文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦、古後登志夫
1958年5月31日、京都府生まれ。2015年にサッカーのJリーグから新リーグ創設を目指すバスケ界へと舞台を移して組織再編を手掛け、川淵三郎初代チェアマンの後にチェアマンに就任。現在は「BREAK THE BORDER」をキーワードに、新たなプロリーグの盛り上げに尽力している。日本バスケットボール協会の副会長も兼任し、立ち遅れたバスケットボールの環境整備、強化に邁進する。高校生までバスケ部。

クラブの成長を肌で知るための『100回の現場訪問』

──今回の連載を始めるきっかけは、チェアマンが「現場百回」という言葉を大切にして、精力的に全国を回っていることを紹介しようと考えたことです。この1年で全会場を回れましたか?

B1、B2と、そしてB2ライセンスを持った準加盟クラブとして八王子と埼玉があって、その38のホームゲームには全部行きました。2回、3回と見ているところもあります。それに加えて試合のない時に行くことも同じぐらいあるので、合計すると100回近く行っていると思います。

──「現場百回」という言葉を大切にされていると聞きました。

そうですね。応援の熱や会場の盛り上がり、選手のパフォーマンス。そういったものが前回と比べてどう変わっているのか。最低でも年に一度は足を運ぶことで、そんなクラブの成長を肌で知りたい、というのが一つの目的です。また、いろんなステークホルダーの方が、リーグやチームにどんな期待感を持ってくれているのか知ることができますし、こちらからの要望を話すこともできます。これが主な狙いです。

──自治体のトップと会うことも多いようですが、これは「アリーナ建設を頼むよ」みたいな話を各地で進めているのでしょうか?

単純な表敬訪問もありますし、アリーナ計画があれば観戦文化を育てていく意味でBリーグがその地域にどう役立つか、それが住民をどうハッピーにするのか、そういった話もさせていただきます。アリーナを貸していただいているので、その御礼であったり。全国を回って感じるのは、地方は特にスポーツを地域活性化の一つのツールとして考えてくれていることですね。

またパートナーの方に日頃の支援の御礼、ますますのご支援のお願いをすること、地方のメディアに行くのも仕事です。Bリーグのチェアマンが来た、ということ自体を地元の報道でお取り上げいただくこともあります。チェアマンとしてクラブがある地域で広報活動を積極的に行うことで、我々がどのようなリーグを目指しているのかを、現場百回で話していきたいという思いで取り組んでいます。

「集客は堅調に伸びたが、機会損失もかなりあった」

──今シーズンは集客が堅調に伸びて、人気チームは満員御礼の試合も多くなりました。ただ、全席完売は盛り上がっているように見えて機会損失でもあります。「夢のアリーナの実現」が急がれますが、アリーナの建設は費用だけでなく用地選定など難しい課題が多いですね。

そうですね。皆さんが来たくても入れないような試合が結構あって、そこに「満杯感」の楽しさはあるのですが、本来得られる集客や利益を逃しているという思いはすごくあります。サッカーの時の経験からすると、年間の入場率が7割から8割になったチームが新しく大きなハコに移ると、必ず1.3倍から1.5倍に集客が伸びますから。そういうエネルギーが溜まりつつあるという手応えはあります。ただし、やっぱり5年がかり、10年がかりの仕事ですよね。そういう意味で言うと、栃木、千葉、三河、琉球あたりは機会損失がかなりあったと思います。

──それらのチームは1万人収容のアリーナがあっても埋められるポテンシャルがあるのでは?

カードによっては埋まると思います。アリーナに関して言うと、僕らは「夢のアリーナの実現」を掲げ、それに沿う形でクラブライセンス制度の中に施設要件があります。そこを行政も含め皆さんと会話しています。スポーツ庁がスポーツを産業化していこうというアリーナ計画の時流にも乗っていて、これをどれだけ実現させるかが10年後のBリーグに大きくかかわってきます。

10年後のBリーグを考えた場合、私は選手一人あたりの年俸で国内プロスポーツでトップクラスになりたいと考えています。これは私が注力している部分というか、僕にとっての『究極』なんです。選手だけじゃなく、Bリーグに、バスケットにかかわる人たちの待遇が良くなっていってほしい。そのために何が必要かをいつも考えています。

そうなると、日本のあちこちで「夢のアリーナの実現」が果たされているのは絶対必要なんです。行政が単にハコを作るだけではなく、クラブが主体になって、アリーナ自体で様々な収益活動ができる施設をつくり、それがクラブやリーグの事業規模を発展させる。これはバスケットの領域を超えたチャレンジで、「BREAK THE BORDER」ですよね。試合興行だけでは限界があって、その周辺にあるエンタメを含めた部分を取りに行く意欲を持ち続けたいです。

──選手の待遇について、今までが悪すぎたのはありますが、Bリーグになって年俸は大きくアップしているようです。これはまだまだ上がっていくと考えますか?

もちろんです。今、B1の選手の平均年俸はまだ1000万ちょっとぐらいだと思います。Jリーグが2000万円ですから、2倍近く離れているわけですよね。これを2026年、Bリーグのスタートから10年たったところで追い付きたいというのが私の目標です。

選手の年俸は上がりますが、逆に言うと獲得する側も目が肥えてくるので、払うべき選手には払い、そうでない選手には払わないという格差が広がっていくと思います。でもこれはプロとしては当たり前です。今は伸びるべきところがどんどん伸びていってもらわないと。Bリーグとしてサラリーキャップを設けないのも同じ理由です。将来の議論としてはあるかもしれませんが、そこはNBLもbjリーグもあの低いサラリーキャップでは業界のパイ自体をもうそこで大きくしないと宣言していたようなものでした。そこは「BREAK THE BORDER」ということです。

横浜でのファイナルには『パッション』に期待

──2年目のシーズンはチャンピオンシップに突入しています。さいたまスーパーアリーナと並んで日本を代表するアリーナで、初めてBリーグの試合が行われます。

代々木に匹敵する立地条件の施設はなかなかありません。厳密には代々木第二ですが、代々木は前の東京オリンピックでバスケットボールをやった聖地であって、あれに勝るものはないという思いはあります。一方で、名前からして「体育館」なので、自ずと限界もあります。

その中でいろいろ探しました。さいたまスーパーアリーナも候補の一つで、バスケット界としては世界選手権があったという意味でつながりが深いのですが、Bリーグのクラブがお世話になっているという意味では横浜のほうが親近感がありました。一つ良いのは、西から来ても新幹線停車駅の新横浜から徒歩圏内であることです。私個人としては、Jリーグアウォーズを何度もやっていたことで土地勘もありました。

横浜アリーナもさいたまスーパーアリーナも何年も先まで予定は埋まっているんです。その状況で今回のファイナルが実現したのも「現場百回」がきっかけでした。ビーコルの試合を見に来られていた横浜の行政の方に、「2年目のファイナルをやる場所がなかなか決まらないんですよね。横浜アリーナを借りれたらいいんだけど」という話をしたら、本当に実現に向けて動いてくれました。調整に何カ月かを要しましたが、本当は違うイベントが入っていたのを都合をつけていただきました。これは本当にありがたいです。

横浜市はもともとBリーグにすごく前向きなんです。Bリーグを立ち上げる時点で、B1とB2にクラブを振り分けた時、最後の最後でB1に入ったのが横浜でした。それぞれのチームにBリーグとしてヒアリングをしたのですが、ビーコルの時は横浜市の方が同席したんです。そんなクラブはビーコルだけでした。横浜文化体育館がアリーナ要件を満たさないのがネックでしたが、「横浜国際プールがあります」と。そういうグイグイ来る姿勢が横浜にはあるんです。

──今回のファイナルにはどんな盛り上がりを期待していますか?

どこが優勝するかと思いますか、という話がすごく難しい。どこが優勝するか本当に分からないですよね(しばし優勝予想の雑談)。ただ、いろんなデータはあるにしても、それを度外視した選手のパッションで盛り上げてほしいというのが私の希望です。そんな一発勝負の醍醐味は昨シーズンも見られました。今回もそれに期待したいです。

みんな優勝したいんですよ。昨シーズンは最後に田臥勇太選手がトロフィーを掲げて、ある意味で出来すぎのような形で終わりました。私は開幕戦とかファイナルの録画をたまに見返すんですが、開幕戦の時はゲストで来ていただいた広瀬姉妹と一緒に並んでいて、司会者と話しているんだけど、田臥選手はずっと自分の後ろのコートを気にしているんです。「やっぱり自分が出たかったんだな」というのはすごく感じていて。それがチャンピオンシップでの田臥選手のパッションにつながっていた気がするんですよね。どのチームも本当に勝ちたいという思いがあり、その思いと思いがぶつかるのだから、間違いなく良い試合になると思っています。