アダム・シルバー

「すべてのチームが優勝を目指せる環境を整える」

NBAは『ESPN』を軸に『NBC』と『Amazon Prime Video』と結ぶ今後11シーズンで総額760億ドル(約12兆円)の放映権契約について概ね合意に達した。NBAコミッショナーのアダム・シルバーは「まだ詰めの段階を残しており、契約が完了したわけではない」とコメントしているが、大きなヤマは越えたと見ていいだろう。

彼がやるべき大きな仕事は3つあり、一つが新たなメディア放映権料の締結、もう一つは新たな労使協定を結ぶことで、その2つの目途は立った。この2つを終えた後には、エクスパンション、つまりはNBAに31チーム目、32チーム目を加える検討が始まる。

メディア放映権料は大きく伸び、彼にとっては大きな成果となった。一方で新たな労使協定は、セカンドエプロンのルールを導入したことに賛否両論があり、新ルール下で初めてのオフを迎えた今は、批判の声がより大きく聞こえてくる。

リーグは戦力均衡を是としており、そのためにサラリーキャップを設定し、一定額を超えると科せられるラグジュアリータックス(贅沢税)があるのだが、NBAの市場が拡大する中で贅沢税が実質的なペナルティにならないケースが想定され始めた。

例えば大都市の富裕層をファンに抱え、裕福なオーナーを持つチームが、贅沢税を支払ってでも豪華スター選手を集めて勝ち続けるようなことがあれば、いつしかリーグは限られた数の『ビッグクラブ』だけが優勝を争うものになる。リーグは少しずつ出ていたその傾向に歯止めをかけるためにセカンドエプロンを導入した。ラグジュアリータックスよりも高い基準を設け、それを超えると金銭のペナルティに加えてチーム編成の方法に制限を科すことで、『ビッグクラブ』の誕生を決して認めないという姿勢を強く打ち出した。

「新しい制度によって一部のチームが優位に立つことがなくなる。それはリーグ全体が健全であるために必要なことだ。我々はすべてのチームが競争力を持ち、優勝を目指せる環境を整えている」とアダム・シルバーは説明する。

ただ、このルールが導入された今オフに起きたのは、各チームが補強への積極性を失うことだった。また現状ではセカンドエプロンの導入で編成に苦しんでいるのは大きな市場を持つチームに限らず、強いチームはどこも補強ができなくなっており、ただオフの楽しみが消えてしまったと感じているファンも少なくない。

しかし、セカンドエプロンのルールを導入しなければ、いずれNBAは『ビッグクラブ』が支配するリーグになっていただろう。今オフは様子見であっても、どのチームも新たなルールとそれに伴う市場動向の変化を見極め、それぞれのやり方で動きが活性化していくはずだ。リーグは戦力均衡ルールを設けるが、各チームはその中でベストを尽くして競争していく。戦力均衡ルールがどれだけ強化されても、編成が下手なチームは万年下位となり、その差は明確に出てくる。今はどのチームも新たなルールをどう学び、どう活用するかを模索しているところだ。

このタイミングに合わせてジョエル・エンビードとタイリース・マクシーだけを残して再編に出たセブンティシクサーズ、ステフィン・カリーと若手で新たな時代を作ろうとするウォリアーズ、選手個々の関係性を重視した編成を進めるニックス、レブロン・ジェームズに託すレイカーズ、若手に舵を切って黄金期を迎えようとするサンダーと、それを模倣する再建チームたち……。セカンドエプロンのルールを先んじて『ハック』して一歩抜け出すチームがどこになるか、その動きを注視したい。