岡田優介が語るバスケ部時代vol.1「友達とのバスケだけでは物足りなくて、夜間開放の体育館で大人と一緒に草バスケ」

2017/02/08
Bリーグ&国内
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文=松原貴実 写真=野口岳彦、B.LEAGUE

『バスケット・グラフィティ』は、今バスケットボールを頑張っている若い選手たちに向けて、トップレベルの選手たちが部活生時代の思い出を語るインタビュー連載。華やかな舞台で活躍するプロ選手にも、かつては知られざる努力を積み重ねる部活生時代があった。当時の努力やバスケに打ち込んだ気持ち、上達のコツを知ることは、きっと今のバスケットボール・プレーヤーにもプラスになるはずだ。

PROFILE 岡田優介(おかだ・ゆうすけ)
1984年9月17日生まれ、東京都出身のシューティングガード。プロ選手でありながら公認会計士試験に合格し、会計士としての活動も行いつつ、3x3の「DIME.EXE」に選手兼オーナーとして参画したり、日本バスケットボール選手会を立ち上げるなどマルチな活動を行う。本業の選手としてはBリーグ1年目を京都で迎え、クラッチシューターの実力を発揮、すぐにチームの中心となった。

バスケの時間を確保するため、宿題はその場で片づける

バスケットを始めたのは小学校5年生の時です。といっても、ウチの地区にはミニバスチームがなかったので、友達を10人ぐらい集めて自分たちでクラブを作ったという感じ。2歳上の兄が中学のバスケット部にいて時々練習を見てくれたりしましたが、顧問の先生がいるわけじゃなし、コーチがいるわけじゃなし、大会に出て試合をするわけじゃなし……。

それって遊びの延長じゃんと言われたらそれまでですが、みんなでバスケットをするのが楽しくて、体育館が使える日は体育館で、使えない日は校庭で、休みの日にはリングがある隣町の公園まで自転車で行って練習してました。練習内容はともかく練習量だけはそこらのミニバスチームに負けていなかったんじゃないかと思います。

でも、僕はだんだんそれだけじゃ物足りなくなってきたんですね。もっともっとバスケがやりたくて、どこかにバスケができる場所がないかと探しました。そこで見つけたのが夜間開放している区の体育館です。

今でも同じかもしれませんが、当時は300円ぐらい出せば区の体育館が借りられて、それを利用したバスケサークルみたいなものがあることを知ったんです。「やったー!」という感じで兄と一緒にすぐに参加しました。集まっている人はみんな大人で小学生は僕だけ、ダントツに若かったです(笑)。

そこはいわゆる草バスケ、カッコよく言えばストリートバスケを楽しむ場所で、もちろん指導者なんかいません。でも、いくら草バスケとは言え、小学生にとって大人のレベルは高かったし、その中に交じって試合をすることが楽しくてたまりませんでした。

自分が参加できる日は100%、そこに行ってましたね。確か週2回か3回だったと思いますが、もっとやりたいときは「火曜なら文京区の体育館が空いているよ」とか「木曜なら巣鴨の体育館でやってるよ」とか、みんなが教えてくれるので、そこまで出かけて行くこともありました。

とにかくバスケが楽しくて、少しでも長い時間やっていたかったんです。その時間を確保するために宿題はすべて学校で済ませていました。宿題なんか出された瞬間にやっちゃえばすぐに終わるし、ちょっと面倒なやつでも5分の休み時間に片づけてしまえば家で勉強しなくていいわけです。その分の時間をバスケットに充てられるわけですね。今思えば、効率性を重視した時間の使い方を考えるのは当時から得意だったのかもしれません(笑)。

休み時間になると宿題している僕は周りから見れば「変わったヤツ」だったかもしれませんが、それも最初だけで、続けていくうちにそれが当たり前になるんですよ。だいたいバスケットをするためなら周りにどう思われても全然気にならなかったし、授業が終わったらみんなでバスケをやって、家に帰ってご飯食べたらまたすぐ草バスケをやりに行って、バスケまみれの毎日は楽しくて充実してました。コーチについて指導を受けたわけではないから、それで基礎ができたかどうかは分かりませんが、自分のバスケットの出発点が『楽しいバスケット』だったことは良かったと今でも思います。

やらされてるんじゃなくて、自分が進んでやってるんだ

早稲田小から牛込第二中学へと進学しました。どちらも新宿区立の公立校です。それほど強い学校ではなかったのですが、先生が厳しいのと練習がキツいのは有名で、入る前から「夏の練習はヤバいよ。夏が終わると部員がどんどん辞めていくよ」と聞かされていました。けど、あまり気にならなかったですね。むしろ自分として「望むところ」でした。

ところが入学してみたら、1つ上の学年は誰もいなくて、3年生が6月に引退したら自分たち1年生だけになってしまったんです。入学して2カ月後にいきなりキャプテンになった時はさすがにちょっと驚きました。顧問の和田先生は体育大出身で、生活指導も担当していて、朝は校門で竹刀を持って立ってるような先生でした。もちろん、部活でも厳しく、そのころ漫画のスラムダンクがブームで、それにあこがれた『ちょい悪』のやつらがバスケット部に入ってくるんですけど、すぐに音を上げていましたね。

でも、僕は当時からめちゃくちゃ負けず嫌いだったので、みんなが1セットやるともうキツいメニューを進んで2セットやってました。4列ぐらいに並んでスタートする時は必ず先頭にいて、戻ってくると最後の余ってる列に入ってもう1回やる。みんなヒイヒイ言ってるけど、俺は倍やってるよ。やらされてるんじゃなくて自分で進んでやってるんだよみたいな。

夏の練習も同じで、炎天下で校庭10周走れと言われたら、その倍を走る。「走らされてるわけじゃないよ。自分で進んで走ってるんだからね」って。もちろん、本当はヒイヒイ言ってるわけです(笑)。でも、それを強制されたものじゃなくて自分がやりたくてやっているんだと思うと不思議と楽しくなってくるんですね。

いえ、実際にはキツいんです。ものすごくキツいんだけど、気持ちの持ちようで辛さが楽しさに変わるっていうか。今、部活の練習がキツくて苦しいと思っている人がいたら、試してみるといいですよ。「これはやらされてるんじゃなくて、自分が進んでやってるんだ」と思って練習する。それだけで何かが少し違ってくるかもしれません。

バスケット・グラフィティ/岡田優介
vol.1「友達とのバスケだけでは物足りなくて、夜間開放の体育館で大人と一緒に草バスケ」
vol.2「進学先の候補校にはすべて自分で足を運び視察、日本一になるために土浦日大を選択」
vol.3「地元開催のインターハイ、能代工を相手に『完全ホーム』に後押しされる喜びを知る」
vol.4「プロ選手になって10年、あの時に頑張っていた自分が今の自分につながっている」