絈野夏海

絈野はトータル37得点、第4クォーターだけで24得点

試合終了まで残り10秒。1点差を追う桜花学園のラストオフェンスはターンオーバーに終わった。桜花学園のエース・田中こころのドリブルを、岐阜女子の林琴美、安藤美優、三宅香菜が3人がかりでシャットアウト。林が両手でボールをもぎ取り、安藤が低い姿勢でがっちりとそれをキープしたところでタイムアップのブザーが鳴り響いた。女子準々決勝屈指の好カードは、最大21点差を猛追した岐阜女子が劇的な勝利を飾った。

この勝利の最大の立役者は、岐阜女子のキャプテンでありエースである絈野(かせの)夏海だ。絈野はこの試合、9本の3ポイントシュートを含む37得点をマーク。そのうち24得点を第4クォーターに挙げ、3ポイントシュートを7本中7本成功という驚異的なパフォーマンスを発揮した。

試合中、常に厳しい表情を崩さなかった絈野は、ブザーが鳴った瞬間に破顔。応援団に向けて飛び跳ねて喜びを表現し、地声から想像できない甲高い声で叫びながらチームメートと抱き合った。

組み合わせが発表されたときから『対・桜花』を意識して準備を積んできた。第1クォーターは互角の展開。しかし第2クォーター、大きなアドバンテージとなるはずだったジュフ・ハディジャトゥのポストアタックを桜花学園に封じられ、リバウンドでも優位性を得られず、前半終了時点で19-31と大きくリードを奪われた。

絈野自身も「勝とうという気持ちが先走ってしまって力が入りすぎてしまった」とシュートタッチが定まらず、前半6得点。ハーフタイムに入ったときの心境について「ちょっと心が折れかけてました」と振り返る。

数え切れないほど桜花学園と対戦してきた安江満夫コーチにとって、前半12点というビハインドは想定内だったという。ところが挽回する予定だった第3クォーターも状況は変わらず、絈野もクォーター終盤に相手選手との交錯で右膝を痛めた。第3クォーター終了時のスコアは30-45。

「最後は行くしかない」。安江コーチは鍛えてきたディフェンスと絈野の得点力に懸けた。

岐阜女子

安江コーチ「バスケットの神様が力を与えてくれた」

岐阜女子は第4クォーター開始早々から激しいプレッシャーディフェンスを仕掛けた。しかし逆に桜花学園の好守によりターンオーバーを誘発され、第4クォーター開始2分で点差は21点にまで広がった。

絶体絶命。しかし、ここから絈野がやった。三宅のパスから放った3ポイントシュートを皮切りに、2本、3本、4本……。桜花学園の激しいディフェンスのわずかなスキを突いて、とにかく打ち続け、決め続けた。必死のディフェンスに桜花学園の得点も一気に止まり、点差はみるみる間に縮まっていった。

絈野は言う。「先生から『お前がやるんだぞ』と言われていたし、チームメートからも『セル(絈野の愛称)ならできるよ』『セル、お願い』という言葉をたくさんかけられて、自分がやるしかないという気持ちでした」。無心ではなく、1本1本に思いを込めて打った。「もう、絶対負けたくない」と。

下級生の頃から岐阜女子の大きな武器であった絈野の得点力は、代替わりによってさらにその比重が高まった。インターハイは2回戦で京都精華学園に敗北。外野からの「絈野だけのチーム」という声に、自身も仲間も苦しんだ。

しかしこの試合、絈野が逆転の大きな大きな原動力になったことは間違いないとして、残り40秒で1点差に詰め寄ったのは三宅のスティールからのシュートであり、残り11.3秒に絈野のシュートを拾って逆転弾を沈めたのはジュフであり、桜花学園のラストオフェンスを止めたのは冒頭のとおり三宅、林、安藤の3人だった。

「つらい時期もありましたけど、みんながしっかり自分についてきてくれて、チーム一丸になれました。ベンチにいない選手たちも応援やサポートしてくれました。本当にいいチームだなと思いました」。絈野はそう涙ながらに語った。

安江コーチは「4クォーターはうまく行き過ぎた部分のほうが多いです」と笑った。確かに3ポイントシュート7連続成功はフィクションでもなかなかお目にかかれる展開ではない。むしろ「こんなことはありえない」と非難されるレベルだ。

これまで積み上げてきた地力もありつつ、運が向いたところもあるのか。そう尋ねると安江コーチは「ああ、そう思います」と言い、微笑んで続けた。

「いっぱい悔しい思いをしてきました。それでも、どんな状況でも崩れないでちゃんとコートの中で戦い続けたことが結果に出たと思います。もうそれだけです。絈野にはバスケットの神様が力を与えてくれたんじゃないですか。常日頃から諦めないで努力する姿勢をちゃんと持っているからだと思います」

思えば、ちょうど1年前の準々決勝も、岐阜女子は前半ビハインドの展開から大逆転勝利を挙げた。明日の準決勝の相手は札幌山の手。奇しくも昨年と同カードとなった。30点差で敗れた苦い思い出を、岐阜女子はチーム力で喜びに塗り替えられるか。