
変化が必要と考え、秋田ノーザンハピネッツのヘッドコーチを、自らの申し出によって辞任した前田顕蔵。退任後も秋田に残り、子育て支援団体のために寄付目的のオンラインイベントなど、精力的に動いていた。それと並行して次の所属先を模索し続け、国内の数クラブからオファーを受けていたが、彼が選んだ道は女子チャイニーズ・タイペイ代表のヘッドコーチだった。後編ではその選択を決断した背景について語ってもらった。
「家族のサポートや理解がないとできない仕事」
──国内のチームからオファーが来ているという話もあった中で、なぜ国外を選んだのでしょうか?
理由はいくつかあります。まずは、本当にたくさんのチームからオファーをいただいて、悩んだクラブもありました。初めて、他クラブからの評価というのを聞いたのは、新鮮な経験でもありましたね。しかし、僕の状況で言うとやっぱりシングルファーザーとして子どもが4人いる中で、次のBプレミアのスケジュールをこなしていくのはどうしても厳しいと感じました。プレミアでやりたい気持ちはもちろんあって、それこそ優勝が狙えるクラブに入れるチャンスもあったのですが、僕がそこに入って優勝しても、多分うれしくないだろうなと思ったんです。
──優勝だけがご本人の目標ではないということですね。
僕らの仕事は結果が一番ですが、その中でやっぱり家族のサポートや理解がないとできない仕事だと思うんですよね。僕らが優勝しました。給料が上がりました。じゃあ来年何が起こるかというと、「また優勝してください」。これだけの話だと思っているんですよ。もちろん、その地域が盛り上がるとかファンの方が喜ぶということはあるのですが、「そばにいる家族が置いてきぼりになるんじゃないのかな」というのが、すごいクリアになったんですよね。
そのことを考えた時に、チャイニーズ・タイペイの話がやっぱり突き抜けていて、まずは代表活動期間が短い、試合数が少ない、国自体も小さい国なので移動距離もそこまでない。そして女子は、コーチングをしたことがないし、代表監督ももちろんやったことがなく自分自身が外国人という立場になる。これは僕が成長する絵しか見えなかったというか「めっちゃ良いチャレンジじゃん」と思ったんですよね。
──レベルアップの機会だということですね。
今はBリーグで日本人ヘッドコーチが9人いますが、来年はもっと減る可能性があると思っています。その中で、僕がどうやってコーチとして力をつけていくかという時に、今はBプレミアで戦う力はないという状況だけど、妥協もしたくない。長男にチャイニーズ・タイペイの話をした時に「面白そうやん」と言ってくれて、僕の仕事がどうこうというよりも「自分にとってプラスになることが多いと思うから、台湾良いね」という話をしてくれました。
それがきっかけで実際に現地に視察に行って、住める環境なのか、子どもたちのサポート体制は大丈夫なのか、そういったプロセスを経て、チャイニーズ・タイペイのチームで働くことが一番良いチャレンジになると思えたことで今回の決断に至りました。
──今回の決断は環境、生活、コーチングすべてにおいてチャレンジになると思います。この先、どのようなコーチになりたいのでしょうか?
それは、最高のコーチになるということです。日本国内だけでなく、世界を相手に戦えるコーチになれたら最高です。このチャレンジをすることで大きくなって日本に戻ってこれると思っています。この経験はタイミングを含めて今しかできないと思っています。

「感謝の気持ちを持って秋田にまた戻ってきたい」
──どのような経緯でチャイニーズ・タイペイからオファーがあったのでしょうか?
去年、ガディアガ(モハマド アルバシール)が秋田でプレーしていて、彼の関係者が台湾人で試合をよく見に来てくれていました。その彼らが秋田のバスケットを見て、「このバスケットがチャイニーズ・タイペイの女子にすごく合うんじゃないか」ということで協会に話を持っていってくれてオファーをいただきました。
──率直にチャイニーズ・タイペイ女子代表の印象は?
アジアで戦うというレベルでは可能性のある国なのではないかと思いました。選手の能力はある程度あって、基盤もありながら、ちょっとしたきっかけが必要なだけで、そのきっかけに僕がなれるんじゃないかと思っています。
──ご自身も日本代表のコーチ経験があり、世界のバスケットも見てきた中でチャイニーズ・タイペイ代表に今足りないこと、とともに成長する上で必要な部分はどこにあると思いますか?
まず自分の得意とするディフェンスのところは、しっかりと浸透させないといけないと思っています。それにプラスして、個人の能力も全然悪くないので、上手く掛け合わせて個人を生かしながらチャレンジしていきたいです。チャイニーズ・タイペイは現在アジアで7位ですが、ここから上に上がっていくしかありません。スタイルを明確にして「チャイニーズ・タイペイってこういうチームなんだ」というのを確立させながら上位国を倒していく。そしてアジアの中で「あ、チャイニーズ・タイペイは変わったな」と言われるようになったら「やったね」っていう感じですね。
──まさにチャレンジ真っ只中ですね。
家族でのチャレンジになりますね。僕自身は大学の時にアメリカへ行っているので、文化の違い、人の違い、というのを理解していますが、子どもたちと一緒にチャレンジできるのはめっちゃ楽しみですね。今は引っ越しに向けて様々な手続きに追われています。国外への引っ越しも初めてなので分からないことばかりです。
──でも、楽しそうにお話ししますね。
秋田で学んだことは地域に住む人たちと仲良くなることです。僕は国を代表して、ただバスケットを教えにいくだけとは考えていません。そういった意味を含めて生活面は楽しみにしていますし、日本に大きくなって戻ってくるため、自分が成長するために行くので楽しみです。
──最後にこれまで関わってくれた方々にメッセージをお願いします。
妻が亡くなった時にどうなるのか。自分のモチベーションも生きがいも含めて子どもたちに救われた部分はもちろんありますが、支えてくれた周りの人たち、ハピネッツの関係者はもちろんですが、ハピネッツブースター、Bリーグのコーチ陣、選手、ファンの人たちも含めて、僕は本当に救われました。すごく感謝していますし、辞めてからも毎日いろいろなところで声をかけてもらえてうれしく思っています。
──今も声をかけてくれるのですか?
そうです。 「お疲れ様でした。これからも応援してます」って。もうね、こんなありがたいことないなと思っています。僕の買い物の出待ちをしていて、「写真撮ってください」と言ってくれたり、保育園に子どもを送りに行ったら「子どもと一緒に写真撮ってください」とか、サッカーの応援に行ったらサッカー少年が「サインください」とか、エレベーターに乗ったらおばちゃんが「あ、顕蔵さん会いたかったです」とかね。もうね、止まらないんですよ。本当にありがたいんですよ。こんな地域ないなと思ってますし、本当にこの地域だから僕頑張れたんだなって、あらためて感じているので。
感謝の気持ちを持って秋田にまた戻ってこれるように頑張っていきたいなって思っています。日本のバスケットボール界からこうやって外に出て行って、ヘッドコーチをするというチャレンジができるのは皆さんに育てていただいたお陰なので、秋田を胸に、日本を胸に、戦ってきます。