ジャパネットホールディングスがプロバスケットボールチーム立ち上げを計画した2020年夏、伊藤拓摩はここに加わった。公募によりクラブ名が長崎ヴェルカとなり、選手を集めてB3リーグに参戦してB2に初挑戦している今シーズンまで、伊藤はヘッドコーチ兼GMという役職にとらわれず、バスケを熟知する人間としてクラブの立ち上げに尽力した。昨シーズンはヘッドコーチ兼GM、今シーズンはGM専任となったが、生まれて間もないクラブは変化も成長も早い。今年1月1日から伊藤は代表取締役社長に就任した。Bリーグ初年度の開幕戦をアルバルク東京のヘッドコーチとして戦った伊藤は、激動の日本バスケ界の中で立場を変えながら、「プロって何だろう」の答えを探し続けている。
「理念を体現し、ミッションを達成するためにバスケのスタイルを作る」
──長崎に来て、チーム名もロゴもない、選手が1人もいないところからヴェルカを立ち上げました。地元を代表する企業であるジャパネットホールディングスの下、クラブを作り上げる話は魅力的でしたか?
僕も日本を2年ほど離れていたし、ジャパネットと言えば髙田明社長のイメージでしたが、最初のミーティングの前に自分で調べてみると、ホールディングスとして事業を増やしていて、その時点でスタジアムシティプロジェクトにも「すごい!」と思わされました。
まだBリーグができる前から「プロって何だろう」と考えてきたし、Bリーグになってからもリーグの存在意義について自分なりに考えていました。その一つはバスケがあることでその街に魅力が生まれ、そこに暮らす人たちの生きがいができるとはっきり言えることだと思うようになりました。スタジアムシティプロジェクトは地域創生、長崎を若い人に魅力を感じて残ってもらえる街にするのが目標で、そのためのヴェルカなんです。
最初に明確にしたかったのは理念、ミッションです。理念としてはエンタテインメントを発信し、長崎の皆さん、応援してくれる人たちにワクワクしてもらうこと。それを体現するためのミッションとして、地域の経済にどう貢献していくのか、エンタテインメントをどう発信していくのか、長崎にちなんで平和をどう発信していくのか。その理念を体現し、ミッションを達成するためにバスケットボールのスタイルを作っています。
僕はずっと『Has it』という言葉を使っていて、これは「あいつ、持ってるね』という意味なんですが、『HARD』、『AGGRESSIVE』、『SPEED』、『INNOVATIVE』、『TOGETHER』という5つのキーワードを最初に作りました。
常に一生懸命に仕事ができる、仕事やバスケにアグレッシブに取り組める、スピード感を持ってスピードの中で生きる、そして前例にとらわれず新しい戦術戦略をやっていく。これに合う人材を集めるようにしました。それは選手だけでなく事業の部分にも言えて、最後の『TOGETHER』はホールディングスとしての総合力、組織力を生かすという意味で、選手にしてもスタッフにしてもそこからブレずに集められました。
──ゼロからスタートしたチームは昨シーズンにB3に参戦し、1年目でB2に昇格。B1昇格を目指す位置にいます。ここまでのクラブの歩みは順調だと思いますか?
そうですね。でも何と言っても2年目のクラブなので、もっと力をつけなきゃいけません。認知度、人気力ももっと上げなきゃいけない。それが上がれば上がるほど成し遂げられることも大きくなります。1年目はすごく注目してもらえて良いスタートが切れたので、2年目の今が勝負ですね。
社長就任は「ワクワクして、挑戦したいという気持ちに」
──スタジアムシティプロジェクトも含め、Jリーグのサッカーチームも同じグループにいるメリットは大きいですか?
本当に大きいと思います。ゼロからチームを立ち上げる上で、プロチームが全くない地域でなかったのがまずプラスでした。V・ファーレン長崎を応援する人は地元愛が強いので、そこにプロバスケチームができることでまず興味を持ってもらえて、V・ファーレンもヴェルカも応援する人がすごく多いです。チーム名が決まったぐらいからJリーグの会場にお邪魔してヴェルカの存在をアピールできたのは本当に助けられました。
これまではコロナ禍で、経営陣のやり取りは多いのですが選手同士の絡みはそれほどできなかったので、お互いに選手が相手の試合を見に行くような機会を増やして、お互いの人気を上げていきたいです。
──GMとヘッドコーチをやってきて、今年から社長になりました。Bリーグの中で若い社長は増えていますが、やはりビジネスサイドからの起用が多く、バスケの人材がクラブのトップになるケースは少ないように思います。社長を任されたことに対する思いはいかがですか?
前任の社長である岩下英樹とゼロから一緒にヴェルカを作ってきたという思いが僕には強いので、「岩下さんとずっと一緒にやりたい」という気持ちはあったし、正直なところ「岩下さんじゃないと無理でしょ」という思いもありました。ですが岩下さんはV・ファーレンの社長も兼任していて大変そうでしたし、ヴェルカだけの狭い目線ではなくホールディングスとして見た場合、そしてスタジアムシティプロジェクトの成功を考えれば、今回は岩下がそちらに注力すべきなのは理解できます。
バスケのコーチは19歳から準備してきたので、急にチャンスが来ても大丈夫だと思えましたが、社長の話をいただいた時は「無理でしょう」と思ったし、「誰か推薦できる人はいないかな」とも思いました。ですが、そんなことを考えているうちに、「自分だったらどうするか」と考え始めていたんです。
19歳でコーチを志した時とちょっと似ているんですよね。選手をあきらめるショックは大きかったんですけど、コーチになるワクワクが勝った。それと同じだったんです。GMの責任は強化だけですが、社長になったら経営の責任も負わなきゃいけない。もちろんプレッシャーは大きいです。でも、考えるうちにワクワクして、挑戦したいという気持ちになり、引き受けることを決めました。
「なぜ新B1に行くのか、を常に考えたい」
──ヴェルカはまだ新しく、これから発展していくクラブです。クラブ経営においてどこに重きを置いていきますか?
全方向にやっていくのは良くないので、3つのことに集中するつもりです。一つは行動規範の統一で、いわゆるヴェルカスタイルを選手だけじゃなく事業側でも共通のマインドにすることです。もう一つは認知と人気を上げることで、まずはヴェルカを認知してもらい、そこからもう一歩進んでヴェルカの結果が気になるぐらいまで認知を上げる。また地元だけでなくバスケットボールファン全体にヴェルカをもう少し認知してもらいたいです。3つ目はコンテンツのワクワク感を上げることです。昨シーズンより2年目の今シーズン、マインドの部分を測るのは難しいですけど、認知と人気、エンタテインメントについては数値目標を定めて、しっかり追いかけていくつもりです。
今は社員一人ひとりと個人面談をして、ヴェルカに来るまでの経緯やキャリアプラン、大切にしていることを聞いています。強化では選手と一人ずつ面談するのは当たり前で、バスケチームのマネジメントは経営にも通じると思っていますし、逆に言うと僕はそのやり方しかしらないので、まずはそれで行こうと思っています。
──今はどのクラブも新B1に向けて覚悟を持って進んでいます。ヴェルカはどういうスタンスですか?
もちろん新B1に入ることが目標ですが、「なぜ新B1に行くのか」を常に考えたいです。先ほども言ったように、一番大事にしたいのは理念やミッションで、理念を体現するためにミッションを達成しなければならない、そのために新B1に行く必要がある、と考えます。新B1に行くために必要な数字はありますが、例えば観客数を増やすために無料招待をやり続けて、それが当たり前になってチケットを買う習慣をなくすのでは本末転倒です。何のために新B1に行くのか、それは理念を体現するためで、最高のエンタテインメント、日本でここにしかないようなエンタテインメントを作ることができれば、そこにはお客様に来ていただけると思うし、そのための集客をどう持っていくかの話もできます。本質の部分を高めるために数字をどう取るのか、そういう方向に持っていきたいです。
──ホールディングスの高田旭人社長は「長崎の人は地元愛はあるけど自信がない。優勝すると言ってもそのイメージを持てない。優勝することでヴェルカの存在価値を出したい」と話していました。とはいえ新規チームであるヴェルカがB1で優勝するまでには長い道のりがあります。拓摩さんは優勝に向けてどのような絵を描けていますか?
僕はコーチ側と経営側の両方の意見を持っています。優勝するには良い選手に来てもらう必要があり、そのためには多様性を持った魅力が必要です。そんなヴェルカの魅力を社長として作り続ける、選手が来たいと思うクラブにしていく。そのために勝つために必要なカルチャーを作りたいと思っています。
優勝するのがどれぐらい難しいかはシビアに分かっていて、クラブだけでなく街全体で勝たなければ優勝はできないと思います。応援という後押しがあればあるほど選手もコーチも頑張れるもので、その応援をどうやって作っていくのか、それを長崎の皆さんの『自分ゴト』にしてもらう。ライバルに比べるとちょっと厳しいかもしれないと思われるかもしれないですが、その過程も楽しんでもらい「今シーズンは行ける」という期待感を大きくしながらチームを強くしていくのが理想ですね。
まずは面白いバスケをするチームを作りたいですが、将来的にはバスケ以外も含めたエンタテインメントすべてで楽しんでもらえる、ファンだけじゃない多くの人にワクワクしてもらえる魅力がある。そんな長崎ヴェルカにしていきたいです。
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