宮崎県の小林高校女子バスケットボール部は、県立高ながらウインターカップ11年連続36回の出場、インターハイもウインターカップもそれぞれ1回の優勝経験を持つ。その名門バスケ部を率いるのは、7年目の前村かおりコーチ。小林高校出身で現在はトライフープ岡山でプレーする前村雄大の姉だ。筑波大を卒業して母校へと戻って来た前村は『SLAM DUNK』や『キングダム』からインスピレーションを受けた言葉で選手たちを鼓舞し、全国で戦えるチームを鍛え上げている。

人を磨いて価値を高めて「大坂なおみさんのように」

──『楽しむ』を掲げていても、部活動は人間教育であり精神鍛錬です。一昔前は「楽しむ」という概念さえありませんでした。

私たちがやっているのは学校教育の中での部活動です。もちろん人間教育を主として部活動が成り立っているところもありますが、高いレベルでバスケやる中で楽しむには、その選手がどれだけ素晴らしい人間かが問われます。そこにスポーツの価値があると思っています。例えば大坂なおみさんは自分の考えをしっかり発言して、その上でチャンピオンになりました。プレーの中に人間性が出ていて、競技力の高さがそこに説得力を与えて、世界中の人に向けて発信できていましたよね。スポーツにはそんな力もあるんだとあらためて感じました。逆に、例えば靴が脱ぎっぱなしとかゴミを散らかしたままとか、態度が悪いチームや選手が勝っても誰も楽しくはなりません。

結局のところ一番はそこで、負けてもいいんですけど「このチームを応援して良かった」と思ってもらえる、魅力ある部活動にしていきたいです。そういう価値を人間教育の中で付けていけば、今やっている選手たちの価値も上がっていくし、私たちが出る試合や大会の価値も上がるし、大きく言えばバスケットボールの価値も上がります。やっぱり人を磨くことで価値を高めて、その人が一番好きなことをしている時の輝きをもっと増していきたいです。

──ウインターカップの宮崎県予選は11月1日が決勝で、ここでウインターカップ出場が決まります。新型コロナウイルスの影響でチーム作りはなかなか思うようにいかなかったと思うのですが、小林高校はいかがでしたか?

練習試合に行きづらくなったのは難しかったですね。その代わりに今回初めて、NBAの試合をすごく見ました。世界一のチーム、世界一の選手がどんな振る舞いをしているのかを見ることで、プレーを真似し始めたのはもちろん、コート外でも変わりつつあります。良かったのはベンチメンバーがどんなことをしているのか、プレー中にどれぐらい声を出してコミュニケーションを取っているのかが見れたこと。世界トップの選手たちが子供たちにすごく良い影響を与えてくれます。

例を挙げるとレイカーズのラジョン・ロンド選手。ベンチスタートで途中から出て来て、ものすごくしゃべる。あの姿が衝撃的だったようで、それに影響されて声を出すようになり、コーチに言われるからでなく選手同士でああだこうだとコミュニケーションを取る回数が増えました。ちょっとしたブレイクタイムでも、しゃべる子はしゃべるけど、そうじゃない子は黙っている感じだったのですが、今は学年もポジションも関係なく、すごく会話をします。「今のパスはどうですか」、「ワンテンポ早かった」、「ここは飛ばした方がいいんじゃない」など、そこは大きな変化ですね。

今年のチームは「バスケに対する意識が例年より高い」

──ちなみに、弟はプロで活躍している前村雄大選手ですよね。彼も小林高校の出身で、東海大を経てプロになりました。

弟とはすごく仲が良いんです。今もカテゴリーは違いますが、同じスポーツをやっているのは刺激になるし勉強にもなります。キャラクターも全然違って、私は結構いろいろ考えてからやるタイプですが、弟は自由にやりたいタイプで、バスケでもセットプレーよりフリーランスオフェンスが好きだって言うんですね。私からすると「そういう選手もいるのか」という驚きで。そういう選手がいるならフリーランスにやる時間帯も作ってあげることが大事だとか、そういう勉強を弟からさせてもらうこともあります。小林高校にもたまに来てくれますよ。男子にはデモンストレーションでプレーを見せますが、女子には話をしてくれることが多いです。プロ選手がそうやって高校生に接してくれるのはありがたいです。

ウチの選手には、弟の右手のエピソードを話すことが多いですね。小学校の時に右肘の骨折で右腕が伸びなくなってしまい、病院の先生からも「バスケットはできない」と言われたんです。最初は泣いていたんですけど「左手で打つ」と言い始めて。あれよあれよという間に左手でジャンプシュートが打てるようになりました。右肘も1年ぐらいして「これだったらバスケをやってもいいよ」と言われたのですが、今も左手で打っています。ケガをしたり、何か不得意なものを乗り越えられない子の考えを前向きに持っていくために、弟のそんな話をしたりします。

──今年のチームを紹介してください。

もちろん3年生が主体なんですけど、去年のベスト8の経験をした選手が結構残っているので意識が高いですね。そこを超えるには何をしなければいけないのか、肌で感じ取っているので、バスケに対する意識が例年より高いと思います。

堅守速攻は継続しつつ、去年のガードが卒業してしまった後、ボールを運ぶプッシュのところがすごく遅かったのですが、今のガードの選手に「なぜ速攻が良いのか」を分かってもらうための動画を作ったり、いろんな働きかけをして理解してもらいました。アウトレットパスを受ける速さはもちろん、スローインから速くしないといけないんですけど、それは練習をやる前に「なぜやるのか」をちゃんと理解してからスタートさせないといけないので。今は2ガードで、去年よりバリエーションが増えました。2人がコミュニケーションを取って「そっちが受けるなら私が走るね」みたいな連携が取れています。一人はパスを飛ばすのが速くて、もう一人はドリブルプッシュが速い。その組み合わせでバリエーションが増えています。

シューターは3年生と2年生で1人ずつ。この2人が朝練のシューティングから競い合っています。チームとして、3ポイントシュートは7割、ジャンプシュートは8割、フリースローは9割を目標にしているのですが、その2人は3ポイントシュートを8割以上の確率で決めています。1回のセットが30本で、5セット150本打つのですが、それで8割以上決めます。しかもその日だけじゃなく毎日コンスタントに8割なので、私も初めて見るぐらいシュート力はあります。

センターは中学までガードをしてました、という選手なので、留学生を引っ張り出してドライブできたり、もう少し下がることができれば3ポイントシュートも打ちますし、だから最近のバスケのトレンドに近い、今までの小林とはちょっと違う戦術を使えるチームになっています。特にアウトサイドは両サイドのコーナーにいるから、そこには寄れないんじゃないかと思いますね。

前村かおり

1%の可能性があれば「そこに懸けて練習して挑戦して」

──最近になってようやく練習試合もできるようになってきたと思います。どのような調整をしていますか?

ある程度のチームまでなら自分たちのバスケが通用すると感じているので、その上に行くために高校生よりも大学のチームとたくさんゲームをさせてもらっています。選手たちも大学生と試合をすることに慣れてきました。練習試合で一番に確認するのはディフェンスの強度で、簡単にシュートを打たれたりインラインを普通に開けてしまったり、といった材料をもらえるので、ビデオミーティングでそれを確認して、練習で修正しています。前の3人は結構キツいと思いますが、良い練習になっています。

──宮崎県のライバルは延岡学園ということになると思います。留学生プレーヤーへの対策がカギとなりそうですね。

そうですね。日本経済大の留学生とマッチアップさせてもらったり、今月は東海大付属福岡さん、福岡第一さんとも試合をさせてもらっています。私自身、延岡学園さんとは毎年対戦するので、留学生の守り方が分かってきた部分があります。最初は全然分からなくて、前に出た方がいいのか後ろから行くのか、ダブルチームを仕掛けるのかしないのか、いろいろな対策のやり方がある中で迷っていたのですが、今では私なりの守り方の教科書みたいなものができました。

──ウインターカップに懸ける思いを聞かせてください。楽しみたいのか勝ちたいのか、どちらですか?

まずは出場することが一番ですが、やっぱり最近は全国大会に出場して、桜花学園や岐阜女子とも対戦させていただいて、両方とも負けているのですが、勝つ可能性はゼロではないと思っています。私が高校生の時にも桜花学園には一度勝っているので。可能性が1%でもあるんだったら、そこに懸けて練習して挑戦して、勝っていろんな人を驚かせたいという気持ちはあります。

──コーチとしてはまだ若く、大御所たちに挑む構図でもあります。

年配の先生方が多いですが、自分に限らず中堅や若手のコーチがその先生たちを追い越していかないとバスケットボール界自体が良くなっていかないと思います。勝つのは大変だと思いますが、負けて当たり前ではなく一矢報いる気持ちで、負けん気を持ち続けて常にレベルアップしていくことに意味があると思います。

──ウインターカップは途中からですが観客を入れることも発表されました。全国のバスケファンに「ここを見てください」というメッセージをお願いします。

全国の皆さんに子供たちの笑顔を見てもらいたいです。その笑顔が出せるように、ここ宮崎でいろんな準備をしっかりしていきたいと思います。ド田舎のチームですが、「こんな素敵な笑顔のチームがあったんだ」と皆さんに思ってもらえたらうれしいです。