文=小永吉陽子 写真=野口岳彦

八村塁が仕掛けた序盤の勢いが試合を支配した

79-78で歴史的な勝利を飾ったオーストラリア戦。その中心には雄叫びをあげる八村塁がいた。

216cmのソン・メイカーの頭越しに決めたシュートで口火を切ると、高速スピンムーブで208cmのマークマンをアンクルブレイクさせ、3本中2本と高確率で3ポイントシュートを沈め、3人に囲まれながら豪快にアタックしてバスケット・カウントを奪い、とどめのダンクでは会場中を熱狂させた。

この日の八村は24点7リバウンド。とりわけ第1クォーターに挙げた13得点のスタートダッシュが日本の勢いを作り、オーストラリアを慌てさせるに至った。試合を支配する仕掛けを弱冠20歳の若者が、しかも日本代表公式デビュー戦でやってのけるなんて、一体なんてヤツなんだ。

「最初から自分でガンガン仕掛けていこうとしたのか?」この問いに八村はこう答えた。

「僕がいない時にオーストラリアに負けていたので、チームメートは自信がなかったんじゃないかと思って。だから僕が最初に行ってチームに自信を与えていければいいなと思いました」

まさしく誰もが待ちわびた『希望』――である。だが、20歳の若者が「自信を与える存在」になるまでにはチーム合流から1カ月が必要だった。いや、たった1カ月だったと見るべきか。

メディア対応では一度も笑うことがなかった

実のところ、6月上旬に合流してからの八村は、いつも近寄りがたい雰囲気を醸し出してメディアへの対応をしていた。NCAAの舞台で揉まれることで精悍な顔つきになったことでの孤高感もあるが、笑顔を見せたのは韓国との国際強化試合の初戦で勝ったその一瞬だけ。一度も練習したことがない日本代表において『希望』というアイコンにされてしまったのだから無理もない。

本人も日本を背負う存在になるべくアメリカに修行に出ているわけだから、エースになる自覚はある。しかし八村はこれまでの所属チームにおいて、簡単にエースになってきたわけではない。「俺がやってやる!」と思えるだけのプロセスを踏んでこそ、チームのために尽くせたのだ。

それは、コーチや仲間と信頼関係を構築することであり、チームコンセプトを浸透させるまでの練習量。そうした徹底したチーム作りの中で自分の役割があるからこそ、明成高、U-19代表、そしてゴンザガ大で力を発揮してきたのである。

それなのに、いきなり4連敗中の崖っぷち日本を救う救世主かのごとく期待され、プレッシャーを感じないわけがない。6月中旬に行われた韓国との強化試合は収穫の多い試合となったが、失速した2戦目に八村は抱えているフラストレーションを露わにした。

「相手が対応してきたことに対する対応ができませんでした。相手も2試合目だと日本がどういうプレーをやるか分かってマークもキツかったし、身体を張ってきた。日本としてもチームとしてのまとまりがまだまだで、チームを引っ張っていく人が必要なんじゃないかと思います」

言い換えれば、日本代表にはリーダーがいないと言っているようにも取れる。先輩たちのプレーに迷いが見えるから、八村自身も躊躇してしまい、思わず本音が出てしまったのかもしれない。

同時に、その怒りは自分自身に向けたものでもあった。「高校まで過ごした仙台で久しぶりの試合だったのに、こういう試合になってしまい、見に来てくれた人たちに申し訳ない」と頭を下げた20歳の若者は、チームの連携のなさと、自分の不甲斐なさという両面において、短期間でチームを作る難しさに直面していた。今一度、自分の役目を見直す作業が必要だった。

一日だけ仙台に残った八村、明成高での誓い

仙台での日韓戦が終わり、日本代表はその日のうちに新幹線で東京まで戻る予定だったが、この日は北関東で地震が起きたことにより新幹線が止まってしまった。バスで帰ることにした日本代表の面々は、長時間移動になることから翌日には休養が与えられることになった。そこで八村はチームに許可を取り、一日だけ仙台に残っている。

翌日、母校である明成の体育館に八村は自然と向かっていた。「明成は僕が一番成長できた場所だったので、少しの時間しかなかったけど、どうしても行きたかった。(佐藤)久夫先生や高橋さん(アスレティックトレーナー)と話をしたら心が落ち着いたし、後輩たちが頑張っているのを見たらすごく力をもらえて、また頑張ろうと思えました」

八村はあまり多くは語らない性格である。恩師の佐藤久夫コーチに、八村に何と言葉をかけたのか聞いてみたところ、佐藤コーチは日本中から期待される20歳の若者の立場を察した上で、こんな言葉をかけたという。

「何かのインタビューで塁が言っていたじゃないか。『日本代表は僕だけのチームじゃない。みんなで作るもの』という思い。あれはいい言葉だなあ。チームってそういうものだよな」

たったそれだけ。たった一言だけだったというが、八村の胸にスーッと落ちていったことは想像に難くない。チームメートと連動してこそエースは生きるもの。それこそが、今まで歩んできた八村塁のバスケットボールだったのだから。

八村塁という『自信』を軸に、竹内も比江島も生きた

結局のところ、今までの日本には口火を切って仕掛ける選手がいなかった。そこで困ったところを比江島慎が1対1でこじ開けていた。八村は1カ月間の練習で、日本に足りないことは率先して仕掛けるような『自信』を注入することだと感じ取った。そして自分がグイグイと試合の流れを作ることで、個々がそれぞれの得意なところで身体を張れるのだと、役割を明確にできた。

その象徴が、困った時には点を取りながらもパスやリバウンドで粘り、どんな場面でも試合を動かせることを証明してみせた比江島であり、インサイドの負担が減ったことでディフェンスとアグレッシブに攻めるというシンプルな役割で躍動している竹内譲次だ。馬場雄大は豊富な運動量でアクセントを加え、篠山竜青は前線から激しく当たるディフェンスで貢献した。

オーストラリアとの熱戦の終盤、崩れることなく得点を取り続けるもう一人の大黒柱、ニック・ファジーカスを巻き込み、八村は全員を包み込むように両手を広げてハドルを組んでいた。とても最年少ができる行動とは思えず、彼がもたらす計り知れない影響力こそが『希望』なのだとあらためて感じることができた。

チャイニーズ・タイペイとの決戦で八村のマークが厳しくなることは間違いない。そんな時はチームメートの出番であるし、八村自身もマークを跳ねのけても攻め込むことがさらなるレベルアップにつながる。日本に『自信』を与えてくれた八村塁を軸に、自力で、チーム全員で、大一番をつかみにいく時がきた。