山崎稜

スターと入れ替わるように加わったロールプレーヤー

「BリーグチャンピオンシップMVPは、背番号30、山崎稜選手です!」

その会場アナウンスを聞いた時、広島ドラゴンフライズの山崎稜は驚いた表情を見せた。その後に実施されたテレビの中継インタビューでは「ドウェイン・エバンス選手が取るかなと思っていたので意外でした」と落ち着いた口調で言い、少し笑った。

ポストシーズン全8試合で50本の3ポイントシュートを放ち、うち28本をリングに沈めた。決定率は脅威の56.0%、平均得点もレギュラーシーズンの7.9から13.9と大きく伸ばした。カイル・ミリングヘッドコーチはチャンピオンを獲得できた最大の要因として「信じられたこと」と繰り返したが、山崎は仲間がオープンを作ってくれること、パスを出してくれることを信じ、自分がそのオープンを使ってシュートを決められると信じた。そして素晴らしいエンディングの主人公となった。

31歳の3&Dプレーヤーのこれまでのキャリアは、決して順風満帆なものではない。プロキャリアをスタートさせた当時は1〜2年の短いスパンでチームを転々とし、2017-18シーズンから在籍した栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)、2020-21シーズンから在籍した群馬クレインサンダーズでも突出した活躍は見せられなかった。

昨シーズンは9試合の先発起用に留まり、シーズン平均スタッツは12.39分出場、4.7得点。実績、タレント性ともに抜群の辻直人(現群馬)と入れ替わるように広島移籍が発表されたときのファンの反応は、両手を上げての大歓迎とは呼べないものだった。

本人もそういった温度感を把握していたのだろう。入団記者会見で、辻を引き合いにした質問を受けた山崎は「ブースターの方々からすると辻選手とトレードをしたような感覚があると思いますし、僕は名前が知れ渡っていると思っていません。日本を代表するシューターとして辻選手に並べるように頑張っていきます」と謙虚に述べた後「かと言って、自分が辻選手に劣っているとも思っていません。そこは自信を持って頑張っていきたいと思います」とコメントしている。

しかし、個人としてもチームとしても、なかなか結果は出なかった。特に自身へのネガティブなイメージを払拭したい思いは強かったはずだ。シーズン開幕節のファイティングイーグルス名古屋戦は、2試合で合計11本の3ポイントシュートを放ちながら1本も決められず、「ファンのみなさんをがっかりさせてしまった」といまだに後悔が残っている。

それでも山崎は「やり続けるしかない」と気持ちを強く持って戦い、レギュラーシーズンを終えてみれば3ポイントシュートの平均試投数は前年の2.4本から4.9本、平均得点も4.7点から7.9点に増加。チームもニック・メイヨや寺嶋良のケガを乗り越えてケミストリーを高め、勝ち星を増やしていった。

「広島がまさかここまで上がるかって思った人はたぶん誰もいなかったと思います。ただそういったことに目を向けず、自分たちを信じて戦ってきたから今日があると思う。チーム全員の信じる力、信頼の形が優勝に繋がったと思います」

山崎は記者会見で、チームを主語にしてこのように言ったが、山崎自身もまた、周囲の言葉に目を向けず、自分を信じて戦ってきたのだろう。

山崎稜

揺るぎない自信が生んだ『ノコノコ旋風』

それを思わぬ形で象徴したのが、このCSで界隈を席巻した『ノコノコ事件』だ。Xのある広島ファンのユーザーが、CS出場チームの『顔たち』のアートワークに対して「なぜ山崎なんだ。彼はただのノコノコ(マリオシリーズに出てくる亀のモブキャラクター)じゃないか」という趣旨の文言を投稿(現在は削除)。山崎は怒るでも見て見ぬフリをするでもなく、「それはごめん、俺も自分だなんて思っていなかった笑」と大人の対応を返した。

『山崎=ノコノコ』という認識は、一気に世間に知れ渡った。投稿したユーザーはその後の山崎の大活躍に翻意し、謝罪。試合を重ねるごとにノコノコのマスコットを身に着けたファンが増えていった。地元・広島の雑貨店ではマスコットの在庫を増やしたにもかかわらず開店3分で完売し、全国の店舗から商品をかき集めているという旨をXに投稿していた。

山崎記者会見でこの顛末について問われた山崎は、笑いながらこう明かした。

「本当に自分もその方に対して、自分が広島の顔として使われると思ってなかったので、あの投稿を見たときは本当にごめんと思いました。まさかこんなふうにちょっとしたバズりになるとは思ってもなくて、こうやって結果としてノコノコブームみたいなものに火をつけてくれましたし、その方もとても改心して僕の大ファンになってくださったので、そこは非常に感謝しています」

広島のファンに向けた思いを問われた山崎は「当初はあまり認知されていなかったと思うんですけど、シーズンが進むにつれて、町中で声をかけてくださる方が増えて、知られているんだなって感じていました」と語った後、感極まって言葉を詰まらせた。ここまで紹介した通り、広島での第一歩はハッピーなことばかりではなかっただろう。しかし、『自分を見失わない』という静かながら揺るがない強さを持つ山崎は、一つひとつのプロセスを積み上げ、自分と周囲を納得させ、チームの重要な1ピースとしても大きなステップアップを果たした。

王者は一息つく間もなく、9日からアラブ首長国連邦で開催される『FIBA バスケットボール チャンピオンズリーグ アジア』に出場する。アジアの国々でもマリオシリーズは広く知られている。日本を飛び越えた『ノコノコ旋風』が起きるのが楽しみだ。