プレーオフ目前で6年目のヘッドコーチ解任に踏み切る
『ESPN』のシャムス・シャラニアがルカ・ドンチッチのトレードを報じた時、『絶対に起こらないこと』は存在しないのがNBAの世界であることを学びました。そのシャムスが、グリズリーズがヘッドコーチのテイラー・ジェンキンスを解雇したと報じました。ドンチッチに比べれば小さなニュースではあるものの、今のグリズリーズの成功を考えると、またも『絶対に起こらないこと』が起きたのです。
2018-19シーズンにマルク・ガソルとマイク・コンリーの時代に別れを告げたグリズリーズは、ドラフトでジャ・モラントを指名するとともに、新たなヘッドコーチに34歳のジェンキンスを迎え入れました。新たなフランチャイズプレーヤーと若き指揮官で、ゼロから時間をかけての再建が始まりましたが、1年目から前年の勝率を上回る34勝39敗と結果を出します。2年目には早くも勝率5割を上回り、プレーイン・トーナメントを勝ち上がってプレーオフ進出を果たしました。
3年目のシーズンには56勝、4年目は51勝と西カンファレンスで2位となり、強豪チームとして定着しました。モラントがプライベートで問題を起こしたり、主力がことごとくケガで離脱するなど苦しい時期もありましたが、今シーズンも勝率6割を超える好成績を残しています。ロスター全員が20代と若いチームに成功をもたらしている指揮官の手腕は疑うところがありません。
ジェンキンスは戦術や采配面でも高く評価できるヘッドコーチで、3ポイントシュートとトランジションという現代バスケのセオリーを取り入れながらも、もう一つのセオリーであるゴール下にこだわらず、リングから1.5mから3mのショートレンジを多用するオフェンスを構築し、リーグ2位の得点力を作り上げました。
またオフェンスリバウンドも重視し、セカンドチャンスの得点を増やすと同時に相手のトランジションを防ぐ戦術を作り上げました。この流れはリーグ全体に波及していき、ジェンキンスの就任前は減っていく一方だったNBAの平均オフェンスリバウンド数は、この4シーズンで毎年増加しています。
若い選手を戦力として活用する手腕も見事で、各選手の武器を生かした適切な役割分担とハードワークの徹底、そして対戦相手と試合展開に合わせた起用法で、誰もが活躍するチームへと仕立て上げました。特に今シーズンはモラントですらプレータイムは30分に抑えられており、10人を超えるローテーションで戦う試合も珍しくありません。ガードを並べたスモールラインナップにしたかと思えば、7フッターを複数人起用してのビッグラインナップへと変化したり、柔軟な選手起用をしながらもチームのバランスは崩さない戦いぶりは、ライバルが真似したくても真似できないものがあります。
一方で西カンファレンスの上位6チームに、直接対決で勝ち越しているチームはなく、それがプレーオフを目の前にしての解任に繋がったのかもしれません。ただ、上位チームに勝てなくなった要因にはロスターからスクリーナーが減ったことで、勝負どころでエースのドライブアタックが使いにくくなった点もあります。50勝を超えたシーズンはリーグ上位だったスクリーンアシスト数が今シーズンは最下位になっており、フロントの意向とジェンキンスの意向がズレていたようにも見えます。
いずれにしてもグリズリーズは再建の最大の立役者を解雇するという大きな賭けに出ました。ジェンキンスと作り上げてきた土台に新たな積み上げができるのか、それとも土台から崩壊してチームを作り直すことになるのか。そして、土台から作り直すことを考えているチームにとっては、最高のヘッドコーチ候補が新たに市場に出てきたことになります。