「クリスはこのチームの心臓、そしてヤニスはこのチームの魂だ」
ヤニス・アデトクンボは優勝トロフィーを胸に抱き、「やったぞ、僕たちはやり遂げたぞ」と叫びながらクリス・ミドルトンを抱きしめた。2013年にチームメートになった2人は、1年目のリーグ最下位(15勝67敗)から8シーズンかけて頂点へたどり着いた。ドリュー・ホリデーはこの2人について、「クリスはこのチームの心臓、そしてヤニスはこのチームの魂だね。両方が揃ったからこそ、僕たちはここまで来ることができた」と評する。
アデトクンボは2013年のNBAドラフトで1巡目15位指名を受けた。この時から無名ではあっても、ポテンシャルの高さは誰が見ても明らかで、正しく努力を続けていけばスター選手になることが予見できた。だが、ミドルトンは違う。その1年前に全体39位でピストンズに指名されたが、無名であることに加えて将来性も見えづらかった。ピストンズはすぐに主力では使えないと判断して主にGリーグでプレーさせ、たった1年でバックスにトレードした。
ミルウォーキーはただでさえ小さいフランチャイズで、低迷してもいたために、当時のバックスはほとんど注目を浴びなかった。そこでミドルトンはアデトクンボとともに経験を積み、少しずつ成長していく。バックスでの1年目は全82試合に出場し、3年目には18.2得点を記録。ケガに苦しんだ2016-17シーズンを除けば、彼は毎シーズン安定して18~20得点を取る選手へと成長していった。アデトクンボが成長し、注目されればされるほど、ミドルトンもまた目立たないながらも成績を伸ばしていった。
バックスの道のりを振り返るに、アデトクンボ一人で勝利のプレッシャーに向き合っていたら精神的な消耗は避けられず、どこかのタイミングで移籍していたかもしれない。しかし彼にはミドルトンという仲間がいた。1年目から今に至るまで、バックスの練習場では2人の1対1やシュート対決が毎日のように繰り返されてきた。ポジションは違えど、今のNBAではその2人のマッチアップが試合に向けた最善の練習になる。アデトクンボはスピードとシュート力を兼ね備えたガードをどう守るかをミドルトンから学び、そしてミドルトンはリーグ最強のディフェンダーと日々向き合う中で、試合で誰とマッチアップしても恐れなくなった。
ただの仲良しコンビではない。コート外では親密でも、コートで向き合う時はお互いに相手を打ちのめすつもりで戦う。1対1が長すぎてコーチに「もうやめろ」と命じられると、2人はロッカールームに戻ってしばらく時間を潰し、もう一度コートに戻って今度はシューティングを始める。ボールを取り上げられたり、体育館から追い出されたこともしばしばあった。
ミドルトンはアデトクンボとの関係について、「一緒に過ごした最初のシーズンから兄弟愛を育んできた」と語る。大変なことが多かったけど、一緒に苦労してきたし、お互いに『絶対にやり遂げるぞ』と確認しながら進んできた。それぞれ方法は結構違うけど、より良いリーダー、より良いチームメートになろうと競争してきた」
「でも、こいつと競争したい、戦いたい、勝ちたいと思う相手と一緒なら、どんなチャレンジだって難しくはないよ」
見るからに強そうで明るい性格のアデトクンボと、線が細く物静かなミドルトンは、見た目の印象も全く異なる凸凹コンビだ。だが、2人の出っぱった部分とへこんだ部分は見事に噛み合い、一つのピースとなり、それがバックスの中心となっている。
優勝を決めた後の会見でも、ミドルトンはいつもと変わらない。アデトクンボのようにトロフィーを抱えていないし、葉巻もなし。いつもと違うのは優勝記念Tシャツを着ていることだけ。ただ、いつも通りの淡々とした口調でも、そこには達成感がにじみ出る。
「ここまで来るのは大変だった。ファイナルで対戦したサンズも、優れたヘッドコーチが率いる本当に強いチームだったからね。でも僕らはあきらめず、これまで通り試合を戦う中で自分たちのやり方を見いだしてきた。すべての試合で快勝なんて上手くはいかないんだ。いろんなスタイルで1勝ずつ積み上げていくしかない。僕たちはあきらめずに、それをやり続けた」
「ミルウォーキーの街は僕らの努力をずっと見てきた。最初はチケットを売るのにも努力していたよ。でも、今では満員になるだけじゃなく、アリーナの外まで人であふれている。僕とヤニスだけじゃなく、チーム全体でやったことだし、この街が支援して、応援してくれたおかげでもある」
優勝したことで、彼らの関係や努力する姿勢は変化するのだろうか。恐らく何も変わらない。2人ともミルウォーキーのファンに忠誠を誓い、お互いに向上しようと努力し続けるはずだ。それは来シーズン以降のバックスにとっても、大きな保証となる。