文=鈴木栄一 写真=野口岳彦

ファジーカス&八村の加入だけで勝てたわけではない

現在、世界各地で来年のワールドカップに向けた地区予選が行われている。日本代表は6月29日にオーストラリア代表を79-78で下す劇的な勝利を挙げた。ベストメンバーではないとはいえ、NBA選手2名を加えたバスケ大国、世界ランク10位のブーマーズ(オーストラリア代表の通称)に、同48位の日本が勝つことは、アジアのみならず世界のバスケ界に衝撃を与える番狂わせ。なにせオーストラリア代表が公式戦で敗れるのは2016年リオ五輪の3位決定戦でスペインに敗れて以来となるのだ。

実際、今回のアジア1次予選で日本と同じグループBに所属し、最終戦でオーストラリアと当たるフィリピン代表のビンセント・レイエスヘッドコーチは、29日にホームでのチャイニーズ・タイペイ戦に勝利した後、地元メディアのニュース番組に出演し、次のように語っている。「日本が若い選手と新しい帰化選手を加えて強くなったのは知っていたが、オーストラリアに勝ったことには本当に驚いている」

日本バスケ界において歴史的な勝利をもたらしたのは何と言ってもニック・ファジーカス、八村塁の新戦力の存在があってこそ。まず、24得点7リバウンドの八村は、オーストラリアの高さ、強さに対して全く怯むことなく開始直後からエンジン全開。ゴール下への迫力満点のドライブを軸に第1クォーターだけで13得点と、試合の主導権を日本にもたらす立役者となった。そして、ファジーカスも25得点12リバウンドと攻守に抜群の存在感を発揮した。

2人合わせて49得点19リバウンドは素晴らしい数字。さらにこれまでの日本にとって大きな課題であった、チームオフェンスが機能せずに得点が止まると悪い流れをなかなか変えられなかった部分も、彼らが個人技で得点することで傷を広げることなく立て直すことができた。他にも2人の存在が様々なプラス効果をもたらしているのは、他の選手のコメントからも明らかだ。

ピック&ロールにこだわらないオフェンス

それでもオーストラリアに勝つのは並大抵のことではない。この番狂わせを実現した要因を考えると、チーム全体として2つの大きなスタイルチェンジがハマったことが挙げられる。

まずはフリオ・ラマス体制でセットオフェンスの軸となっていたピック&ロールの回数が、これまでに比べて大きく減ったことだ。八村は3ポイントライン付近でボールをもらい、スピードで相手守備をかわしてアタックする。ファジーカスは、ミドルレンジでボールをもらいそこから強さと巧さを生かして自分の得点パターンに持ち込む。個の力で守備を崩せる2人が加わったことで、ピックにこだわる必要がなくなったと言える。また、2人ともチームに合流して日が浅く、彼らにより力を発揮させるためにはよりシンプルな1対1の方が効果的だった。

そして、相手のディフェンスが八村とファジーカスを強く警戒しなければならないことで生まれたスペースを、Bリーグ屈指のペネイトレイト力を持った比江島慎と馬場雄大が、さらに竹内譲次がうまく突いた。

オフェンスリバウンド22を献上したのはいただけないが、一方で世界レベルの高さを備えるオーストラリア相手に、今回の予選を通じて最もインサイドアタックができていた。外れてもゴール下までしっかり攻め込んでのシュートであれば、相手の速攻も食らいづらく、簡単な失点を抑制することにもつながる。

また、オーストラリアにとっては前回の対戦時と比べ、八村、ファジーカスという強烈な個が加わっただけでなく、オフェンスの攻め方が変わったことでより対応しづらい側面も出てくる。

2人の存在に加え、ピック&ロール主体からの決別を行ったことで、結果的には世界レベルの高さと強さをもつオーストラリアを相手に、一次予選では最もゴール下にアタックできた試合となった。その結果として、前回の対戦ではわずか8アシストだったのが、今回は19アシストにまで大きく増加。よりボールムーブが活発で、5人が絡むオフェンスができた。

従来の起用法にこだわらない8人ローテーション

もう一つの変化は選手起用だ。これまでラマスは、国際試合のスタンダードと同じく9~10人のローテーションでプレータイムをシェアさせていた。例えばこれまでの4試合を振り返ると以下のとおりとなっている。

vsフィリピン(H):10分以上出場9名、試合出場11名
vsオーストリア(A):10分以上出場9名、試合出場12名全員
vsチャイニーズ・タイペイ(H):10分以上出場9名(あと1名は9分47秒)、試合出場11名
vsフィリピン(A):10分以上出場10名、試合出場11名

韓国との国際強化試合の2試合目が終わった後、ラマスは「ニックがどれだけすごい選手かは分かっている。ただ、国際試合になると25分以上出場させるのはキツい。もちろん、25分以上プレーさせないとは言わないが、どの国際レベルの試合を見ても一人の選手が常に25分以上出ているというのはない」と、これまでと同様のローテーションを想定していた。

しかし、今回のオーストラリア戦ではファジーカスが30分34秒、八村が30分46秒で、10分以上のプレータイムは8人のみと最も少なくなった。そして、この8名以外で出場したのは辻直人の6分30秒だけ。これも馬場が試合途中に痛んでベンチに下がるアクシデントがなければ果たして出場したのか不透明な使い方であった。

実際は1番を富樫勇樹と篠山竜青、2番と3番を比江島、田中大貴、馬場、4番と5番をファジーカス、八村、竹内で回す8人ローテーションで、これまでとは全く異なる選手起用だ。

特に2番、3番を比江島、田中、馬場でほぼ固定したことは、2つの大きな効果をもたらした。オーストラリアが試合の流れを変えようと日本のポイントガード陣にトラップなどを仕掛けても、この3人にパスを出せば安定したボールハンドリングで難なく運んでくれる。これによりオーストラリアの前からのプレッシャーを無効化し、余計な時間を消費することなくセットオフェンスを開始できる。そして、奪われたら即、速攻でイージーシュートを許すようなターンオーバーを減らすことができた。

また、彼ら3人はBリーグでも屈指の機動力とゴール下でのフィニッシュ力を持った2番であり3番である。八村がリバウンドから得意の機動力で自らボールをプッシュするトランディションオフェンスを仕掛けた際、彼らが呼応していくことでより威力が増す。3人ともシュータータイプではなく外角シュートの脅威が減少する側面はあるが、そのマイナス面を補って余りあるパフォーマンスだった。

2次予選を考えれば『常連組』のステップアップを

過去4試合がBリーグのシーズン中だったのに対し、今回はリーグ戦終了後で各選手のコンディションが良かったので、プレータイムを配分する必要があまりなかったという側面もあるかもしれない。ただ、ピックプレーの減少とともに、指揮官がこれまでのスタイルに固執しなかった思いきりの良さが、番狂わせを導いた大きな要素であったはずだ。

とはいえ、台湾戦も同じように少数精鋭スタイルで行けるかは中2日の過密日程を考慮すると難しい部分もある。オーストリア戦でベンチを温めていたメンバーの奮起も必要となるはずだ。

まずはチャイニーズ・タイペイに勝って1次予選を突破するのが大前提なのは承知しているが、9月中旬から始まる2次予選に八村が出場できる可能性は、9月13日と17日の2試合はまだしも、それ以降の試合についてはかなり難しいだろう。そういう意味でも、チャイニーズ・タイペイ戦では代表常連組のステップアップでの勝利を期待したいところだ。