安斎竜三

「所属する人間が一人ずつ変わっていかなかったら、組織は何も変わらない」

越谷アルファーズから求められたのは、安斎竜三にしかできない仕事だった。

宇都宮ブレックス創設から15年。リーグで最も熱狂的なファンを集めると言われているブレックスのホームゲームに、少ない人数しかいなかった時をも経験している安斎だから知っていることがある。

選手にあきらめない姿勢を植えつけるためにはどうしたらいいのか? 熱狂的なファンを集めるにはどうしたらいいのか? ファンにもあきらめないで応援を続けてもらうようにするためには、何をすべきなのか?

だから、安斎は越谷のアドバイザーとしてこんなことを求められた。「ブレックスのようなカルチャーを作るために、知恵と力を貸してほしい」

そんなオファーを受けた時、同時にこんな風に返している。「カルチャーを作るのはすぐにはムリですよ! もちろん、僕にできることは何でもやらせてもらいますけど……」

そう答えた理由は以下の通りだ。「僕が単独で何かを変えるのは難しいからで。所属する人間が、一人ずつ変わっていかなかったら、組織というのは何も変わらないと思うんです」

例えばの話ではあるが、選手が試合を負けても悔しそうな素振りを見せず、ヘラヘラ笑っていたとする。それはプロにあるまじき姿だ。「負けたら笑うな」とコーチが一喝すれば、確かにその選手は同様のシチュエーションで笑うことはなくなるかもしれない。しかし、「~するな」と言ったところで、なぜ笑うべきではないかを理解できるかどうかはあやしい部分がある。

そもそも、試合に負けて悔しがらないのは、プロの責任を理解していないから。悔しがるどころか、ヘラヘラ笑っていようものなら、自分たちを支えてくれるファン、スポンサー、ホームタウンの人たちに対して失礼にあたる。だから、笑うなんてありえないわけだ。逆に言えば、自分たちがどういう人たちに支えられているのかを理解し、目の前の試合に心の底から勝ちたいと考えて試合の準備をできるようになれば、負けた時に笑うことなんてなくなる。

「そのためには、まず、フロントが変わったとか、本当にチームや勝利のために頑張っている姿を見せるようになるしかないんですよ。そうすれば、少しずつ、選手も変わってくると思うんですよね」

もちろん、安斎の仕事はそうしたクラブの理念にかかわるものだけではない。昨シーズンのBリーグの最優秀監督賞を受賞した彼は、経験豊富なコーチとして、同じ立場の者たちに伝えることがある。

たとえば、今季のプレーシーズン中の練習でのこと。チーム全体のシュート力を上げるというのがテーマの一つとして挙がっていたため、安斎はこんな提案をした。「すべての選手の毎日のシュート練習の本数を記録して、それを全員が見られるようにしたらいいと思う」

企業の営業部の壁に、各社員が獲得した契約の数をグラフにして張り出すようなイメージだ。これをやれば、もともとの練習量の少ない選手は、自分の努力の量の少なさに気がつける。

また、プロスポーツ選手で負けず嫌い『ではない』選手などいないから、そうやってライバルたちの練習量を目の当たりにした選手たちの多くは、自主的に量を増やしていくことになる。なにより、コーチに言われるのではなく、自主的に取り組むことこそが成長に繋がる。

安斎竜三

「試合を見に来てくれる人の数を増やしたいという想いが今は一番大きい」

「実は、ここにいる間にコーチの育成もできたらなと考えているんです」。安斎がそう考えるのには理由がある。

現役引退後すぐにアシスタントコーチになるタイミングで、当時のブレックスでアシスタントコーチを務めていた佐々宜央(※現宇都宮ブレックスヘッドコーチ)にコーチの考え方や振る舞いについて教えを乞うたことがある。佐々は安斎よりも歳下だが、大学時代から学生コーチを務めているため、コーチ経験ははるかに長かったからだ。

Bリーグを制した昨シーズンは、安斎がヘッドコーチに就任してから、アシスタントコーチの裁量をもっとも大きくした1年だった。その1年の中で、前述の佐々だけではなく、もう一人のアシスタントコーチである町田洋介からも色々なことを学んだ。「僕は自分がやってきた経験ならば伝えていけるし、コーチの中にもそういう経験を伝えていける人が増えていければいいなと思っているんです」

謙遜気味に想いを語りつつ、安斎はその仕事に情熱を燃やす真の理由を明かす。「結局、コーチがやる気を出さなければ、選手がやる気を出すわけがないんです。だから、まずはコーチが自分の仕事を突き詰め、取り組んでいかないといけない。それは本当に大事なことなんです」

チームにカルチャーを植え付けていくためにも、選手が競技面で成長していくためにも、彼らにバスケットボールクラブの成り立ちを教える立場の人や、バスケットボールを教えるコーチが成熟しないといけない。それが安斎の考えだ。フロントスタッフも、コーチも、選手と同じように真のプロフェッショナルであることを求められる。むしろ、選手よりも早いタイミングで変わらないといけない分だけ、しんどい役割なのかもしれない。

安斎は、この仕事を引き受ける際、アシスタントコーチやヘッドコーチをしているときよりも自由な時間が増えるのではないかと考えていた。しかし、その考えは自ら覆すことになった。安斎を求める声はフロントからも、チーム側からも多い。結局、練習には毎回顔を出し、試合でもベンチに座ることになりそうだという。それでいてクラブと地元、スポンサー、ファンとの関係構築にも汗を流す。

だから、1週間のうちの半分は(電車1本で通える距離にある)宇都宮にある家族の住む家を離れ、越谷に借りた単身用のマンションで寝泊まりすることになりそうだ。ただ、それもうれしい悲鳴かもしれない。

「まずは試合を見に来てくれる人の数を増やしたいという想いが今は一番大きいんです。そのためにはどうしたらいけないのか。すべての試合に勝つことはできなくても、必ず良いゲームをしないといけないし。そして、『アルファーズって良いチームだよね、応援したいよね』と思われるようしないといけないです」

そんな目標がある。だからこそ、安斎は自分に言い聞かせるように、こう話すのだ。「そのためには、選手だけではなくて、コーチも、フロントも、それぞれの立場で必死になってやることを見せないといけない。そして、それを続けていくことです。そういう姿を見せていけるようになれば、少しずつではあっても応援してくれる人は増えていくはずですから」

ブレックスがチームとしても、チームを取り巻くファンやスポンサーとの関係も、高く評価されているのは、ブレックスにかかわる人たちが懸命に戦っていくなかで築き上げられた。同じようなことを成しとげるのは簡単ではない。

ただ、ハッキリしているのは、そのためには情熱を注ぐ安斎のような人がクラブには必要だということ。果たして、アルファーズと安斎の取り組みは、どんな未来を創るのか。平坦な道ではないが、アルファーズと安斎がアドバイザーとしてかわした契約が、明るい未来の第一歩だったとしても決して不思議ではない。