コービー・ブライアント

今になって分かる、コービーの『未来を読む目』

コービー・ブライアントは史上稀に見る『セルフィッシュなスーパースター』でした。強すぎる競争心はチームメートにも完璧を求めて牙をむき、ヘッドコーチからは「コーチできない選手」と言われ、パスを出さずにタフショットを打っていく姿勢が自己中心的だと物議を醸すことも多くありました。

特に有名なのはシャキール・オニールの放出を要求したことです。スリーピートを達成したスーパースターコンビを解消し、自分中心のチーム作りをフロントに求めました。これはコービーのファンとしても肯定できる発言ではなく「まだ若いコービーを選択すべき」という擁護くらいしかできなかったものです。しかし、今になって当時の試合を見ると少しイメージが変わってきます。

当時すでにガードが得点する時代にはなっていましたが、センターの重要性自体は変わっておらず、存在感抜群のシャックは必要不可欠な選手だと考えられていました。しかし、現代のトランジションゲームやドライブと3ポイントシュートを中心としたオフェンスを知った後だと、シャックの運動量の少なさは明らかに弱点になりますし、またゴール下に陣取ることで流動的なポジショニングを妨げオフェンスを硬直化させていました。ゴール下の圧倒的な得点力があるからこそ気にならない弱点でしたが、当時はシャック自身にも身体的な衰えが出てきた頃であり、そこにコービーは限界を感じていたのかもしれません。

少し時代は前後するものの、ライバルだったキングスはビッグマンがパサーとして起点になるオフェンスを展開し、サンズはマイク・ダントーニによるトランジションオフェンスが始まり、そしてファイナルで戦ったピストンズは機動力ディフェンスとポジションレスなオフェンスでレイカーズの時代を終わらせました。コービーは戦術トレンドの潮目が変わることをいち早く感じ取り、再び優勝を狙えるチームにするためには、ガード中心のチームであるべきだとの答えを出していたのではないでしょうか。

コービーは若い時から戦術オタクな一面があり、難解とされていたテックス・ウィンタースのトライアングルオフェンスを研究し、フィル・ジャクソンのヘッドコーチ就任を歓迎していました。その後、あまりにもセルフィッシュなコービーにフィル・ジャクソンは愛想を尽かしましたが、再びレイカーズに戻り連覇を達成しています。その時の中心だったビッグマンはパウ・ガソルとラマ-・オドムというオールラウンドな2人。シャック時代のポストアップ中心ではなく、流動的なポジション交換からドライブを有効活用する形に変わっていました。スペースを生み出すようなビッグマンの使い方は現代にまで続く流れであり、結果的にコービーを中心にした戦術変更はレイカーズに成功をもたらしたのです。

一概には言えないものの当時はコービーの『わがまま』だと見られていた発言も、実は戦術的な問題からくる発言だったのかもしれません。確執があったと報じられるシャックとの関係性も結果的には良好なものに戻っています。2人の間にあったのは、実は感情的な問題ではなく、プレーにおける論理的な問題だったのかもしれません。

バスケの未来を変える可能性を感じさせる存在

またコービーはコーナーから左手で3ポイントシュートを打ったり、バックボードの裏からハイアーチのシュートを打ったりと数々のタフショットを打ってきました。セルフィッシュに攻めたことで生まれたようなシュートでしたが、一方で試合中のあらゆるシーンを想定したトレーニングを積んだ成果でもありました。キャリアで1本打つかもわからないプレーでもトレーニングを積む努力だけでなく、「試合で何が起こるのか」を明確にイメージする能力が高く、身体の細部の動きにまで意識を向けていました。

若い頃からマイケル・ジョーダンのマネをしてそっくりなプレーをするだけでなく、数多くのNBA選手が教えを乞うハキーム・オラジュワンのドリームシェイクも完璧に習得した言われています。個人スキルにおいても一つひとつの動きを論理的にとらえて再現する理解力もコービーの特徴でした。

引退後のコービーは多くの選手にアドバイスを送り、現役選手の良きモチベーターとして活躍の場を広げていました。また戦術的判断やプレーの問題点を的確に指摘した企画は、単なる経験ではない知識の深さと論理的考察力の高さを感じさせてくれ、現役時代とは異なったイメージを与えていました。

チーム戦術に対する先見性と細部にわたる分析能力をもったコービーは、コーチでも解説者でもない立場から示唆に富んだ発言をしており、「元スーパースターの発言」という以上の重みを持っていました。また育成年代の負担過多の問題など幅広い指摘もあり、バスケの未来を変える可能性すらも感じさせてくれていたのです。

現役時代にエモーショナルなプレーでファンを魅了してくれたコービーは、引退してからは中立的な立ち位置から論理的に進むべき道を示す先導者になっていくように見え、違う形でファンを魅了し始めていました。新たな可能性を導くコービーの第2のキャリアはまだ始まったばかりでした──。