津山尚大

取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

津山尚大はこの夏、高校卒業とともに加入して4シーズンを過ごした琉球ゴールデンキングスを退団し、ライジングゼファーフクオカへと移籍した。地元出身の生え抜きとして琉球のファンに愛された津山だが、福岡大附属大濠のエースとして活躍したことで福岡でも『秘蔵っ子』の扱い。「寮も学校もあった六本松が変わりすぎてて新鮮です」と4年ぶりに暮らす福岡の変貌ぶりに目を丸くするが、「大好きなもつ鍋や水炊き、ラーメンを食べられて幸せです」と博多の暮らしを早くも満喫している。それでも話がバスケになれば表情を引き締め、「ヨーロッパでプレーするためには、今回の移籍が必要でした」と語る。その津山に、大いに語ってもらった。

「僕ももう22歳、そろそろ挑戦する年」

──いきなり本題ですが、移籍という決断には率直に言って驚きました。理由は何ですか?

僕が目指しているのは海外でプレーすることです。そのためにポイントガードというポジションと、あとはプレータイムとスタッツが必要になってくると考えました。もう1年キングスでプレーしても成長できたと思うんですけど、一番はポイントガードとしてプレータイムをもらえることでした。決め手になったのは河合(竜児)さんと話したことです。僕の希望をいろいろなチームと話している中で、僕の出来がどれだけ悪かろうがポイントガードとして育てていくという心強い言葉をいただきました。

──津山選手の強みは得点を取りに行くところだと思いますが、自分ではどんなポイントガード像を理想としているんですか?

得点が取れるポイントガードです。自分の持ち味は得点ですし、チームには山下(泰弘)さん、石谷(聡)さんというコントロールガードがいるので、そこで僕が違う流れだったり味を福岡で出したいです。また、日本代表選手になるためにも点が取れるポイントガードが必要だと思っているので、そこを意識しています。

──海外でプレーするという目標の最終的な到達点はNBAですか?

ユーロリーグに行きたいという夢があって。その中で今は一つの国に絞るわけじゃなく、とにかく海外でプレーして、最終的にはヨーロッパのリーグでプレーできたらいいなと思っています。魅了されるのは、一つはスクリーンの使い方。NBAも上手なんですけど、どうしても身体能力で日本人が真似できないプレーがあります。ヨーロッパ、例えばスペインだと日本人も参考にできるやり方をします。そこに魅了されてヨーロッパでやってみたいと思うんです。

キングスに入団する前から海外を目指していました。ですが、なかなか難しい部分もあって挑戦できなくて。でも僕ももう22歳なので、そろそろ挑戦する年だと思って移籍を決断しました。

津山尚大

「一生懸命プレーして琉球に勝つことが恩返し」

──琉球での昨シーズン、序盤戦はスタメンで使われましたが、その後はベンチスタートになり、途中からほとんど使われなくなりました。個人としては、どういうシーズンでしたか?

スタートで出ている時は自分のプレーができていて、やっぱりスタートのほうがやりやすいと思います。でも、プロなのでどんな状況でも手を抜いちゃダメで。スタートで出ていても気が抜けている部分があって、そこを佐々(宜央)ヘッドコーチには、どんな状況であれ常に貪欲であることを学んでほしかったんだな、と自分なりに解釈して過ごしたシーズンでした。

スタメンから外れても気持ちは折れていませんでした。高いモチベーションでやれたのは、やっぱり夢があるからです。海外には一人で行くので、ここで腐ったり投げ出したりしたら潰れちゃいます。プレータイムが短かったり出なかったり、そこはやっぱり難しいんですけど、それでも自分のプレーを出せるのが海外でも通用する選手だと思うので。そこは佐々ヘッドコーチにも海外に行きたいと伝えて、厳しく指導していただきました。

──琉球は西地区では一番の強豪で、優勝を目指すチームです。対する福岡は昇格したばかりで苦戦が予想されますが、そこはどう感じていますか?

そこは意識していません。この1シーズンで自分がプレータイムを勝ち取り、結果を残すことで、ファンの方々にも周りの人たちにもこの選択が間違いじゃなかったことを示したいです。キングスは今シーズンも優勝候補だと思うし、沖縄のファンの方々には4年間支えていただきましたが、僕が一生懸命プレーして勝つことが恩返しだと思っています。僕は今まで福岡でもお世話になりました。その方々や、初めてライジングを見に来てくれる人に、もっともっと知ってもらいたいです。それをしっかり見せていけるように頑張ります。

津山尚大は福岡の『秘蔵っ子』に(後編)「ポイントガードとして平均2桁得点を」