2021年の日本バスケットボール界を代表する顔はトム・ホーバスだった。女子日本代表ヘッドコーチとして東京オリンピックで銀メダル獲得の快挙を成し遂げたことで、スポーツの枠を超えニュース番組やバラエティ番組など多くのメディアに出演し、一躍時の人となった。そんなホーバスの新たな挑戦は、世界的にも異例となる同じ国の女子から男子ヘッドコーチへの転身。2022年も日本バスケ界にとってのキーマンとなる彼に、昨年の振り返りと今年の抱負を聞いた。
「気持ちのぶつかり合いで負けることは許されない」
──男子日本代表での旅路は始まったばかりですが、女子との違いで戸惑うことはありますか?
私は基本的にNBAから勉強して取り入れているので、やりたいバスケットボールについて問題はありません。今は男子の選手たちの強みと弱みを知り、何を改善すべきかを学んでいます。だからこそ、Bリーグのチームに在籍している3人の日本人アシスタントコーチ、Bリーグの選手とシステムについて熟知している彼らに助けられています。
──メンタリティの違いについては? 世界と渡り合うのに慣れている女子に対して、男子は勝つ経験が圧倒的に足りません。
Windows1の合宿は素晴らしいものでした。選手たちは多くのエナジーを出し、私の要求にすべて応えてくれました。毎日集中してハードワークする点は男子も女子も変わりはありません。ただ試合になると違いはあって、特に中国との2試合目の私たちはより強い気持ちで相手に向かっていく必要がありました。「コートの上ではプライドを見せないといけない」、「気持ちのぶつかり合いで負けることは許されない」と選手たちには伝えました。女子はこの部分で優れていたし、これこそ日々の練習から変えるべき点です。40分間、100%を出して戦っていく必要があります。
──国内組ではキャプテンに指名した富樫勇樹選手、比江島慎選手が代表での経験豊富であり、チームを引っ張っていくべき存在だと思います。まだ新しいチームは始動したばかりですが、彼らのリーダーシップをどう感じていますか。
富樫にはもっと声を出して引っ張ってほしいです。ただ、女子のリーダーである髙田(真希)も最初は今のように声を出してはいませんでした。キャプテンは大変な役割ですが、富樫にはチャレンジしてほしいです。比江島もより声を出すリーダーになってほしいです。2人とも経験があり、素晴らしい選手だからです。
──フルメンバーで長期の合宿ができた女子と違い、男子の場合、NBA選手は大会直前にならないと合流できません。
NBA選手がチームに長期間参加できないのは分かっています。私は自分が招聘できる選手たちでベストのチームを作りたい。まずは私たちのスタイルに基づいた良いチームを作る。そこに海外の選手たちが加入すればチームはより強くなれます。
「クイックネス、チームワークが強みになることを望んでいます」
──代表チームの戦術については、女子と同じスモールボールが基本となりますか。
そこは女子と同じで、このシステムにあった選手たちを選んでいきます。何人かのポイントガードは素晴らしい仕事をしてくれました。2番、3番ポジションにも良い選手たちがいます。大変なのは4番と5番で、多くの日本人ビッグマンはローポストプレイヤーだからです。
私たちはこのスタイルで、どのチームよりも良いプレーをしないといけない。クイックネス、チームワークが強みになることを望んでいます。このスタイルこそ、日本人選手たちの強みにあったものだと私は確信しているし、そうすることで特別なチームになれると思います。ただ、代表としての活動はまだ1週間を過ごしただけなので、時間が必要です。
中国戦では良いプレーができず負けてしまいましたが、その中でもペイント内にアタックし、多くの3ポイントシュートを打ち、フリースローも獲得できました。中国との2試合でロングツーは平均5本のみでした。オリンピックではロングツーが平均14本ありました。中国戦ではフリースローで平均17本、オリンピックは平均10本でした。これらは中国戦で見えたポシティブな部分です。シュートを確率良く決めることはできませんでしたが、ゴール下にハードにアタックできました。選手たちは私の求めたプレーをやろうとしてくれました。
──合宿、中国戦と多くの選手たちをテストしました。その中でも嬉しいサプライズとなった選手はいましたか。
西田優大は素晴らしかったです。寺嶋良と齋藤拓実もポイントガードのポジションでとても良いプレーを見せてくれました。
──女子代表ではアップテンポなペースに加え、コートを幅広く使って攻めるスペースを重視していました。そのスペースを生み出す存在としてもシューターの林咲希選手は大きな存在だったと思います。男子における林選手の役割は、誰が担いますか。
3ポイントシュートのスペシャリストは必要です。その選手を今は探しているところです。
──シューターとして、富永啓生選手には注目していますか。
彼のことはよく見ています。若いですが、ネブラスカ大学でプレータイムを獲得し、良いプレーを見せています。ネブラスカ大が所属するBIG 10カンファレンスはとてもタフで、高いレベルでの競争が行われています。彼もいずれ代表に合流してトライアウトできることを望んでいます。ちなみに彼の父親とは対戦していたので、よく知っています。父親はビッグマンで、息子とは全く違うタイプの選手なので、最初に知った時は驚きました(笑)。
「金メダル獲得とは言いませんし、現実的かつ高い目標を作ります」
──オリンピックでの見事な実績によって、周囲の期待は高いものとなっています。そこへのプレッシャーはありますか。
バスケットボールの世界は勝つか負けるかの2つで、グレーな結果はありません。コーチとして常にプレッシャーはあります。ただ、メディアなど外部からだけでなく、最高のチームを作りたいと自分自身でプレッシャーをかけていきます。
──女子日本代表では、オリンピックの金メダル獲得を目標に掲げました。男子の目標はいつ明確にさせるつもりですか。
もしかしたら2月のWindows2が終わった後に言えるかもしれません。チームの現在地、何ができるのかを把握するにはまだ時間が必要です。私はゴール設定を明確にしたいタイプです。金メダル獲得とは言いませんし、現実的かつ高い目標を作ります。できるだけ早く明らかにしたいですが、もう少し時間をください。
──大きなミッションの一つが、2023年のワールドカップでアジア最上位に入り、パリオリンピック出場権を獲得することになります。男子のアジア各国のレベルについてはどんな印象ですか。
これこそ、私が注目しなければいけない部分です。中国は思っていたより強いチームでした。昨年のチームの映像をよく見ましたが、その時はベストプレーヤーの多くが不在でした。仙台に来たのはAチームで、素晴らしいメンバーでした。オーストラリアは強いですし、チャイニーズタイペイも良いチームです。日本の選手たちだけでなく、アジアや世界中のライバルたちについてもっと勉強する必要がある。これも学んでいく過程の一部です。
──最後に2022年の抱負とファンへのメッセージをお願いします。
男子日本代表のヘッドコーチ就任はとてもエキサイティングな挑戦です。私たちはファンの皆さんのサポートを必要としています。2022年、2023年と私たちには大きなチャレンジが待ち構えています。ハードワークで成長していき、皆さんが誇りに思えるチームを作ることを約束します。