取材・文=大島和人 写真=川崎ブレイブサンダース 提供=バスケットボールサミット

東芝バスケットボール部が川崎ブレイブサンダースへと脱皮を果たす過程の中で、クラブはコート外の「補強」をして運営体制を整えていった。そのひとりがJリーグ関係企業、企業イベントを多くプロデュースしてきた高木英夫だった。今回はクラブがBリーグ初年度に演出のプロ化をどう進めたか、高木に話を訊いた。

イベントプロデュースのプロが川崎に加わった経緯

――高木さんはどういう経緯でブレイブサンダースと関わるようになったんですか?

僕は「フリースタイル」というイベントの会社をやっています。Bリーグという新しいプロスポーツリーグの誕生に、我々も関わりたいなと思って、いくつかのクラブに知人を通じてコンタクトを取って話に行って、その中で川崎ブレイブサンダースとの出会いがありました。何回か打ち合わせもしました。ただ、しばらく音沙汰のない時期もあったんですが……。

――短期間にプロクラブを立ち上げるというので、社内が大変だった時期ですね。

音沙汰ないので改めて2016年の6月にクラブに連絡を取ったら「すぐ会いたい」という返事がきました。それから「7月から来れますか?」という話になりました。最初は「誰か常駐のスタッフを出してもらえませんか」ということだったんです。適任が見つからなかったので、僕が半常駐で良ければという話になり、7月1日付でブレイブサンダースに来ることになりました。でも7月はあまり忙しくなかったんです。こちらから色々な提案などの話をしても、まだ議論の土俵に乗せられない状態ですね。例えば「この予算はどうなっていますか?」と聞いても、NBL時代の予算をベースにしていたので、演出費とかイベント費、広告宣伝費といった項目自体がない。僕みたいな外部から来た人間が「予算はこうしたほうがいい」と言っても、そんな簡単に話は進まないですよね。何が妥当とか、何が真っ当な金額かさえ分からない状態だったからです。今までは東芝バスケ部として、ポスター作りも社内の部署を経由して、予算をかけてやっていたようなんですが、あるとき「時間もないから高木さんのほうで何とかしてください」という感じの流れで頼まれたので、フリースタイルで付き合いのあるデザイナーに作ってもらって印刷までやったら「こんなに安くできるの」と驚かれました。そういうところから少しずつ信頼を得ることができた気がします。

開幕まで3か月弱、急ピッチで進められた準備

――開幕は9月下旬ですから、そちらの準備もあったと思います。

どう演出、運営をやっていくかという話も7月の後半くらいから始めました。私は企業、自治体など様々なイベントの仕事をやっていたので、ある程度のノウハウは持っていました。困りごとがあればそれを拾ってアドバイスしたり。僕はきっかけを作って、社員のみんなに「こうやって」という感じで進めました。

――高木さん以外にも、ブレイブサンダースに東芝の社外からスタッフが集まっていた時期ですね。

順番で言うと7月1日に来たのは僕のほかに、運営と広報をやっている加藤希恵。私はバスケのルールさえ知らない人間だったので、加藤には本当に助けてもらいました。チームのマネージャーから事業側に移ってきた吉田直樹にもいろいろ教えてもらいました。月のミーティングで「SNSやホームページをやれる人間が必要」というのが喫緊の課題として挙げられて、8月1日から清水剛が来たんです。滞っているところは荒木(雅己、代表取締役)に「こうしましょう。お金はこれくらいかかる」と話して、少しずつ動き出していく。それが16年の7月、8月の話ですね。

――社内の雰囲気はどうでしたか?

大丈夫だなという気はしていました。荒木は誰の話でも正面からしっかり聞いて、正面から答えてくれるタイプの人間。社内にも100%出来るかどうかは分からないけれど、しっかりアクションを起こしていこうというマインドがありました。

地元・川崎への意識と「8千人プロジェクト」

――9月と月のホームゲームに向けては何から手を付けたのですが?

開幕前は「川崎がBリーグで一番厳しいんじゃないか」という噂もあったんですよ。それは集客とエンタメの部分です。Bリーグがエンタメを強く打ち出している中で、大丈夫なのか、と疑問視されていたみたいです。僕は集客があまりできないので、エンタメと興行はしっかりやるというのが9月、10月のテーマでした。最低ラインは越えたかなという感想は持っています。NBL時代は、お客さんがとどろきアリーナに来たら「本当に今日は試合をやるの?」という雰囲気だったらしいんですよ。

――本当にそうでした!「チケットはどこで売っているんだろう?」ってくらい寂しい雰囲気でしたね。

そういう雰囲気から変えようと思ったので、正面入口の前にキッチンカーを並べて、店舗を増やしました。広場を「サンダーススクエア」と名づけて、金曜夜の試合は明かりがつく看板を置いて音も出して、少しでも活気がある雰囲気をエントランスから出しました。

――Bリーグ、プロとしての「最低限の演出」とはどういう内容ですか?

アリーナ内の暗転は必ずやりたいと思っていました。演出や照明を入れて、特殊効果も入れたかった。限られた予算の中でエンタメをどうやっていこうというのが、9月、10月でした。あとは「カワサキ・エンターテインメント」とか「川崎の人たちと作る」とか、とにかく「川崎」を強く打ち出してスタートをしました。開幕戦に出てもらったサムライ・ロック・オーケストラの主宰の池谷直樹さんも川崎市民なんですよ。第2節から6節のうち4節がホームゲームで、非常にハードでした……。川崎を前面に出しつつ事故なくやれればいいかなくらいのスタートでした。

――試合を経るごとに演出が徐々にバージョンアップしていきました。

10月から11月は怒涛の流れの中でやって、12月に「8千人プロジェクト」をやりました。23日、24日のアルバルク東京戦で「2試合8千人という数字を打ち出して、頑張ってやりましょう」と社内の会議で決めました。その話を進めているころに、広報の畔柳理恵やチケット担当の原利充も入ってきましたね。

――8千人プロジェクトではどういう試みをしたんですか?

11月はホームゲームが平塚での1試合しかなかったこともあって、実質2か月近くの準備期間がありました。何かネタはないかなと考えたときに、『あひるの空』とクリスマスで、集客プロジェクトをやろうということになりました。『あひるの空』は川崎市が舞台になっているバスケ漫画ですが、恥ずかしながらまったく知らなくて、1巻から全部読みましたよ。会社に来る電車の中でもずっと読んでいたので「駄目なサラリーマンだな」って思われていたかもしれませんね(笑)。講談社に連絡して、担当編集の方と上手く話ができて、『あひるの空』の展示をやりました。他にもトビ(夏目健二)という作品内のキャラクターがブレイブサンダースのユニフォームを着用したイラストを描いていただき、ゲームデープログラムにも載せました。畔柳がいたおかげで、イベントの内容をメディアへ発信できるようになっていましたね。他の集客施策などもあり、みんなで協力して2試合で9千人近くが集まって、達成感はありました。

「KAWASAKI HEART」が決まるまでの舞台裏

――「KAWASAKI HEART」のステートメントコピーはどう決めたんですか?

Bリーグ1年目のチャンピオンを勝ち取りたいという思いはクラブ全体にあって、やはり「どうやってもうひと盛り上げしていくか?」という話になりますよね。「BE BRAVE!」というチームスローガンはあったのですが、「川崎に根付いて川崎を日本一にしていく」という理念に基づくワードがあったほうが、地域活動やエンターテインメントに対するクラブの考えが伝わりやすいと考えたんです。川崎フロンターレの「FOOTBALL TOGETHER」とか、横浜DeNAベイスターズの「I★YOKOHAMA」とか、一本、太い筋を通すためのキーワードがあるといいなと社内で話して、若手社員を中心に案を出し合いました。選手とスタッフの投票で決めたんですが、僕らがいいと感じていた案への投票は少なくて……。今はこれに決まって非常に良かったと思っているんですが(笑)。1月と2月に議論して、発表したのが2月末でしたね。清水剛がロゴを作って、3月のホームゲームから「KAWASAKI HEART」の大きなバナーを作って、試合前に川崎市歌を流してそれを掲げる演出を始めたんです。テーマ性を持った演出にブラッシュアップしたのが、3月からの流れです。

――sumikaの応援ソングがアリーナで流れるようになったのもそのころですね。

ブレイブサンダースのパートナーであるチッタエンタテイメントさんと「SHISHAMOの次に川崎のミュージシャンで誰が来ますかね?」と話をしているときにsumikaの名前が挙がったんです。そこで僕が「川崎に住んでいる、ゆかりがある皆さんに応援してほしい」という話をして、マネージャーさんも本人たちも乗り気になってくれて、『雨天決行』を応援ソングとしてお借りしました。3月からそれもかけるようになったんです。

――場内の盛り上げ役として芸人の上々軍団も加わりました。

MCの高森てつさんが一人で色んなことをやるより、奥行きを作ったほうがお客さんの耳に話も入りやすいなと感じたんです。高森さんは試合中のコールとか、あの素敵な声で短い言葉で的確に伝えるようなことに特化してほしいなと。にぎやかに盛り上げるためにふさわしい人はいないかなと探したときに、上々軍団が川崎出身でした。当時はtvk(テレビ神奈川)の「saku saku」という番組にレギュラー出演していたんですよ。tvkの方を通じて「一緒に川崎を盛り上げてほしい」とお願いしたら「ぜひ」という話になりました。3月からウチのホームゲームに出演し始めたんですけれど、「saku saku」がその月で終わっちゃったんです。ちなみに最初は番組の企画で勝手に来た、いわゆる乱入の体でした(笑)。「僕らは川崎出身だからぜひ使ってくれ」みたいなことを向こうから言って、クラブも渋々OKしたというストーリーでスタートしました。

演出担当者が描くブレイブサンダースの未来図

――ここまでの課題と、今後への期待はいかがですか?

昨年5月27日のファイナルで負けたことで、僕らも非常に悔しい思いをしました。代々木第一体育館のスタンドを見ると、7対3くらいで川崎より栃木のTシャツを着た人が多かったし、声量も差がありました。それを変えることで選手たちを後押しすれば、優勝できるという思いで2年目のシーズンに臨んでいます。

演出も大事なんですけど、今年はいかにお客さんが赤いものを身にまとって、自分から声を出せるようになるかがカギになると思います。10年後、もしくは5年後に栃木さんくらいになっているという絵を描いた最初の年が2017‐18シーズンですね。演出主導でなく、ファンの方が本当にクラブを応援したいという気持ちを声に込めて、選手がそれを感じながらプレーする。そして、選手とファンが一丸となって勝利を勝ち取る――。それがスポーツの醍醐味だと思いますから。

――2018‐19シーズンからは親会社が東芝からDeNAに代わります。

5年後、10年後を考えたとき、Bリーグとこのクラブの1、2年目に関わらせてもらったというのは非常に幸せなことです。そこに感謝しつつ、「KAWASAKI HEART」のステートメントは普遍であってほしいなと願っています。表現がどう変わるかは分からないですけど、根底にあるものは変わらないはずです。それをやっていけば、DeNAさんはベイスターズであれだけ成功しているわけですから、あとは期待しかありません。


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