ステフィン・カリー

「嫌悪と恐怖、この国で暴力が起こり続けることへの怒りを感じた」

ヘイトクライムは『憎悪犯罪』と訳され、人種や民族的な出自、肌の色など自分で変えることのできない要素に端を発する犯罪のこと。今のアメリカでは、アジア系の住民を狙ったヘイトクライムが急増している。ただの嫌がらせでは収まらず、差別や偏見が高じて暴行に、果ては殺人へと繋がるケースが相次いでいる。

異なる属性の人たちが近くで暮らせば、そこに摩擦や軋轢が起きたとしてもいずれ融和していくもの。だが、今のアメリカで起きているヘイトクライムは異常なレベルとなっている。3月中旬にはジョージア州アトランタのマッサージ店で、相次いで銃撃事件が発生。死者8名のうち6名がアジア人だったこの事件は、全米に大きな衝撃をもたらした。

問題はアトランタでの銃乱射事件だけではない。今はアメリカのどこの街でも、アジア系住民は買い物に行くにも仕事をするにも、学校に行ったり公園で遊ぶことさえ、人々の目線を気にして肩身の狭い思いをしなければならない。

この背景にあるのは、新型コロナウイルスが中国で最初に確認されたことだ。ドナルド・トランプ前大統領が「中国ウイルス」や「武漢ウイルス」と呼び続けたことで、パンデミックで被害を受ける一般市民の間にある「アジア系住民のせいだ」という感情をエスカレートさせることになった。もともとヘイトクライムは存在したが、過去1年で例年の10倍とも25倍とも言われる犯罪件数の増加を引き起こしている。

この状況に対し、NBAで最初に声を上げたのはジェレミー・リンだ。今シーズンはウォリアーズ傘下のGリーグチーム、サンタ・クルス・ウォリアーズでプレーするリンは、コート上で『コロナウイルス』呼ばわりされたことを明かした。それと同時に「無知と無知の戦いは何も生まない。誰かを敵に仕立てて自分たちの痛みを共有しても意味はない」と対立を避けるよう提言。「この状況を何とかしたいと思った人は、見過ごされているアジア系アメリカ人たちに目を向けて、どうすれば彼らを助けられるか考えてほしい。人の話を聞いて、視野を広げるんだ。必要なのは共感と連帯感だ」とメッセージを送っている。

ステフィン・カリーも動いた。『The Undefeated』の取材に応じたカリーは、アトランタでの殺人事件に対して「嫌悪と恐怖、この国で暴力が起こり続けることへの怒りを感じた」と語る。「この国の歴史において、またこの1年間の経験から考えても、人々は本来必要ではない悲劇に見舞われ、命の危険に晒されている。僕らはもっと上手くやれるはずだ」

カリーブランド

現地4月4日に行われたアトランタでのホークス戦で、彼らしいやり方でこの問題に向き合った。自らの履く『カリーフロー8』に特別なペイントを施して試合に臨んだのだ。そこにはブルース・リーとその家族、そしてブルース・リーの言葉「同じ空の下、私たちは家族」(Under the heavens, there is but one family)が描かれている。黄色をベースに黒のストライプが入ったカラーリングは、『死亡遊戯』でブルース・リーが着たトラックスーツからインスピレーションを得たものだろう。

ブルース・リーは武術家であり、1970年代初頭に『死亡遊戯』や『燃えよドラゴン』で世界的に人気となったクンフーアクション俳優だ。1973年に亡くなったブルース・リーとカリーに直接の関係はないが、娘のシャノン・リーとカリーには交流がある。カリー・ブランドを立ち上げた際に発表されたコンセプトムービーには、「水は流れることも、破壊することもできる」とのセリフとともにブルース・リーが登場する。またウォリアーズの本拠地であるオークランドは、ブルース・リーが道場を開いて暮らしていた街であり、またアジア系住民の多い地域でもあってウォリアーズのファンも多い。

「ブルース・リーを称え、彼が今日まで与え続けてきた影響力をリスペクトすると同時に、僕たち全員を一つにしようとする仕事に光を当てたい。それは僕たちが持っているものだけど、実現できるかどうかは僕たち次第だ。愛と喜び、前向きな意志と積極性を広げていこう」とカリーは言う。

カリーブランドが掲げる『CHANGE THE GAME FOR GOOD』の考え方は、根深い問題であるヘイトクライムにも向けられている。『敵』は強大だが、カリーが言うように「僕らはもっと上手くやれるはず」である。ちなみに、ブルース・リーがペイントされたこのシューズはオークションに出品され、収益はマッサージ店銃撃事件の犠牲者遺族のために使われる。

カリーは言う。「このシューズをオークションに出すことで資金を調達できる。ブルース・リーが体現していたように、人と人を結び付ける意味も込めたつもりだ。彼が遺した言葉やストーリーには、現代にも通じる真実が込められている。シューズでの表現はちっぽけなものかもしれない。でも、少しでも変化を起こし、人々を啓発したい」