比留木謙司

岡山トライフープでヘッドコーチを務め、SNSやメディアでの歯に衣着せぬ発言でも注目を集める比留木謙司が、今月11月、スペイン3部リーグの『C.B. L’Horta G0della』のアシスタントコーチに就任した。報酬はまさかの0円。日本プロバスケ界で着実にキャリアを積み重ねてきた38歳にとっては大きな決断だが、比留木は「日本のバスケットボール界をさらに前に進める」という大きな使命を背負い、ビッグチャレンジに挑む覚悟でいる。

「勉強を積んだコーチがもっと増えなきゃいけない」

――スペインでの生活はどうですか?

今、スペインに来て2週間くらいですが、何もトラブルが起こらない日はないですね。まず、アパートのトイレが壊れていて、流すたびに水があふれる。あとは寒暖差の激しい地方なのにエアコンが壊れている。ついでに換気扇も壊れている。洗濯機の使い方もわからないし、大変ですね。

でもようやく慣れてきました。日本にいるときのように、すべての動作が正常なのが当たり前って思っちゃうとだいぶストレスが溜まるけど、「もしかしたら壊れてるかもね」ぐらいの感じでいくといけます。人に何かをお願いした時も「やってくれたらラッキー」ぐらいのノリでいると、めちゃ平和です。

――一言で言うと、期待しすぎないということですね(笑)。

物にも人にも期待しない。こないだなんて、電車に乗っていたら途中で降ろされましたもん。 その日は僕にとっての開幕戦で、いろいろ準備するために早めに出ていたのに、結局みんなと同じぐらいに到着する羽目になりました。

バスケットでもいろいろとトラブルはありますよ。スペイン人は日本人と違って従順でもないし感情表現も激しいから、選手同士で喧嘩をしたり、ふてくされてプレーに気持ちが入んなくなっちゃったりもする。僕らのチームはメインメンバーが17歳から22歳ぐらいで若いから特にです。ただ、スイッチが入った時の死に物狂い感は結構すごいですよ。

――スペインに行くと決めた、一番決定的な出来事はなんだったんですか?

決定的とまでは言わないけど、きっかけになったのはコーチ初年度の2019-20シーズンに、当時スペイン代表のアシスタントコーチだったルイス・ギルが率いる佐賀バルーナーズと対戦したことです。当時の佐賀は良い選手はいるけど、後の長崎ヴェルカとかアルティーリ千葉ほど圧倒的ではなくて、1戦目は自分の持ってる引き出しをほぼ出し尽くして、選手もすごくよく頑張ってくれて、確か3点差くらいで負けたんです。でも次の日になって蓋を開けてみたら、昨日うまくいったポイントを全部綺麗に対処されて、30点差ぐらいでボロ負け。選手たちのエナジーがないみたいな試合じゃなかったけど、もうシンプルにやりたいことを全部オセロのように……。よくあるじゃないですか、オセロが上手な人と対戦すると何をやっても全部ひっくり返されるみたいなイメージ。ああいう感じの負け方をしました。

その試合を経験してからは「世界は広いな」、「いつかしっかり勉強をしなければいけないな」と、ずっとモヤモヤした思いを抱えていました。八村塁選手や渡邊雄太選手、馬場雄大選手が海外で自分の立場を確立し、選手たちがどんどんチャレンジしていっているのに、コーチはどうなんだろうと。海外での修行に踏み出した人がいないわけではないけど、選手に比べると多くはないですよね。特に、日本ですでに立ち位置を確立しながらチャレンジをするコーチって、ほぼゼロじゃないですか。

――確かにそうですね。

シンプルに、行く理由が全くないですよね。稼ぐお金は多分5分の1ぐらいになるし、生活はもちろんキツイし、言葉は思ったように伝わらないし。こっちで「日本人がなんぼのもんだ」みたいなことでいじめられたりとかは全くないし、むしろみんなすごくよくしてくれますけど、バスケットの部分でリスペクトされてるかって言ったらそうではないです。そういうことを踏まえた上で、日本でキャリアを築いてる人たちがそれをかなぐり捨てて海外に勉強しに行くことがいかに難しいのは分かります。

ただ、たくさんの才能のある選手たちが現れて、世界で通用する選手をどんどん育てようとなっている今こそ、コーチのレベルがもっと上がっていかなければいけないと思うんです。今、僕が本当にレベルが高いと思う日本人コーチって、10人いるかいないかくらいです。コーチって常にアップデートを続けなければいけない仕事なのに、地理的なことや文化、言葉が理由で「俺、ちょっと海外行ってくるわ」みたいなことができないのはすごくもったいないなと。

今後、八村選手や渡邊選手みたいな選手たちを逃さず育て上げるためには、高いレベルでの勉強を積んだコーチがもっと増えなきゃいけないと思うし、自分がその先駆けになりたいっていう思いは正直強いです。あとはシンプルに、日本じゃないところにトライしてみてどこまで行けるかっていうのは、ゲームの主人公じゃないけど、なんかワクワクしますよね。

比留木

「俺はこのヨーロッパで自分がどこまで行けるかをチャレンジしたい。ちゃんとしたキャリアを作りたい」

――比留木さんはお父さんがアメリカ人ということもあって英語が堪能ですし、アメリカでのプレー経験もあります。なぜ修行先にアメリカを選ばなかったんですか?

理由はいくつかあるんですけど、1つはプロチームで学びたかったからです。アメリカのプロってものすごくざっくり言えばNBAとGリーグなわけで、すごく狭き門なんですよ。プロ以外には大学という選択肢もあって、何百個レベルでプログラムがあるしレベルの高いコーチや組織もたくさんあるんですけど、ショットクロックやタイムアウトのルールが日本と違うんですよね。

僕は、自分自身がどこまで行けるかチャレンジしたいのはもちろんだけど、いつか学んだことを日本に持って帰りたいって思っているので、ルールが違うところだと時間のムダになる可能性があるなと思って、じゃあヨーロッパだと。ヨーロッパで本格的に腰を据えて、当分日本には帰ってこないっていう選択肢を選んだ人ってそんなにいないし、そこをチャレンジしてみたいと思ったんです。でも、実際に来てみたら良くも悪くも自分が想像していたモノと全然違いましたね。

――例えばどんな違いがありましたか?

クラブのフロント側のスタッフがすごく態度が悪かったんですよ。「コーチライセンスを取りたい」とか「あそこのチームの試合を見に行きたい」とか「若手がワークアウトを必要としていたらやるよ」とかいろいろ働きかけても、協力的じゃなない。チームに入って3日目ぐらいで「なんか変だな」と思って、GMと話をさせてもらったら、「君は何カ月かお勉強して帰るんだろ」って言われてびっくりしました。

「俺はこのヨーロッパで自分がどこまで行けるかをチャレンジしたい。ちゃんとしたキャリアを作りたい。だから毎日4時間、スペイン語のクラスに通ってるし、住民登録をするためにいろいろなことをやっている。俺はクラブの力にもなりたいし評価される人間になりたい」。そう伝えたら「責任は重たくなるかもしれないけど、そういう扱いをするよ」と理解してもらいました。

ここまでが最初の1週間で、今週に入ってからは少しずつ周りの見る目が変わったかなっていう感じはします。僕が何を言っているかがなんとなく分かるようになってきたっていうのはありますね。

――渡西たった1週間で、スペイン語がなんとなくでも理解できるようになるとは。頭が下がります。

バスケットのコーチや選手が何を言ってるかがだんだん分かってきているだけで、街中で何を言ってるかは全然わかんないですけどね。チームにアメリカ人が1人もいないのが良かったかもしれないです。スペイン人とアルゼンチン人がほとんどで、アフリカ出身の子が1人いるだけなので、全員スペイン語話者だし、英語が喋れるのは3~4人しかいないし、なんなら日本人よりも英語が下手だし。だからスペイン語を覚えるしかなかったというところもあります。

(後編へ続く)