三遠ネオフェニックス、太田敦也が振り返る今シーズン「これだけ悩んだのは人生初、悔しさしかありません」

三遠ネオフェニックス、太田敦也が振り返る今シーズン「これだけ悩んだのは人生初、悔しさしかありません」

2020/04/25

太田敦也

三遠ネオフェニックスにとっての2019-20シーズンは『河村フィーバー』で記憶される年になるだろう。福岡第一から東海大へ進学するまでのバスケットカレンダーの合間に特別指定選手として三遠にやって来た河村は、出場11試合のうち7試合で2桁得点を記録する活躍を見せ、アリーナは河村目当ての観客でいっぱいとなった。ただ、チームは創設以来で最悪の成績に終わっている。ベテランの太田敦也は「高校生のあいつにチームを変えてもらったのは、正直なところ情けないです」と打ち明ける。早々のヘッドコーチ交代から混乱が続いたシーズンを、太田が振り返る。

「バランスの良いバスケットができませんでした」

──三遠ネオフェニックスは5勝36敗。シーズンが途中で中止となりましたが、残留プレーオフ回避は難しいところに来ていました。これまで経験したことがないぐらい難しいシーズンだったと思います。

難しかったですね。チームが抱える問題があって、そこに自分がどう対処したらいいか分からず、これだけ「俺はどうしたらいいんだ」と悩んだのは人生初です。シーズンが中止になってB1残留になりましたが、それでハッピーという気持ちは全然なくて、悔しさしかありません。悔しい状態のままずっとシーズンが進んで、そのまま終わってしまいました。

──具体的な問題は何だったのでしょうか。それは開幕前に抱えていたのか、開幕してから出てきたのか。

正直に言えば、シーズンの入りから不安でいっぱいでした。開幕前のプレシーズンゲームから結果は出ていなかったし、このままシーズンに入ったらまずいぞ、という気持ちでした。それでも新しいヘッドコーチを迎えて新しいバスケットに取り組んでいて、試合を重ねることでチームとしてまとまっていくこともあります。でも、実際はそうは行かず、そのままコーチも代わってしまいました。

──ヘッドコーチのブライアン・ロウサムは開幕10連敗を喫して解任となりました。彼のスタイルが合わなかった?

全部がヘッドコーチのせいではないです。僕たちが表現できなかったのは申し訳なく思っています。プロとしてバスケットをやっている身として、コーチのバスケができないことが悔しかったですね。強いて言えば、フェニックスのバスケットはずっと変わっていなくて、簡単に言えば個々よりもチーム、5人でやるバスケットだったんです。それが新しいヘッドコーチになり、1対1やアイソレーションで破っていくことを初めに考えるバスケになって、そこは全然違いました。

ピック&ロールが増えたのはいいのですが、それだけになってしまって。そこから2対2に持って行くのですが、当然相手も警戒するし、そこで他の3人に繋がるものが何も出てこなかった。そこはチーム全員が本当に苦しみました。

──11月に入り河内修斗アソシエイトヘッドコーチが指揮を執りましたが、勝てるチームにはなれませんでした。

チームでいろいろ試行錯誤はしたんですが、それを繋ぐことができませんでした。一つのことに固執するようになってしまい、そこにばかり意識が行って他のことが全くできなかったり。バランスの良いバスケットができませんでした。

太田敦也

「みんな試行錯誤の繰り返しで半信半疑に」

──30試合を消化して3勝27敗というところで河村勇輝選手が加わりました。その後も2勝9敗と勝てていたわけではありませんが、河村選手の超アグレッシブなプレーに引っ張られる形でチームには勢いが出てきたように思います。

そうですね。みんな試行錯誤の繰り返しで半信半疑になっていたのですが、アグレッシブにプレーする彼が来てくれたことで吹っ切れて、みんな走るようになって。高校生の河村にやってもらうのは正直情けないですけど、彼がそういうものを作ってくれたことは間違いないです。

──でも、河村選手がボールプッシュをガンガンやると、太田選手のようなビッグマンは合わせるのが大変では?

正直、僕も走りたかったです。僕なんておっちゃんですけど、走ってナンボの選手ですから(笑)。

──苦しい試合が続いて悩んで、眠れないようなことはありましたか?

寝れました(笑)。でも、普段は家では切り替えてバスケのことを考えないのですが、今シーズンはオンとオフを切り替えるのが上手く行かず、家でも「どうしたらいいんだろう」と考えていました。嫁さんに試合の意見を聞いたりすることは今までなかったですからね。

──チームの話が続きましたが、太田選手個人として今シーズンの収穫、良かった点はどこですか?

正直に言えば良かったところはありません。課題ばかりですね。さっき2対2が多かったと言いましたが、その中でボールに触れる回数が減りました。パスもディフレクションされて出てこなかったり、相手に信頼されることもそうなんですけど自分からボールをもらうアクションが足りなかったです。そこで決めることで信頼になっていくのですが、そもそもパスも出てこなかった。そこは一番に改善しなければいけないと思います。

もともと外からドリブルで仕掛けるタイプじゃなく、そういうプレーはどちらかと言えば必要ないんじゃないか、それよりも泥臭いプレーが自分の仕事だと思っています。それでも日本人選手や外国籍選手でも4番とのマッチアップなら押し込んで1対1も仕掛けなきゃいけない。そういうところがもっと必要です。

強いて言えば、メンタル的にはこれ以上鍛えられる経験はないと思うので、来シーズンはもっと貪欲にできるはずです。チーム全員がこれまでにないぐらい勝ちを欲する気持ちになったので、それは植え付けられたと思います。

太田敦也

来年のオリンピックへ「アピールするのは自分自身」

──新型コロナウイルスの影響がいつまで続くか分からない状況ですが、今はどのように過ごしていますか?

チームの体育館が使えないので、それぞれが自宅でできるトレーニングをして、あとは外で走る程度です。僕も家でウエイトはできないので、自重でできるトレーニングで汗をかくぐらいはやっているんですが、ボールも触っていないし、なかなか身体を動かせる状態ではないです。その期間も長くなってきたので、やっぱりウズウズします。やっぱりボールを触ってシュートが打ちたいので、外に設置できるゴールを買おうかと思っています。

シーズン中は子供と遊ぶ時間がそれほど取れないので、子供にとっては良いかな。料理をやろうと思ったのですが、嫁さんに全力で止められました。だから朝昼晩と皿洗い。あとは犬の散歩ぐらいですね。

ウズウズしますけど、やっぱり今はまず自分自身が、家族が、チームが感染しないのが第一優先です。まずは自分、そして身近なところから出さなければいずれは収束に向かうと思うので、その意識を持ち続けることです。それをきっちりやってからバスケのことですね。

──オリンピックは1年延期となりました。日本代表への思いを聞かせてください。

まだまだやりたいと思っていますから、ここから上げていきたいです。幸い、とは言えない状況ですが、やれる時間はたっぷりあります。僕もベテランですし、若い選手と比べればコンディションの調整に時間がかかるようになっているので、この期間を使ってしっかり身体を作って、また体育館で対人で練習ができるようになった時に備えて身体もスキルも準備していきたいと思います。

代表については相当な危機感を持っています。2回も落ちているので、次の招集で呼ばれなければ詰みじゃないか、この時点でメンバーを絞られたら困る、という思いはあります。ただアピールするのは自分自身なので、そこは積極的にやっていきます。

──シーズン終了が突然決まったので、応援してくれる人たちに挨拶する場もなかったと思います。ここでファンの皆さんにメッセージをお願いします。

シーズンを通して調子が良くなかった中で、ブースターの皆さんやスポンサーの方々が支えてくださったことにすごく感謝しています。それに応えられる姿を来シーズンに見せたいと思いますので、また応援していただきたいです。

まあ今だとSNSで伝えればいいんですけど、僕が苦手なんですよね。何を上げたらいいのか分からない(笑)。それでも今はこんな世の中で、少しずつ自分を高めていって元気なところを皆さんに伝えたいし、新型コロナウイルスに対しては予防の意識を高めることを僕らが伝えるのも大事だと思っています。

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