BリーグのU15、中学校の部活、クラブチームとカテゴリーを超えて日本一を争うJr.ウインターカップ。今年1月に行われた第1回大会に、メリノール学院中学校は男女ともに三重県の代表チームとして参加。男子は3回戦進出、女子は優勝を果たした。驚くべきは2017年に創部したばかりのチームであること。ただ、男子の山崎修コーチ、女子の稲垣愛コーチともに実績も意欲も十分。2017年の創部から、エネルギッシュに日々の指導にあたる稲垣コーチに話を聞いた。
「いい加減なミスは怒るし、ミスしないことにも怒る」
──Jr.ウインターカップについて聞かせてください。新型コロナウイルスの影響で満足に練習できない、実戦経験もあまりない中での苦労や難しかった点はありましたか?
やっぱり最初は緊張で、子供たちの顔は真っ青でしたね。本来のスタート3人は3年生ですが、1年からポイントガードとして使っていた黒川心音は去年10月にケガをしたので、決勝までプレータイムを制限していました。準決勝までのスタートの3年生は東紅花と福王伶奈だけ。下級生3人のゲームキャリアは足りませんでした。初戦のアップの時、選手たちはド緊張していたんですよ。顔がこわばっていました。
それで1回戦はダメでしたね。それで「この期に及んでチャレンジせんとは何事か!」と怒ったんです。私は毎日の練習の中でも、チャレンジしないことが一番ダメだと思っています。ミスをしないためのプレーをしていると「チャレンジしてないよね」って、その種類によってはすごく厳しく言います。いい加減なミスは怒るし、ミスしないことにも怒る。すごく矛盾しているようで、私の中では一貫性があります。チャレンジしてのミスには「ナイスチャレンジ!」と声掛けします。だからこそ「ベンチに入ってない子がいて、三重で応援している子もいるのに、ここにいる子がチャレンジしないのはどういうこと!?」と怒りましたね。2回戦は不戦勝だったのですが、ここで気が抜けるというか、慢心したらダメだと思いました。
──稲垣コーチ自身は、全国大会の舞台で緊張するようなことはありませんでしたか?
全中準優勝した年の決勝ではガチガチに緊張したのですが、今回は全然緊張しませんでしたね。ミーティングをして準備は終わり、やりきった、という気持ちでした。1年かけて対策して、ああだこうだディフェンスのシステムもオフェンスの動きも考えて全部練習してきたので、前夜にビデオを見せてやることを再確認し、「あとは笑顔で楽しんで終わろう」と。それだけでした。
決勝でも「思い切り楽しんでこい」と。東は緊張してシュートを落としていましたが、「何本落としてもいいから楽しんで思い切り良く、お前のチームだからそれで負けたって何の悔いもないよ」と言って。ずっと黒川のパスと東のシュートでチームを作ってきました。あの2人がこの1年、どれだけ黙々とシュートを打ってきたか一番近くで見てきたので、本当にそう思っていました。
決勝では福王がバックシュートに行ったんです。ビッグマン対策をする中で、あの子も中ではそう簡単に点を取れないだろうと、3ポイントシュートや外からアタックするいろいろなバリエーションのドライブを相当やりました。もちろん、点が取れなくてもファウルを取れるから、中でシールしてボールが入ったらアタック、という練習をやってきました。決勝ではあまり活躍してないように見えるかもしれませんが、ディフェンスは練習したことを相当頑張ったし、オフェンスでもどんどんチャレンジして裏を突くプレーなども成功しているので、私はすごく評価しています。あのバックシュートを決めて、あと3ポイントシュートを1本でも決めていたら100点満点でしたね。
「優勝した実感もないし、何かが変わったわけでもない」
──Jr.ウインターカップの優勝で注目も高まっていると思います。他の指導者の方々にアドバイスすることはありますか?
何もないですね。私自身、優勝した実感もないし、それで何かが変わったわけでもない。本当に全然変わらないですよ。優勝するまでは「毎日こんなに大変なのか」と思ったりもしますけど、優勝して四日市に帰る時にはもう新チームのことばかり気にしてました。
ミニバスの先生ってバスケットボールを持ったことのない小さな子供をずっと指導されていますよね。ドリブルやパスだけじゃなく縄跳びまで。小学校低学年の子は集中も続かなくて、すぐに飽きちゃうじゃないですか。バスケを教えるというよりボール投げ遊びでも、楽しそうに気を引いて、上手にできたら「すごい、先生にも見せて」って乗せて。「ここでバスケを嫌いになったら、この子は一生バスケが嫌いになる」とおっしゃった先生がいて、「本当だ、なんて素晴らしいんだ」と心を打たれました。子供たちとバスケをしているミニバスの先生を見ていると、やっぱり日本のバスケットはこういう方々のおかげで成り立っていると思うし、私の本気度もまだまだ足りないって思います。
──そういう意味では、稲垣コーチは教え子をバスケ好きにできていますか?
100人以上の教え子がいるんですけど、高校でバスケを続けなかった子が2人、中学で辞めてしまった子が1人です。高校進学を機にバスケから離れてしまう子は少なくないと思いますが、辞めなかったですね。これは私自身、本当にありがたいことだと思います。たった1人の退部者が出えたときはショックでした。「なぜ辞めたのか」ということばかり考えて、「もっとこうすれば良かったのかも」と反省し、その後の指導に反映しました。それが10年前になりますが、それからは一人も辞めていません。
──生徒のお弁当を作っていると聞きました。大変だと思いますが、何人分ぐらい作っているんですか?
今は男子の分も合わせて10人分ですね。10人分のお弁当を毎日作ります。前の日にご飯を15合炊いて、5時起きで弁当を作って、7時40分に家を出ます。遠方から通う子もいるので朝練はないのですが、朝の草抜きがあるので。
──草抜きですか?
朝明中で全国の準優勝をした前の年、1点差で全中を逃したんですよ。「何が足りなくて全中に行けなかったのか、それが分からないと来年も行けないよ」と言ったら、その子たちが「気づきが足りませんでした」と答えたんです。気づきが足りない、人の気持ちが分からないから自分勝手になる、それでリバウンドもルーズボールも取れない。じゃあどうしたらいいかと考えた結果、「朝に学校の草抜きをします」と言ってきました。草抜きに限らないんですけど、「学校でどこか汚れているところがないか、困っているところがないかを見つけてやります」と当時のキャプテンが言ってきました。トヨタ自動車にアーリーエントリーされている愛知学泉大の平野実月です。よくそう言ってきたな、と思いました。それからずっと続けています。
──当然ながらバスケを教えて試合をするだけではなくて、それ以外の業務が練習後にもたくさんありますね。
練習後はまず電車で帰る子を私が駅まで送ります。だいぶ前にバスの免許を取りました。駅に送ったら学校に戻って、今度は家に帰ります。買い物をして帰ることもあります。そこから食事の支度ですが、下準備はしてあるので焼くだけとか温めるだけどか。それで次の日の夜の食事の準備と授業準備ですね。いろいろやって終わるのが23時ぐらい。あとは自分がお風呂に入って24時に寝る。それで5時に起きてお弁当を作ります。朝も電車で来る子を駅まで迎えに行くのに2往復します。
「普通はAチームとBチームですが、私はチームAとチームBです」
──相当な激務ですが、メリノールに来てからの4年間で投げ出したくなったことはありませんか?
投げ出したくなったことは一回もないですね。入学前に「3年間頑張れますか?」と必ず聞くようにしています。絶対に大変だろうから。だからこそ、子供も親御さんも覚悟を持ってきてくれると思うんです。小さな身体で電車に揺られてやってくる子もいます。私とバスケがやりたいとメリノールを選んでくれた子供たち、私を信じて子供を出してくれた親御さんのことを考えると、これぐらいの忙しさはなんてことないです。
──そんなメリノールですが、チームとしての特長であったり、注目してもらいたい部分はありますか?
ありがたいことに人数がすごく多いんですけど、試合でもたくさん使うんです。ただ出してあげるだけじゃなく戦力として見ています。Jr.ウインターカップでも準決勝まで15人全員出ています。普通はAチームとBチームですが、私はチームAとチームBですね。一つはハーフコートバスケット、もう一つは小さくてコート中を引っかき回すような、タイプの異なるチームを2つ作りたいんです。せっかく48人もいるんだから、ツープラトンでそのパワーを出しきるようなチームを作ることを考えています。48人いることをネガティブに受け止められることが多くて「大変でしょう」と言われるんですけど、何が大変かと考えると1台のバスに乗り切れないぐらい(笑)。このスタイルでやっているのを見てもらえれば楽しいと思います。
──稲垣コーチ個人として注目してもらいたい部分は?
ダイエットを頑張ったところを見てください(笑)。黒川が10月末に骨折して手術したんです。私が新人戦だったので病院対応ができなくて、帰って来て私の顔を見るなり「手術になりました」と号泣したんですね。それまでは泣かずに我慢していたようです。その1週間後の手術には私が立ち会いました。車いすでオペ室に向かう黒川を「頑張れよ~」と手を振り見送りました。黒川は3カ月かかる、Jr.ウインターカップには間に合わないと言われたんです。そこから酸素カプセルや超音波と、良いと言われるものはすべてやりました。やるだけやった最後にと願掛けで4日間断食したんですよ。「私が断食に成功したら黒川も戻れる」って。その後の診察で奇跡的に骨がくっついて、「行けるじゃん!」って調子に乗った私はあと2回断食して、Jr.ウインターカップまでに8kg痩せて、黒川も戻って来れました。みんなに「合わせてくるねえ」と言われて「まあな!」って(笑)。
──これからどういったコーチでありたいと思いますか?
ずっとあこがれ続けた杉浦先生、大野先生、桐山先生にいつかどこかで追い付きたい。そのためには子供たちのことをもっともっと好きになって、もっともっと大切にしてあげられる指導者になりたいですね。ああいう先生方に追い付くのは無理だと思うんですが、あきらめたらダメだと思って頑張ります(笑)。