取材・構成=鈴木健一郎

今週末の3月10日と11日、アルバルク東京がサンロッカーズ渋谷をアリーナ立川立飛に迎え撃つ。この東京ダービーは「NATIONS presents ADIDAS SPECIAL DAYS」と題され、バスケアプリのNATIONSとADIDASが全面サポート。様々なイベントで新たな観戦体験を提供する。その仕掛け人となるNATIONSの平将貴、アルバルク東京の森岡浩志、そしてアディダス ジャパンでスポーツマーケティングマネージャーを務める山田拓也。国内外のバスケットボールの『現場』を知る3人に、バスケ観戦のあるべき姿、日本バスケの将来図を語ってもらった。
(写真は左から、山田、森岡、平)

現状維持が好きな日本で「変わろうとして何かをやる」

──Bリーグがスタートして1年半が経過しました。まずは『現在地』を確認したいのですが、2年目のシーズンの半ばまできて、成功していることと課題をまとめたいと思います。

1年目はパワープレーで興行をやってきて、その勢いとリーグ自体の知名度がある一定のレベルで地元に根付きました。それを2年目に落とすことなくここまで来たことが一つ成功だと思います。これはリーグがテレビや芸能人を使う空中戦を、そしてクラブがビラ配りや選手の挨拶、スポンサー営業など地上戦を愚直に頑張った結果です。一方で課題についてはリーグの方やいろんなクラブの社長とも話すのですが、空中戦と地上戦の間にあるサイバー戦。インターネットを使ってうまくPRできているチームが非常に少ない。チームとしてそこに投資もできていないのが現状です。

森岡 そう言われると「SNSですごく頑張っているんだけど」というチームもあるかもしれません。

発信するチャネルとプレーヤー、つまりはメディアとインフルエンサーが少なすぎるんですよね。そもそもデジタル領域で活躍した経営者やスタッフが少ないということと 、ステークホルダーが旧態依然とした方が多い組織だと、露出するとなったら「じゃあテレビで」というマインドで、Twitterを始めとしたデジタル領域の運用は広報担当に任せて終わり。僕はNBAがインターネット企業のコンテンツ発信という点では世界最高クラスだと思っています。先日NBAオールスターに行って本当に驚いたのが、ものすごく広いプレスルームでした。そこでは各メディアが撮った素材をその場で編集してすぐさまアップしているんです。そのボリュームとスピード感は圧倒的ですよ。そして露出に関してはかなりフリーダムです。日本はリーグもクラブもメディアが出す情報をすべて添削しようとしますが、その結果としてファンの目に触れる機会が減る。これは逆ですよね。

森岡 クラブとしてはクオリティを担保したい意図があるのですが、カジュアルな素材がもっと出て行くべきということですね。それをオフィシャルでやるのか、アンオフィシャルを持ってやるのかは課題としても、常に発信し続けることは必要ですね。

山田 始まったばかりのBリーグには「何が成功か」という基準値がまだないんだと思います。目標に対するリーグ全体での集客は順調ですし、一歩ずつではありますが着実に、集客、演出、ホスピタリティ、ユースの立ち上げなど、大きな欠落なく前に進んでいることは成功に近いのかと。ただ、裏を返せば大きな成功がない。これはリーグからの発信、クラブからの発信が1年目のインパクトに比べて弱い印象なので、もっともっと仕掛けていってもらいたいです。

森岡 全チームが、お互いの様子を見ている感じはありますね。

テレビ局が作り上げるような『煽り』があるじゃないですか。開幕戦でPRしていた『エリートvs雑草』みたいな。あれを代理店や制作会社に任すのではなくて、それぞれのクラブが自分たちの色を打ち出していくべきなんですが、そこに時間と労力をかけられるクラブが少ない。個人的にはチームカラーを『意図的に作り出していく』というブランディング部分に時間とお金をかけるべきだと思っていて、それぞれが独自の色を作ることができればなと期待しています。

山田 例えば大阪は毎日のようにスポンサーが増えていると聞きますし、やりたい気持ちは強く持っているのだと思います。それをいかに一つにして発信するかが大事ですね。

森岡 NBAはリーグとしてとにかく新しいものに挑戦するマインドがあります。YouTubeもまだ認知度が低い頃から公式アカウントを作って始めていました。そのマインドが欲しいですね。僕はデジタルがあまり得意ではないので、アリーナの演出で「あんなアホなこともやるのか」というのをやりたいです。それはアメリカのマイナーリーグでやっていたので。それを生かしてチャレンジしていきたいです。

山田 NBAはファンエンゲージメントを高めるための顧客分析に投資を増やし、「NBAにあこがれている人」の中で「でも見たことがない人」が全体の9割いると考え、デジタルの配信はそこを目掛けてやる。会場に足を運ぶ1割のファンに対しては、アリーナでの様々な工夫でさらに満足度を上げていく。そういう2層の顧客アプローチでやっていますね。

ネット広告は特にそうですが、大事なのは「広く知らしめる」ということなので、コンバージョンよりもインプレッションなんです。例えばインプレッションが全国民の10倍あれば済む話で、結局はどれだけのインプレッションを稼ぐかという話になります。NBAがYouTubeにアップされているハイライト動画をすべて取り締まらない理由がそこだと思うんですよね。価値はまずライブにある。その鮮度が失われた後はすべて広告と考える。だから彼らはすごく自由なんです。

森岡 そうですね。Bリーグでは「動画は15秒まで」というルールがありますが、試合が終わったらいくら上げてもいい、というルールはアリかもしれません。

囲い込むより広げる概念が大事です。ハーフタイムショーでどれだけ面白いものを出しても、試合中継ではほとんど映らないですからね。チアも含め、そこもBリーグ観戦の面白さだとすれば、それが多くの人に届かないのは残念です。

山田 リーグの最初だから守るのか、最初だから攻めるのか。これは結構難しいところなんですよね。リーグスポンサーもあるわけですから、配信権をどこで持つべきなのかの議論も必要になりますし。

森岡 僕は、Bリーグが始まった時点で日本のバスケ界にとって大きな成功だと思っています。みんながスタートラインに立って、ここまで来ているのが成功で、この流れを止めないことが大事です。どのクラブにも「やってみよう感」は全体的に出ています。三河さんはいろんなシートを作ったりして、「こういうこともやっていいんだ」という雰囲気を出しています。企業チームからそれが出てくるのはすごいですよ。「変わろうとして何かをやる」。それ自体が素晴らしいいです。日本は現状維持が好きな国民性ですが、周囲からとやかく言われようが「出る杭になってやる」という気持ちで。adidasさんも『出る杭系』ですよね?(笑)

山田 ブランドはそうあるべきだと思います。僕らも、リーグが始まるのであれば一緒に新しいことをしていきましょう、というところからアルバルク東京さんとのパートナーシップが始まりました。ともにリーグを牽引し、新しい文化を作っていきたいと考えています。それが伝播して、来場したお客様も発信してくれるようになれば良い取り組みになります。やっていることをどう発信し、拡散していくかですね。

バスケットボール選手のブランド価値をどうやって高めるか

──日本のスポーツビジネスにおいて、バスケットボールはどんな位置付けだと考えますか。そこに期待が持てるのであれば投資も集まると思いますが、現状はどうでしょう?

山田 僕らがBリーグに期待するのは、これによってスポーツ市場全体が拡大することです。バスケは増えているけれど、他のスポーツから流れただけ、というのでは良くないので。ラグビーに始まり、この2年で大きな国際大会が日本で開催されることでスポーツ市場が伸びると期待されていますが、今後5年、10年で本当のコアの部分が継続的に伸びていくのか。そこに貢献していきたいですし、皆さんと一緒になってチャレンジしていきたいですね。

森岡 バスケの中にはファッションもあり音楽もあり、いろんな文化的な背景があります。そこを強めるのが良いと思います。

山田 まさにadidasの『SUPERSTAR』というシューズは、バスケ界を席巻した後、ストリートカルチャーに落ちていった例です。可能性はすごくありますね。そのためにもadidasは、「クリエイター」と呼ばれる唯一無二の存在をどれだけつくり、業界をリードしていけるか、を意識しています。そういった部分でもアルバルクさんも「新しい文化を作りましょう」ということで一緒にやっています。新しいことを生み出していくことが大事なので、3月10日、11日の「NATIONS presents ADIDAS SPECIAL DAYS」も一つのチャレンジです。

選手のブランド価値を高めることにも、もっと注力してもらいたいです。全チームが一人ずつスター選手を作る。ここにフォーカスすべきだと思います。今だって選手との契約は単年ばかりですが、どのチームも「この選手をウチのスターにする」と決めて、5年契約を結んでもらえれば、やり方も変わってくるはずです。スター選手を作るという意味ではadidasさんにも協力してもらいたくて、中国や韓国に行くと、その国のスター選手がジェームス・ハーデンと一緒にポスターに写っているじゃないですか。そういうのってシンプルだけど大きいですよね。

森岡 選手がコートに上がる際に「楽しませてやる」というパフォーマーの感覚をもっと持ってほしいとは思います。折茂武彦さんぐらいの個性をみんなが出してくれればいいですね。ウチで言えば、馬場雄大選手は子供と一緒でもワーッと自分も楽しんで盛り上げてくれますね。

外国籍選手だとロバート・サクレが成功例ですよね。実力的にはBリーグで申し分ないし、ファンサービスもすごくやってくれる。『おもしろ外国人』というイメージは良いですよ。

森岡 アメリカは子供の頃から触れ合う機会が多いので、彼らは大人になって同じことをやっているだけなんです。日本だと、少なくとも僕には選手と触れ合う経験がありませんでした。今の選手も上から言われてもやり方が分からないので、結局はどこかできっかけを作って始めないといけない。バスケットの質と同じぐらい、コミュニケーションのクオリティも大事です。

山田 去年オールブラックスが来日した際、まさに森岡さんの話のように、子供たちと接している時はメディアが見ていようがいまいが関係なく、ずっとファンサービスをしてくれました。協会に聞くと、それが当たり前の光景だと。彼らが「オールブラックスになりたい」と願う中には、オールブラックスの一員としてファンをどれだけ楽しませられるか、というのも入っているんです。そういうマインドがあるから、サインも嫌な顔をせず対応してくれるし、ボールがあれば子供にパスして遊んでくれる。素晴らしいことだと思いました。

森岡 NBAの「This Is Why We Play」も同じですよね。そういうところで子供たちの夢になる、人生のヒーローになることの価値を彼らは本質的に理解しています。

アリーナだけでなく外でも楽しめるイベントに

──それでは最後に、今週末の「NATIONS presents ADIDAS SPECIAL DAYS」に向け、会場に来るファンにはどんなことを期待してもらいたいですか?

森岡 いろいろとてんこ盛りです。レギュラーシーズンの1節ではあるのですが、アリーナに隣接するららぽーと立川立飛も含めたあのエリア全体に『お祭り感』があります。それを楽しみに来てもらいたいです。

山田 adidasもフルサポートし、クラブ唯一の「3rdユニフォーム」の制作や、会場を赤く染める新しい応援作りにも取り組もうという新たなチャレンジです。アリーナ内に留まらず、ららぽーと立川立飛も巻き込み、将来のアスリートを育てる「Young Athletes Challenge」という子供向けのイベントや、アルバルク東京の選手を招いたトークショーも行います。さらに、adidasとして国内のバスケ界に貢献すべく、世界に通用する選手を育成する「ADIDAS NATIONS TOKYO」という企画のお披露目も考えています。

会場に来た人に向けたキャンペーンとしては選手入場のハイタッチやMVP賞のプレゼンターや、選手と写真を撮ることができたり、今までより一歩踏み込んでファンと選手が触れ合う楽しみを提供できると思います。アリーナの外でも楽しめる企画をたくさん準備しているので、是非体験してもらいたいです。