カイリー・アービング

「ここで僕が温かく迎え入れられることはない」

カイリー・アービングはボストンのバスケファンにとっての『敵』だ。レブロン・ジェームズとともにNBA優勝を勝ち取ったキャバリアーズからセルティックスに移籍した2017年、彼にはエースとしてチームを勝たせ、リーダーとして若いチームを引っ張る働きが要求されたが、キャリア7年目の25歳だった彼は、様々な意味で準備がまだ整っていなかった。

もともと饒舌ではなく、内向的で考え込んでしまうタイプ。レブロンの庇護から離れてエースとして独り立ちしたい意欲は不完全燃焼するばかりで、わずか2年でネッツへと新天地を求めた。コート上のパフォーマンスだけでなく、セルティックスの文化を受け入れなかったことで、カイリーはボストンの『敵』となった。

その後もカイリーはセルティックスに対して『敵』を演じ続けた。移籍後初めてTDガーデンを訪れた彼は、お香を焚きながら試合前のコート外周してアリーナを『浄化』しようとした。当時の彼には不可解な行動が多かったが、ボストンのファンはその行為を『セルティックスの文化を受け入れない』意思の表れと見なして敵意を燃やした。その後、カイリーはコート中央のセルティックスのロゴを踏み付け、ボストンのファンは彼に水の入ったペットボトルを投げつけ、敵意は静まるどころかエスカレートしていった。

今回のNBAファイナルでも、TDガーデンでの最初の2試合ではすさまじいブーイングがカイリーに送られた。ふてぶてしいようで繊細なカイリーは、このように直接的な敵意を向けられると縮こまってしまう傾向にある。第1戦と第2戦でのカイリーの出来は決して良くなかった。それだけではない。セルティックス退団以降の彼はTDガーデンで0勝7敗と負け続けている。

今回もTDガーデンでは、彼に向けたブーイングと『Kyrie Sucks』のチャントが鳴り響くだろう。しかし、カイリーは精神的に大きな一歩を踏み出したのかもしれない。現地6月16日、第5戦の前日練習での彼は、穏やかな表情で笑顔も出ていた。練習後の会見でそのことを問われると「練習中に笑顔やジョークが出るのを、油断だとか真剣さに欠けるとか誤解してほしくない」とカイリーは答えた。「僕たちはボストンに来て、気持ちを落ち着けようとしていた。僕らは子供の頃から好きでバスケをやってきた。それと同じで、この瞬間を楽しみたい」

そしてカイリーは「ここでは敬意を示さなければいけない」と、この5年間は決して口にしなかったセルティックスへの思いを語った。「このチームでどうやって素晴らしい選手になり、チームを引っ張って勝利をもたらし、セルティックスの文化に加わるか。僕はそれに苦労した。それは僕だけじゃない。ここでプレーしてみないと、誰もそのことは理解できない」

32歳になった今のカイリーに、かつての頑固で内向的な態度は見られない。それがポジティブでもネガティブでも、自然のこととして受け入れる寛容さが身に着いたからこそ、ネッツ時代はメディアの前に出ることさえ嫌がっていた彼が、セルティックスでの失敗を自分の言葉で語ることができる。

「今振り返ると、ここにトレードされるのは僕の一番の希望じゃなかった。だからトレードが決まった時に、セルティックスの歴史を学んで受け入れるのではなく、ただ流れに身を任せようという感じだったけど、それが間違いだった。悪意があったわけじゃなく、若かっただけなんだけど、僕はここの人々を積極的に知ろうとはしなかったし、セルティックスで成功を収めた人たちと交流し、アドバイスを求めたりもしなかった」

「ボストンには長年かけて築き上げられた勝者の血統がある。それには敬意を表さなければいけない。ここでプレーする選手は誰でも、セルティックスとしての誇りを持ち、その文化に違和感なく溶け込むことを求められる」。そして自嘲的な笑みとともにこう続けた。「そうでなければチームから追い出される。僕も追い出された一人だ」

今の彼は、TDガーデンでの悪意に立ち向かう精神的な準備ができている。「ここのファンが『Kyrie Sucks』と叫ぶ時、セルティックスは心理的に優位に立つ。そこで僕がシュートを外したりターンオーバーしたら余計にそうなるし、彼らに僕を攻撃する理由を与えることになる。彼らを黙らせるには、ミスをした時に自分自身の中で生まれる疑念を黙らせるのが一番だ」

「ここで僕が温かく迎え入れられることはない。自分でそうしたんだから仕方ないよ。明日の試合に向けた僕の気持ちははっきりしている。この戦いを僕個人のものとしない。チームメート以外の誰かと感情を共有することもしない。だからチームのみんなに『とにかく今を楽しもう』と話しているんだ」

0勝3敗からひっくり返して優勝した例は過去にない。しかし、1勝3敗から優勝した例が2015-16シーズンのキャバリアーズだ。その経験を持つカイリーはこう語る。「ボストンでの第5戦を行うことは僕らの目標だった。今はダラスでの第6戦に向かうのが目標だ」