今オフの名古屋ダイヤモンドドルフィンズは、補強が最も上手くいったチームとして挙げられる。昨シーズンの主力をすべて残した上で、齋藤拓実、狩野祐介、ジェフ・エアーズ、レオ・ライオンズと主力に据えられる戦力を加えた。梶山信吾ヘッドコーチが「奇跡」と表現する補強の結果、チーム内の競争心は高まり、開幕を前に先発争い、プレータイム争いが過熱している。ただ、戦力が充実すればするほど選手起用は難しくなると、求められるものも大きくなる。ヘッドコーチとして「そこは悩みまくりですよ」と梶山は苦笑を漏らすが、やりたいバスケのスタイルは明確に見えている。そこに少しずつ近づいている手応えを感じている指揮官に、今シーズン開幕への意気込みを聞いた。
「希望した選手全員がウチに来てくれるという奇跡」
──名古屋Dのヘッドコーチとして4度目の開幕が近づいてきました。今のチーム状況はいかがですか?
今回の新型コロナウイルスの影響で思ったように練習ができなかったのが正直なところです。最初は1人ずつ時間を区切ってのウエイトトレーニングから次第に人数を増やして、10人で練習ができるようになったのが7月の後半でした。また、コロナの影響により、体育館が2週間使えないアクシデントもありました。それでも、これはウチだけじゃなくどのチームも付き合っていかなければいけない課題です。
その中でプレシーズンゲームを何試合かやって、今できることはできたと思います。ゲームコンディショニングは練習をする中で上がるので、コロナの状況で計画通りに行っていない割には上手くいっています。とりあえず選手たちも「今までで一番練習がしんどい」と言っています。
──開幕に向けた準備として、新加入選手をチームに馴染ませるのはまず大事だと思いますが、それ以外に重視したことは?
オフェンスの確認ですね。昨シーズンの課題はターンオーバーで、560はリーグワーストの数字でした。まずスペーシング、ペイントアタックからキックアウトしたところでのターンオーバーが大きな原因です。プレシーズンゲームでも同じようなターンオーバーが出ましたが、減らそうとする意識はありました。まだ合格点ではありませんが、やるべきことは間違っていなかったと思います。
2シーズン連続でチャンピオンシップに進出して、でもどちらもファーストラウンドで負けてしまい、「次こそは」という昨シーズンであまり成績が良くなく、しかもコロナで中断になってしまいました。昨シーズンの課題はターンオーバーだけでなくコミュニケーション不足もあり、またJBがケガで試合に出れなかったことも大きいです。そこを踏まえてジェフとレオ(ライオンズ)を獲得しました。
──日本人選手も外国籍選手も、非常に良い補強ができたという印象です。
ファンの皆さんもそうですし、いろんな方に良い補強をしたと言われますので、私としては「期待に応えなきゃいけない」という危機感しかありませんよ(笑)。
──ヘッドコーチがGMの仕事をほぼやるチームもあれば、与えられた戦力で戦うチームもあります。名古屋Dはどうですか?
すべてGMとの話し合いで決めます。今オフはこの選手を取りたいという希望を私からGMに伝えたところ、その全員がウチに来てくれるという奇跡が起こりました(笑)。
──メンバーがすごい反面、チーム内の競争がものすごく熱くなっていると思います。
一番の狙いはそれで、競争心を持ってほしかったです。JBはチームの核としてやってきましたが、ジェフとレオが来たことで分からない部分もあります。ポイントガードもシューターも各ポジションで競争心が出てきています。レオがまだ来日できていないので、現状だと開幕は厳しいんじゃないかと思いますが、これはどこのチームも同じです。そこは菊池(真人)と張本(天傑)が4番ポジションで頑張ってくれています。
「どちらがスタートでもおかしくないチームが2つ作れる」
──ファンが特に興味を持つのはポイントガードで、これまでチームを引っ張ってきた笹山貴哉選手と新進気鋭の齋藤拓実選手のプレータイム争いは、すごくレベルの高い競争になりますよね。
実際、笹山の練習に対する取り組み方が変わりました。いろんな人に「スタメンはどっちで行くんですか?」と聞かれるんですが、どっちがスタートでどっちがサブでも戦力は変わらない。要はどちらがスタートでもおかしくないチームが2つ作れると私は思っています。
実際、どのように選手を使って、生かしていくのか。そこは悩みまくりですよ。ウチがやろうとしているバスケはトランジション、アーリーオフェンス、ペイントアタックしてキックアウト、エクストラパス、ワンモアクローズアウトで、そこは徹底しているんですけど、昨シーズンに足りなかったのは3ポイントシュートの確率で、スペーシングキックアウトができていなかったので確率が落ちて31.7%です。そこで狙っていたのがキャッチ&シュートのピュアシューターの狩野(祐介)でした。もちろん安藤(周人)など良いシューターは多いので、そこをどう組み合わせて使っていくかですね。
──梶山ヘッドコーチもコロナの間になかなか活動できなかったと思うのですが、考える時間や勉強する時間はたくさんあったと思います。振り返ってみると、選手からコーチに転身して良かったですか、それとも自問自答ばかりで大変ですか?
後者に決まっていますよ(笑)。考えたり悩んだりすることは現役時代とは比較になりません。現役の時は何も考えなくても身体だけ動かしてれば良かったんだなあって思います。もちろんバスケのことは考えますけど、練習が終わったらそんなに考えることはありません。今はオフの時間があまりないこともあるし、オフの時間でも「これは違うな」とか「ああすれば良いんじゃないか」とか常に自問自答しています。それも必要だし、だけどブレてもいけないし、難しいところです。
戦略戦術のところで足りなかったとも思っていて、コロナで振り返る時間がたくさんあった分、競争心、コミュニケーション、戦術の3つは意識して勉強しました。NBAはディフェンスシステム自体が違ったり、個人能力が高すぎて参考にならないのですが、ヨーロッパのバスケは勉強になると思ってひたすら見ていました。
ヨーロッパはペイントアタックキックアウトがとにかくすごくて、ペイントアタックキックアウト、クローズアタックキックアウト、エクストラパスはウチもやるべきなんじゃないかと。昨シーズンは一発一発を狙いすぎてターンオーバーになりました。それをなくすために、セットオフェンスはほとんど変えました。
ヨーロッパの試合を見て意外だったのは、どこのチームもまずフロッピー(ペイントとその周辺でのオフボールスクリーンからミドルシュートを打つオフェンス)を使っていて、ベーシックなオフェンスでもそこにいろんなバリエーションがあって、ウチもその形を取り入れています。ディフェンスも参考にしているものがあるんですけど、これはちょっと言えないですね(笑)。
──海外のバスケットを勉強することはできても、それをチームに取り入れるのはそう簡単ではないと思います。
ただプレーをそのまま持ち込むだけでなく、夏からブレークダウンでそういうシステムをやると決めて取り組みました。例えばペイントアタックからキックアウトする時には最後のドリブルを強くして、そこからのジャンプパスをひたすらやったり。アウトサイドにパスをさばくことを習慣づけるためのシンプルな練習をずっとやったりしていました。
「大事にしたいのは、選手を信じるという信念」
──常にいろんなことを突き詰めて考えなければいけないのがヘッドコーチですが、気持ちの切り替えはどうやっていますか?
今回、コロナでどこにも行くことができなくて朝から晩までヨーロッパの試合を見まくっていて気付いたのですが、別につらくないんですよ。どちらかと言えばポジティブで、楽しかったんです。その上でしっかり勉強して、今シーズンのチームにどれだけ落とし込めるのか。それがダメだったら私がダメだということですが、その覚悟は持っています。
──重圧のある仕事を3年間続けてきました。続けられたのはバスケが好きだからですか?
それしかないです。お金なんかどうでもいいです。と言うと家族がいるのでお金も必要なんですけど(笑)、好きじゃなかったら務まりませんね。
──続けることで見えてくることもあると思います。梶山ヘッドコーチの考える『名古屋Dの理想のバスケ』はどんなものですか?
トランジションとアーリーオフェンス、速いバスケをやりたいという思いは年々強くなっています。アシスタントコーチになった時はフローオフェンスが多くて重かったんですが、形通りに動いて時間を使って結局はタフショットになるケースが多く、それを見ながら「日本人の良さを出すにはまず走ることじゃないかな」とずっと思っていました。特にウチには走れる選手が多いですから。
それはウチだけじゃなく、日本の目指すべきところだと思っています。去年のワールドカップの日本vsニュージーランドは何回も見ました。ニュージーランドにトランジションとアーリーオフェンスで圧倒されていて、それは逆に日本がやるべきことだろうって。日本人は身体能力で世界に太刀打ちしようと思うと厳しいところがありますが、チームルールを徹底してやれること、スピードや走ることは追求できると思っています。
ヘッドコーチをやる上でもう一つ大事にしたいのは、『選手を信じる』という信念です。現役時代、コーチに頭ごなしに言われることで選手が萎縮して何もできなくなってしまうのを多々見てきました。まあ私は言い返すタイプだったんですけど(笑)。でも、萎縮してシュートが打てなかったり、言われた通りにだけ動いていてプレーを読むことができなくなるのは良くないし、そういった理不尽なことは絶対したくありません。
──名古屋は大都市ではありますが中日ドラゴンズに名古屋グランパスエイトがあって、ファン獲得はそう簡単ではないと思います。その中で名古屋Dは観客数も伸びて、ファンの熱気も増している印象です。
事務局が頑張ってくれているのがすべてですね。その頑張りに勝利で応えるのが僕たちの仕事ですし、勝つだけじゃなく感動を与えたり、見ていて面白いと思ってもらえるバスケットをすることをずっと考えてきました。そこでもトランジションバスケットが当てはまると思うんですよね。
また以前は事務局が決めた話をこっちに持ってくる仕組みだったんですけど、体育館のすぐ隣に事務所ができ、事務局とチームスタッフが同居するようになったことですごく風通しが良くなりました。何かやる時にも私の意見を参考にしてもらったり、選手も意見を出したり。そこは本当に変わったところだし、結果にも出ていると思います。今シーズンのスローガンは『DO, RED. TOGETHER WE WIN』なんですけど、チームだけじゃなく事務局のスタッフも全員、ファンの皆さんも全員で、という気持ちで決めさせてもらいました。
──では最後に、開幕を楽しみにしているファンの皆さんにメッセージをお願いします。
昨シーズンは無観客という異様な雰囲気で試合をすることになって、あらためてファンの皆さんのありがたさを感じることができました。今シーズンもコロナが終息するとは思えない中でのスタートになりますが、スローガンでも掲げたように皆さんとともに頑張っていきたいと思います。期待にはもちろん応えたいと思って、私も選手もフロントスタッフもやっていますけど、結果はやってみないと分かりません(笑)。期待に応えられるように、みんな一緒になって頑張っていきます。
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