ケニー・アトキンソンの錬金術、ネッツを『自分と相容れないチーム』に変えた皮肉な結果

ケニー・アトキンソンの錬金術、ネッツを『自分と相容れないチーム』に変えた皮肉な結果

2020/03/11

ケニー・アトキンソン

史上最も難しい再建を果たしたケニー・アトキンソン

ブルックリン・ネッツはヘッドコーチのケニー・アトキンソンを解雇する決断を下しました。『カイリー・アービングがアトキンソンのようなタイプのヘッドコーチを望まなかった』、『オーナーからの強い指示があった』、あるいは『アトキンソンがアービングやケビン・デュラントをコーチすることを望まなかった』など、解雇となった要因には様々な噂が飛び交っています。ですが、一つだけ間違いないのは『NBAで最高クラスのヘッドコーチの解雇』という衝撃的なニュースで、ネッツファンの多くがアトキンソンがいなくなることを悲しんでいる事です。

アトキンソンがネッツで残した最高成績は昨シーズンの42勝が最高で、今シーズンも東カンファレンス7位につけているとはいえ勝率5割を下回り、わずか1シーズンしか5割を上回らなかったヘッドコーチが高い評価を受けているのは珍しいことです。ですがそれは、アトキンソンのバスケットはそれだけの魅力を秘め、将来性に溢れて、さらには『ネッツが5割の成績を残す』ことさえも奇跡的だととらえられていたからです。

アトキンソンがネッツのヘッドコーチに就任した2016-17シーズンのネッツは『史上最も再建が難しいチーム』と考えられていました。前年を21勝61敗で終えていたネッツには本来であればドラフト上位指名権があり、再建のために将来有望な若手を指名できるはずでしたが、3年前に行ったケビン・ガーネットやポール・ピアースらを獲得するトレードで2018年までのドラフト指名権を放出しており、チームの核となる有望な若手を獲得する手段が何もありませんでした。

大物たちは全員がチームから出ていった上に、弱くて将来性もないチームに有望なフリーエージェントが集まるはずもなく、アトキンソンが就任してから3年間は『ただただ弱いチーム』として過ごすものだと考えられていました。誰もが引き受けたくないようなヘッドコーチ職を引き受けたとも言えます。

ところが実際には、ネッツは3年でプレーオフに進むチームになりました。アトキンソンが最初にネッツにかけた魔法は、当時はインサイドだけを主戦場とし、キャリア8年で31本しか3ポイントシュートを打ったことがなかったブルック・ロペスを見事なストレッチ5に生まれ変わらせたことです。今ではシュートの半分以上が3ポイントシュートとなったロペスは、高いディフェンス力とアウトサイドシュートで現代的な万能型センターになりました。アトキンソンとの出会いが選手としての価値を大きく変えたのです。

『特別扱いナシ』で成長したディアンジェロ・ラッセル

翌シーズンになると、ロペスとのトレードでディアンジェロ・ラッセルを獲得することに成功します。上位指名権を持たなかったネッツが1シーズンでドラフト2位の選手を獲得したことになりますが、この時のラッセルはレイカーズで半ば失格の烙印を押されたようなもので、大きな期待をされていたわけではありません。

しかし、アトキンソンが志向する選手のポジショニングが細かく定められた形でありながら、複数のスクリーンとオフボールムーブが絡んで動きが止まらないオフェンスでは、目まぐるしく変化する複数の選択肢の中から、瞬間の判断でパスを出せる選手がキーマンであり、ラッセルはそこにぴたりとハマりました。読めないタイミングで出してくるパスとゆったりしたフォームから放たれるシュートでチームオフェンスを構築するラッセルによりチームはプレーオフに進み、そしてラッセル自身もオールスター選手へと成長を遂げたのです。

結果だけ見るとチームが目指すスタイルとラッセルとの相性が良かっただけのようですが、アトキンソンはラッセルに対して厳しい姿勢で望んでおり、判断ミスや気の抜けたプレーをしようものなら即交代させ、ケガで離脱すればベンチスタートからやり直す試練を課しました。ラッセルはオールスターに選ばれた後でも、試合終盤でディフェンスが必要な場面でベンチに置かれることもありました。

アトキンスは『スター選手であっても特別扱いしない』姿勢を貫き、妥協なく戦う選手であることを求めました。また、すべての選手を『常に競争原理の元に置く』タイプのヘッドコーチでもありました。

アトキンソンが好んだ『緻密なプレーとハードワーク』

ラッセルの競争相手となったスペンサー・ディンウィディーは他のチームで結果を残せずネッツに拾われた選手ですが、強気ながらミスの少ないプレーでシックマン賞の最終候補になるまでに成長しました。シュート成功率は今でも大きな課題ですが、アトキンソンはディンウィディーの良い部分を上手く活用してチームの中心にしています。

昨シーズンの3ポイントコンテストで優勝したジョー・ハリスも同じく他のチームでクビになったものの、ネッツでは得意の3ポイントシュートを打つためのプレーをセットしてもらえるだけでなく、そのプレーを囮にしてドライブすればヘルプディフェンスが間に合わないような仕組みを用意されたことでインサイドのシュートも高確率で決め、単なるシューター以上の存在へと成長。アメリカ代表にも選ばれました。

無名の選手であってもアトキンソンの下ではチャンスが与えられ、激しい競争の中で自分のプレーを磨き大きく成長しています。常にステップアップが求められ、競争に生き残るタフな選手がアトキンソンの好みだったと言えます。

そしてこのことは、アトキンソン自身がスター選手を獲得したネッツに残りたくなかった理由にもなり得ます。

ネッツのスローガン『We Go Hard』はアトキンソンを表す言葉でもありました。緻密に構成された論理的なバスケットではありましたが、根底にあるのは絶えずハードに戦う姿勢であり、ハードに戦い続けた選手だけが大きく成長してきました。アトキンソンが託された『史上最も再建が難しいチーム』は、誰もが特別扱いされずハードワークを繰り返すことで、あっという間に勝てるチームへと変貌し、大物フリーエージェントを惹きつけるチームになったのです。

そして、そんなネッツに加わったスーパースターは少なからずアトキンソンがネッツから去る理由になりました。アトキンソンから求められる緻密なプレーとハードワーク。それは異なる環境でプレーしてきたスーパースターからすれば納得いかないものだったかもしれません。

アトキンソンよりも優れたヘッドコーチを見つけるのは簡単ではないでしょうが、ネッツには優勝を狙うためのスーパースターがいるため、『スターを特別扱いできるヘッドコーチ』を求めるのでしょう。その一方で、再建を目指し若手選手を成長させたいチームにとっては、予想だにしていなかった『アトキンソンを獲得するチャンス』が訪れたことになります。オフに向けてアトキンソンが注目されることは間違いありません。そしてまた、カイリー・アービングとケビン・デュラントが揃う来シーズンのネッツがどのような道を進むのかも、注目を浴びることになります。

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