渡邊雄太

ラウリーが移籍したことで消えた高度なチームディフェンス

渡邊雄太の4年目のシーズンは、ケガによりプレシーズンで1試合しか出場しなくてもロスター枠を勝ち取ったように、チームから大きな信頼を得た状況で始まりました。ローテーションの一角に加わる時期もあり、シーズン途中までは順調でしたが、1月に健康安全プロトコル入
りし戦線離脱すると、以降は出場機会を失っていってしまいました。
手に入れていた信頼をアクシデントで失った流れではありますが、そこには渡邊本人のプレー以上に、ラプターズのチーム事情も絡んでいました。

ラプターズが渡邊に期待していたのは、運動量とハードワーク、そして攻守におけるプレーの切り替えの速さにありました。特にディフェンスにおいて異常な守備範囲と万能な役割をこなすOG・アヌノビーの代役としての期待が大きく、昨シーズンに難しいチームディ
フェンスを理解して水準以上のプレーを見せたことが本契約に繋がりました。他の主力と比べてアヌノビーと同時起用されることが少なく、また対人ディフェンスに強さを見せるスタンリー・ジョンソンよりも渡邊を選んだことからも、多用な形で貢献できるディフェンス力がローテの一角に食い込めた理由でした。

しかし、昨シーズンまでラプターズが見せていた高度なチームディフェンスそのものが、シーズン後半になると消えてしまいました。新加入選手が多く連携が失われたことや、何よりもチームの頭脳であったカイル・ラウリーが移籍した影響で、ポジショニングミスも増えれば、オフェンスパターンも減ってしまい、戦術そのものを見直すことになりました。次第にチャレンジ&カバーのシンプルな守り方へと変わっていき、運動量や切り替えの早さよりも、対人のディフェンス力やリムプロテクト能力が重視されていったため、渡邊の出番が減っただけでなく、リーグ最高の守備範囲を誇っていたアヌノビーの異常性も見えにくくなりました。

オフェンスでも同じ様なことが起きました。ラウリーをポイントガードにしたラプターズは、ポストを経由したパスワークや、オフボールでの崩しなど、多彩な攻撃パターンを持っており、相手の弱点となるスペースを活用し、次から次へと流れるようにプレーが移行していくのが特徴でした。シーズン前半はこれまで通りのオフェンスを目指していましたが、次にすべきことを理解しておらず途中でブレーキになる選手がいただけでなく、そもそも『ディフェンスの弱点を見極める』ことができておらず、高度なチームオフェンスは形だけのものになってしまいました。

渡邊雄太

ドライブの決定力が低い選手が避けられることに

そしてシーズン後半になると、5人全員がアウトサイドに広がってインサイドにスペースを空けておき、パスカル・シアカムやスコッティ・バーンズが1on1からのドライブでペイントアタックを繰り返す極めてシンプルなオフェンスになっていきました。そのため周囲の選手はパスアウトからの3ポイントシュートとシュートフェイクからのドライブという個人のアタック能力が重要になり、ドライブの決定力が低い渡邊を使う理由も減っていきました。

このことは渡邊だけでなく、マラカイ・フリンやスビ・ミハイリュクも影響を受けており、シュート力はあってもドライブのフィニッシュ力が低い選手は避けられ、フィジカルと高さで押し切れるビッグマンが優先的に起用されることになりました。攻守にシンプルな戦術へと変わっていったことで連係ミスがなくなり、また上手くいかなくてもリバウンド力でカバーする狙いがありました。選手間の共通意識が必要となるパスワークやオフボールのポジショニングなど連携力で勝負していた昨シーズンから、シンプルな個人技アタックの組み合わせへの変化は、あまりにも大きく、必要とされる選手像もシーズン中に変化していったのです。

ロールプレーヤーにとっては、チーム戦術にフィットするかどうかがすべてです。昨シーズンまでのラプターズは渡邊にとって最高の環境でしたが、今シーズンはチーム事情によって難しい環境になってきました。一方でシーズン前半は昨シーズン同様の戦術を採用していたこともあり、ラプターズが本来やりたいのは高度な連携を使った戦術であり、今シーズンはラウリーという『インテリジェンス』が失われたことで、致し方なくシンプルな戦術を採用した印象もあります。

ビッグマンを並べたラプターズの新たな戦術は新風を巻き起こしてくれましたが、苦肉の策という印象も拭えず、プレーオフでは限界も示してしまいました。この路線を続けるのか、それとも本来の形を取り戻すための補強に動くのか次第で、渡邊がラプターズに必要とされるかが決まってきます。渡邊自身は個人技よりも連携を重視し、運動量や切り替えの速さを評価してくれるチームの方が向いている選手ですが、新たなチームでゼロから戦術にフィットしていくのは簡単ではないため、できればラプターズには元の形に戻って欲しい所です。

いずれにしてもフリーエージェントになる渡邊は自由にチームを選べます。もちろん『チームから選ばれない』可能性もあり、開幕をNBAで迎えられないかもしれません。ただ、今シーズンのラプターズのようにシーズン中に戦術を変更することもあれば、ヘッドコーチ交代やトレードによってロスターが足りなくなるチームもあり、いつどこでチャンスが訪れるのかわからないのもNBAなだけに、5年目のシーズンも必ずチャンスがあるはずです。ファンとしても再び渡邊のプレーが観れる来シーズンを楽しみに待ちましょう。