はなんかちょっと距離を感じてしまって(笑)。練習で怒っても、終わったら切り替えて冗談を言ったりするんですけど、選手の側は引きずったりするんですよね。

井上 どっちかと言うと私が生徒にからかわれている感じですよ(笑)。

井上眞一×片峯聡太

「ペイントエリアでは絶対に桜花学園が勝るイメージがあります」

──片峯コーチから、桜花学園のバスケについて井上コーチに聞きたいことはありますか?

片峯 ディフェンスですね。高校バスケでは女子の身体の当たりは相当激しくて、そこは男子とは違います。中でも桜花学園の試合を見ていると、ディフェンスのボディコンタクトの量と質には注目してしまいます。男子はちょっと気を抜く部分があるのですが、世界と戦う上では男子もそこを突き詰めないといけないと思います。これは日頃の練習から意識してこそですよね。

井上 例えばローポストに立った時、肩と膝で外に押し出すディフェンスをやります。カッティングが入ってくる時もボディチェックをしっかり入れる。チェックして方向を変えたら、今度はエンドラインに押し出す。そこの練習をしっかりやらないとフロントを取られてしまう。そうなったらディフェンスは上手くいきません。

片峯 3ポイントシュートの効率はどう考えますか。今のNBAでは得点期待値でミドルレンジよりも3ポイントシュートです。それを突き詰めた結果、シュートはペイントエリアと3ポイントだけになっています。勝つためには大事な、一理ある話ですが、それをどのようにチームに取り入れますか?

井上 今は5アウトでビッグマンも3ポイントシュートを打てないとNBAでは通用しない、とバスケが変わってきています。ですが、それはウチには真似できません。その選手に3ポイントシュートを教える手間暇をかけてインサイドを教えます。一度ガチッとシールしたら絶対に相手が前に出られないようなシールを続けるような練習をしています。

片峯 試合を見ていても、ペイントエリアでは絶対に桜花学園が勝る、というイメージがあります。

井上 ポストがフロントを取って、シールで相手を封じ込める。回り込んでインターセプトをさせない。そのシールの基本は相当やります。そこから相手は当然トラップに来たり寄ってくるので、ドリブルよりもピボットをしっかりできるように。実戦を想定した基礎の基礎、その練習は徹底してやります。

片峯 勉強になります。明成高校もそうですよね。佐藤久夫先生は大きい選手を集めるだけでなく、その選手に基本を徹底されています。基本の徹底から逃げてしまうと、肝心な時に点が取れませんからね。

井上 ディフェンスに限らず、やっぱり基礎ですね。強いドリブルだったり強いパスだったり。ドライブでもミートキャッチしてから肩と足を入れてドライブに行くとか。どんな場面でもジャンプストップはバスケの基本です。

片峯 女子の指導からも参考になることは多いです。特に身体の使い方、身体の当て方は女子の指導者の皆さんの方がいろんなものを持っていると感じます。