福岡大学附属大濠バスケットボール部の毎週火曜の練習は、7月から様変わりした。大阪と福岡に拠点を置いて活動するスクール&クラブチーム『KAGO BASKETBALL SCHOOL』からコーチを招くことになったのだ。これまでも外部のコーチが不定期で、あるいは合宿で短期集中的に指導することはあったが、今回はクラブチームのコーチが大濠の一員となる形。学校教育の枠組みの中にある部活とクラブチームにはこれまで距離があっただけに、画期的な取り組みと言える。大濠を率いる片峯聡太コーチと、スキルコーチとして大濠に加わった丸田健司に、今回の取り組みの意義や目指すところを聞いた。
「停滞は衰退です。だから変わり続けることを大切に」
──部活とクラブには文化の違いがあって、お互いに干渉することなくそれぞれ活動している、というのが外から見た一般的な印象だと思います。高校とクラブチーム、特に強豪チーム同士がタッグを組む例はこれまでになかったのではありませんか?
片峯 そうですね、例がないと思います。しかし、クラブチームと部活動は同じ自主活動の文化です。部活動は学校教育の中の自主活動としてできました。それが1989年の学習指導要領の改訂によってクラブ活動が事実上カリキュラムに入り、ほぼ必修のものとなりました。もともとは自主的な活動であり、バスケットボールを追求する上で専門的なコーチの力を借りるべきだと考えて、今回トライすることになりました。
丸田 僕はもともと中学生を指導しています。その年代を見ていると、選手の取り合いや「俺が育てた」みたいな話はどうしても出てきますが、中体連のチームとクラブチームが一緒に参加するU15選手権のプレ大会が始まり、ここからがスタートという感じです。クラブチームは指導することの対価としてお金をいただいているので、僕らはそれに見合った知識が必要だし、勉強にも時間を使わないといけないと思っています。僕にとっては部活動を知るのも大事な勉強です。
──今回の取り組みはどんなきっかけからスタートしたのですか?
片峯 ある選手が自主練でみんなと同じ練習をしているのを見て、「これでいいのか」とハッとしました。選手は自分の課題を理解しておらず、私もそれを克服する材料を教えられていないことに気付いたんです。私自身が小手先で教えることはできますが、まだまだ勉強不足ですので、本当であれば海外に行って選手たちに返せる知識を得たいのですが、仕事上それは厳しいです。そこでMARUさんを紹介してもらったのがスタートです。
──大濠のような全国トップレベルの強豪校であれば「外部のコーチなんか必要ないよ」という感じなのかと思ったのですが。
片峯 これまで通りでも潰れることはないかもしれませんが、それは停滞だし、停滞は衰退です。だから変わり続けることを大切にしています。ただ「良いものだから」と全部取り入れては選手が迷ってしまいますから、良いだけでなく必要なものの見極めが大事になります。その中で選手たちがこれから成長するために今やるべきものだと考えて、お願いすることにしました。
「きちんとした考え方、取り組み方を身に着けてもらう」
──MARUコーチはこの提案をもらった時に、何を魅力に感じて引き受けたのですか?
丸田 2年前にKAGOが主催したキャンプに大濠の選手たちが来てくれたのですが、その時に自分たちの自主練で使いたいから動画を撮っていいか聞いてきたり、一つひとつのメニューに対する取り組み方に貪欲さを感じました。そういう意識を持つ高いレベルの選手を教えたいという気持ちがまずありました。もう一つは自分が教えた卒業生から、高校でやっているバスケの練習についての相談を受けることが多いのですが、僕自身が高校のステージを知らないので、なかなかアドバイスができない部分もあります。僕らが教えている中学生が、高校になってその壁に当たるのであれば、今のうちから教えてあげたいです。大濠を指導して得られる経験はKAGOにも生かせると思いました。
──MARUコーチも貪欲ですね。
丸田 そうですね。KAGOの卒業生が高校の強豪校で活躍することが増えてきて、僕自身ももっと外に出て行って高校と交流すべきだと思いますし、そのチャレンジとしてはすごく良い機会をいただきました。
──実際のところ、片峯コーチから見てスキルコーチとしてのMARUコーチの指導はいかがですか?
片峯 私は練習中にガッと熱くなるタイプなのですが、MARUコーチは選手に解決策を与えるのではなく、課題を的確に与えて「やるのは君たちだよ」というスタンスです。それでウチの選手たちは、MARUコーチのスキル練習の時間に一生懸命学ぶだけでなく、次までの1週間の取り組みが良くなっています。すべてを教えるのではなく、ちょっとずつ引き出しを見せて選手たちに自分で磨き上げさせる。そこのさじ加減が、意欲のある子たちが集まるウチのチームにすごくマッチしていると思います。
──答えではなく課題を与える、という指導は良いですね。
片峯 それを教えるのは難しいし、時間もかかるんですよね。でも選手たちが答えを与えられるのではなく、自分で課題を見付けて取り組むことに価値があり、そうやっていく中で選手としての魅力も出てくると思います。
丸田 大学に行ってポジションを変える選手も多いと思います。そういう意味で僕はスキルコーチですけどスキルだけ教えるのではなく、きちんとした考え方、取り組み方を身に着けてもらいたいと意識しています。
片峯 そもそも私は指導をMARUコーチに丸投げするつもりはなく、ウチのオフェンスの考え方やファーストオプションを共有しながら練習メニューを組み立ててもらっています。私も火曜日以外の練習で、個々の選手に対して自分の課題がスキルなのか戦術の理解力なのか、自分で考えてどのような練習に重きを置くのか判断させるようにしています。
「信念をもってこれを続けていきたい」
──大濠から少し話は外れますが、『働き方改革』が求められる中で学校の教員がどこまで部活動にかかわるべきかという議論もあります。部活を専門のコーチに任せるような流れは、これから全国で進むと思いますか?
片峯 これからは選ぶ時代ではなく選ばれる時代になると思います。バスケットを始める選手が学校のチームもクラブチームも選べるようになる。そうなった時に私は選ばれるような組織作りをしなければいけないし、その時に一人ですべてをやるのではなく分業でそれぞれの専門を教える組織が求められると思います。目先の結果が出れば、人から認められる部分もあると思いますが、そうではなく信念をもってこれを続けていきたいと思います。もう一つ、私は授業も含めて朝練から最後の挨拶までずっと一緒にいるので、選手からするとウザいと思うんですよ(笑)。
丸田 ウザいですかね?(笑)
片峯 私は親御さんから生徒を預かっていますから、できるだけ目を離さずに見ていたいんですよね。でも距離感が近すぎて、せっかく高校生が独り立ちしようとしているのに、先生がどう考えているか、先生からどう見られているかという余計な思考回路を働かせてしまう。そこで別の判断基準が動き始めているのはすごく良いことだと思います。ちょっと寂しいですけど(笑)。
丸田 僕たちクラブチームはもともと選ばれる立場で、ここに通っていたけど別のクラブチームに移ります、という選手がリアルにいる世界です。そこで生き残り、勝ち抜くには新しいことに挑戦しないといけないし、学び続けないといけないので、そういった面でも今回こういったタッグを組むことは、僕にとっては素晴らしいチャレンジだと思っています。
片峯 勝つためだけであれば別の方法もあるかもしれません。MARUコーチはバスケのこと、勝負事にはすごく勝ちにこだわるし、私も負けず嫌いなのでとことんやります。でもそれを目的にすべてをやるわけではありません。MARUコーチの考え方を聞いた時に、スキルだけを教えるわけではなく、考え方を教える指導に重きを置いているのがすごく良かったです。バスケットボールは競技を通じて本当にいろんなことを学べます。そういった価値のあるスポーツだということを多くの人に知ってもらいたいです。