トム・ホーバス

河村、富永への叱咤、卓越した人身掌握術で日本の次代を担う2人の飛躍を導く

FIBAワールドカップ2023、男子日本代表は欧州の難敵フィンランド代表に98-88で勝利と、歴史的な偉業を成し遂げた。

トム・ホーバスヘッドコーチは4年前のワールドカップ2019と東京五輪で8戦全敗だった男子日本代表を大きく成長させた。女子代表で銀メダルを獲得した東京五輪に続き、世界のバスケットボール界に衝撃を与えた。単純な比較はできないが、男子と女子の世界における位置付けを見れば、今回のフィンランド戦での勝利は、女子が東京五輪の準々決勝でベルギーを破り、初のベスト4進出を決めたのと同等の価値を持つマイルストーンと言えるだろう。

30年、40年前ならいざしらず、現代バスケットボールにおいて男子、女子の両方で金字塔を打ち立てたホーバスは、唯一無二の地位を確立したと言える。男子、女子ともにサイズよりスピードを重要視し、3ポイントシュートを多投するスモールバスケットボールと、戦術は同じで強いこだわりを見せる。一方で選手へのアプローチ方法は真逆だ。

女子代表におけるホーバスは、根底にしっかりとした信頼関係があることが前提だが、選手への強烈な叱咤激励が珍しくない鬼軍曹スタイルで規律、連動性に優れたチームを作り上げた。しかし、男子代表においては、女子代表に比べると選手の接し方はかなりソフトとなった。そこには数カ月における長期の代表活動を通して選手たちと密な関係を作る時間が豊富にある女子と比べ、リーグ戦の過密日程もあって代表活動が制限される男子との大きな違いもあるだろう。

例えば今回の男子は、本大会前の強化試合で低調な内容による敗戦が続いたが、それでもホーバスはポシティブな部分、チームへの自信を強調していた。個人的な感想だが、女子代表で大会直前に男子と同様のプレー内容を見せれば、メディアを前にした会見でも「これでは金メダルを取れない」と憤りを露わにしていた印象がある。それが正反対のソフトな接し方をしていたホーバスだが、必要に応じて鬼の部分を見せる時もある。

この象徴と言えるのは、フィンランド戦で25得点9アシストを挙げた河村勇輝、17得点を記録した富永啓生と、アップセットの立役者となった22歳の若手コンビへの対応だ。彼ら2人は日本の枠に留まらず世界を舞台に活躍したいという強い覚悟と向上心、そして負けん気の強さを持っている。だからこそホーバスは、2人に関して時に厳しい態度を取ってきた。

例えば1年前の河村は平面での激しいプレッシャー、鋭いボール嗅覚を生かしたスティールなど守備におけるゲームチェンジャーとして目立っていたが、一方でオフェンスはパス偏重とも言えるプレーセレクションで相手にとって怖さはなかった。そして昨夏に仙台で行われたイランとの強化試合で、河村が消極的なプレーに終始すると試合終盤、わざわざベンチの前で河村に「なんでシュートを打たない!」と喝を入れた。その後の河村の変貌ぶりは言及するまでもない。フィンランド戦ではNBA有数の若手スターフォワードであるラウリ・マルカネンを相手に、スピードのミスマッチを生かした1on1を積極的に仕掛け、ドライブやプルアップシュートを決め続けた。

トム・ホーバス

「オーストラリア戦は自分たちのペースでできれば、勝つチャンスはあります」

また、富永についてはクイックリリースから放たれる3ポイントシュートを特別な才能として早くから高く評価し重宝してきた。ただ、富永は2番ポジションとしてはアンダーサイズで、守備については不安定さを露呈。特に大会直前の強化試合では、ギャンブルプレーに出て失点に繋がるミスが目立ち、爆発力と守備の脆さがある諸刃の剣となっていた。

ホーバスは会見で何度か富永の守備面について否定的なコメントを発した。そしてワールドカップ初戦のドイツ戦では、このマイナス面によりベンチスタートへと起用法を変えている。しかし、富永はこの変更を発奮材料にした。フィンランド戦で、代名詞のディープスリーでチームの起爆剤になるだけでなく、課題であった守備面では集中力を切らさず、タフに守り続けて穴とならなかった。

「若い富永、河村はオフェンス面で大きな勢いを与えてくれました。そして富永はとても激しい守備を見せてくれました。これは私たちにとって重要でした」。こうホーバスは、大一番で自身の叱咤に応える活躍を見せたフィンランド戦の2人を称える。河村、富永による長距離砲の爆発があることで、日本の理想とする内と外のバランスが取れたオフェンスができたと振り返る。

「3ポイントシュートが入り始めると、相手はリスペクトしないといけません。守備が外をカバーするようになると、スピードが出せます。富永、河村の3ポイントがホットになることで、4クォーターでジョシュ(ホーキンソン)がオープンのレイアップを決められるようになりました」

フィンランド戦の勝利は、男子バスケットボール界の歴史を変えた。しかし、ホーバスにとっては通過点の1つであり、当然のように満足することはない。明日のオーストラリア戦に勝利し、2次ラウンド進出、アジア1位でのパリ五輪出場のことしか考えていない。

試合後の会見でオーストラリアメディアからの質問を受けたホーバスは、「オーストラリアは世界ベストのチームの1つです。彼らはドイツに負けて、より勝利に対してハングリーになり、全力を出してくるでしょう」と、東京五輪3位の難敵へ敬意を示した。

だが、どんな相手にも日本が萎縮することはないと続ける。「オーストラリア戦は良いシュートが打てると思います。自分たちのペースでできれば、勝つチャンスはあります。私たちは大会に参加しにきた訳じゃない、勝つために来ています」

ホーバスがチーム作りの根幹として常に強調するのは、『信じる力』だ。そして相手に応じて臨機応変に時に叱咤、時に激励と方法を変える。この絶妙な判断が優れているから彼は傑出したモチベーターとなり、チームのポテンシャルを最大限に引き出せるのだ。フィンランドより格上のオーストラリアに勝って再びサプライズを起こせるとホーバスは信じている。そして、彼の信じる力は日本代表の選手たちだけでなく、バスケットボールファンにも伝搬している。再びバスケ旋風を日本に巻き起こす準備は万端だ。