「願わくばこのチームで、また来シーズンを戦いたい」
トリスタン・トンプソンは2011年のNBAドラフトで1巡目4位指名を受けてキャバリアーズに入団した。レブロン・ジェームズがヒートに去った翌年のことで、キャブズは低迷期にあったが、3年後にレブロンが戻って来てからは4年連続でNBAファイナルに出場し、2015-16シーズンには優勝を勝ち取っている。2018年にレブロンがレイカーズへと移籍した2年後、トンプソンも9シーズン在籍したキャブズを離れた。
この時まだ29歳。堅実なリムプロテクターとしての能力は健在だったが、慣れ親しんだ環境から離れて苦戦が続きだった。セルティックスを1年で退団し、昨シーズンはキングスとペイサーズ、ブルズと3チームを渡り歩いが本領発揮には至らず、今シーズンに彼と契約しようとするクラブは現れなかった。
キャブズでレブロンとともにNBAの頂点を目指して戦っていた彼にとっては受け入れがたい状況だっただろうが、彼はこれまでやれなかったことを満喫した。午前中は現役選手としての時間で、朝6時から身体を鍛え、休憩を挟んでスキルのトレーニングを毎日続けた。午後からは家族と過ごし、夜になるとNBAの試合をチェックする。引退するつもりはなかったが、来たるべき将来を見据えて『ESPN』で解説者の仕事もスタートさせた。
「これまでは父親らしいことがほとんどできなかった。子供たちの父親であることに勝るものはないから、1分1秒を楽しんだよ。アナリストの仕事については機会を与えてくれた『ESPN』に感謝したい。僕の出来については今のところ良い評判しか聞かないから、いずれ本格的にやると思う」とトンプソンは語っている。
それでも彼は、シーズン終盤にビッグマンの層を厚くし、ロッカールームに経験をもたらすベテランを必要とするチームが必ず出てくると信じて疑わなかった。カリフォルニア州に住んでいるトンプソンにとってレイカーズは近しい存在で、すべての試合をチェックしていたため、3月に練習参加の打診があった時点で「オフェンスもディフェンスも、レイカーズのプレーはすべて頭に入っていた」と『The Athletic』に語っている。
練習参加でレイカーズ首脳陣に見せたのは、彼がこの8カ月間ずっと続けていたメニューだった。契約が決まってヘッドコーチのダービン・ハムから最初に言われたのは、「君が必要だと思えば、いつでもどんな内容でも発言していい。これからプレーオフに向かうチームに、君の経験とリーダーシップが必要になる」だった。
彼も自分の役割は理解していた。加入が決まった直後の会見で、トンプソンはこう語っている。「シーズン後半に加わる選手は、リーダーシップを発揮してチームをまとめられる人物でなきゃいけない。チームの士気を下げないのは当然として、15得点できるかどうかって話じゃない。レイカーズのようなチームにはもう土台が出来上がっている。それを前進させるために何ができるかを考えるんだ」
レイカーズはレギュラーシーズン終盤を粘り強く戦い、プレーオフへと進出した。トンプソンはセンターの控えで、若いウェニェン・ゲイブリエルとモー・バンバより下の4番手。八村塁やジャレッド・バンダービルトがセンターで起用されれば序列なさらに下がる。加入はしたものの、レギュラーシーズンでの出場機会はなし。だがその状況に腐ることは一切なく、ベンチから『声』を出し続けた。
若手に声を掛けるだけでなく、アンソニー・デイビスにも盛んにアドバイスを送った。プレーオフの初戦、グリズリーズのピック&ロールに対する守り方について、トンプソンはずっとデイビスに指示を送り続けた。7ブロックと3スティールを記録したデイビスは「本当にありがたい。僕に声を掛けてくれる人が必要なんだ」とトンプソンのサポートについて語っている。
トンプソンに初めて出場機会が回って来たのは、ウォリアーズとのカンファレンスセミファイナル第2戦。かつてNBAファイナルで戦い続けた相手との再戦だったが、現実は第4クォーター開始時点で30点差を付けられたガベージタイムだった。その後も、勝敗の決まった場面での数分が彼の出番。しかし、ナゲッツとのカンファレンスファイナルで0勝3敗と追い詰められた状況で、トンプソンにガベージ要員ではない役割が回って来た。ニコラ・ヨキッチ対策で八村塁がセンターで先発起用され、その2番手に抜擢されたのだ。
もう後がない状況でのギャンブル的な起用法だったが、トンプソンは素晴らしいパフォーマンスを見せた。繋ぎの時間帯の出場でも、ヨキッチの柔軟なスキルに粘り強く対応し、アーロン・ゴードンのパワフルなアタックを身体ではじき返し、ファストブレイクからダンクまで決めた。プレーオフでは5試合に出場して32分プレー。ラストゲームの10分間が唯一意味のあるプレータイムとなったが、そこで4得点1リバウンドと最良のインパクトを残している。
トンプソンは「どんなチャンスが来ても大丈夫なように準備していた。自分の背番号が呼ばれたら、ただコートに出て自分のプレーをするだけだった」と語っている。
シーズン最後の会見で彼は、レイカーズが敗れてもなお良い組織であることを強調した。「期待通りにいかないことがたくさんあったと思うけど、シーズン途中のトレードで立て直せた。レブロンがケガをしたシーズン終盤、そこで加わった若手がチームを第7シードに引き上げて、最終的にカンファレンスファイナルまで行けた。このチームがどこからスタートし、どこまで行けたか。若手が多いことも考慮すると、素晴らしいシーズンだったと思う。願わくばこのチームで、この夏にみんな1%でも自分を成長させるように努力して、また来シーズンを戦いたい」
彼自身もレイカーズでの挑戦を続けたいと願っている。「僕にチャンスを与えてくれた感謝は言葉では表せない。チームの期待に応えられたことを願うよ。このチームにまた戻って来たい。トレーニングキャンプから始めて、勝利を追い求めたい。僕はこのチームが好きだし、このチームが築いているものが大好きだからね」
最後に、引退を示唆するようなレブロンの発言について、彼とは10年来の付き合いで「チームメートというより兄弟」というトンプソンの見解を紹介しておきたい。「引退? レブロンほど負けず嫌いなヤツはいないよ(笑)」