石橋哲哉×片峯聡太

全国区の強豪であり、昨年12月のウインターカップを制して日本一となった福岡大学附属大濠は、外部からコーチを招いている。Jr.ウインターカップで決勝進出を果たしたKAGO CLUBの丸田健司がスキルコーチとして参加。さらにもう一人、メンタルコーチとして加わっているのが石橋哲哉だ。国土交通省から脱サラした異色の経歴を持つメンタルコーチは、片峯聡太コーチから『スペシャリスト』として信頼され、選手たちと接している。ウインターカップでもチームに帯同したという石橋コーチに話を聞いた。

石橋コーチは「自分の持っている力をどう発揮するかに焦点を当てる」

──まずは石橋さんがメンタルコーチとなるまでの経緯を教えてください。

石橋 もともとは国土交通省に勤務していたのですが、研修でコーチングに出会ったのを機に本格的に学び始め、10年前に独立起業しました。その時はプロゴルファーのメンタルコーチだったんです。そこから人の縁があって、8年前からバスケスクールでもメンタルコーチをやるようになりました。

──続いて片峯コーチにお聞きします。全国区の強豪チームに集まる選手はみんなメンタルが強いと思うのですが、外部からメンタルコーチを入れる必要性はどういった部分にあったと思いますか?

片峯 大濠高校の一つの理念として、一流の選手、日本を代表するような特別な選手を育成して世界と戦う、ということがあります。そのためには私自身のコーチングはもちろん、スキルにしてもメンタルにしても特別なアプローチが必要だと思っていました。私がメンタルについて学んで選手たちにフィードバックするまでに10年近くかかる。その間に選手たちは卒業してしまいます。だったら今の時点で考えられるスペシャリストは誰なのかと考え、スキルの面では丸田さん、メンタルの面では石橋さんだと。選手として人間として実力をつけてほしい、そのサポートをしていただきたいと思いました。

──石橋さんのどういった点を見込んで指導を依頼したのでしょうか。

片峯 昔は押し付け型の根性論でしたが、実力をつけて次のステージに送り出したいと考えれば、自分のメンタルは自分自身で磨けるようになってほしいです。これまでも何人かのメンタルコーチと話したことがあるのですが、どうしても『自分のタイプに染めていく』という方がおられます。そんな中で出会った石橋さんは、自分の持っている力をどう発揮するかに焦点を当てていました。選手が自分自身で実力をつける、その実力を発揮する術を磨くことができれば、大濠のその先のステージでも活躍できるし、バスケに限らず今後の人生で必要不可欠なスキルになります。だから私も選手たちとともに勉強させてもらっています。

──バスケの指導をするにあたって、また大濠で全国トップレベルの選手を指導するにあたって、難しいことはありましたか?

石橋 全国を狙うチームだから、という気負いはありませんでした。それは大濠でもバスケスクールでも、プロゴルファーを指導していても変わりはありません。目の前のこの人が持っている力を100%発揮するにはどうすればいいのか、自分がそこにどれだけ貢献できるかを考えているので、プレッシャーはありませんでした。心配だったのは部活動に入っていくのが初めてだったので、どういうかかわり方をするのが良いのか、ということですね。それは1年半やって、まだ模索中です。

石橋哲哉

「一つひとつの思いを整理して、少しずつ目指す方向に変化させる」

──最初に想定していたより難しかったこと、思っていたほど難しくなかったことはありますか。

石橋 始めてみて感じたのは、大濠の選手たちが私の話をしっかり聞いてくれることでした。聞いてはいても左から右に流されるものかと思っていたのですが、みんなしっかり聞いてくれます。基本的にはセミナーのような形で、月に1回で話をしています。また不定期で私に時間がある時は練習終わりの時間を見計らって体育館に行き、聞いてほしいことがあれば聞くようにしています。ただ、年頃の男子ということもあって、最初は話は聞いてくれても向こうからはなかなか話に来てはくれなかったですね。メンタルは強制できません。フィジカルトレーニングであれば無理やりやらせても筋肉はつきますが、メンタルで無理をさせても逆効果になるだけです。いかに本人たちにメンタルへと意識を向けてもらうか、そこに自分がどのタイミングで入っていくか、それは今も考えながらやっています。

──ここまでで選手が抱えていた悩みがどんなものだったか、差し支えない範囲で印象的なものを教えていただけますか。

石橋 ウインターカップに関連する話ですが、練習が身に入らない仲間がいて、そこにどうアプローチすべきか、という話がありました。心配している選手から相談があり、練習に身が入っていないと見られている選手にも話を聞きました。まず周りからどう見られているかを指摘し、誤解されるよりは理解される方が良いとアドバイスしました。その選手は「自分はやりたいのに気持ちが入っていかない」との悩みを持っていました。練習に自分の気持ちを持っていけないのは、やる気がないのとは違います。そこのギャップに悩んでいました。

──それに対してどんなアドバイスをしましたか?

石橋 少し難しい話になりますが、そこで大きな変化は大変なので、自分の一つひとつの思いを整理して、少しずつ目指す方向、こうなったら良いねという方向に変化させようと。大きいことをしようして一歩も動けないのでは何も変わりません。そうやって気持ちを整理する手伝いをして、仲間とのコミュニケーションをもう少し取った方が良いんじゃないか、という話をしました。

片峯 みんな何も考えていないわけじゃないし、何も行動できない選手ではありません。どうにかしたいという思いを持っていろいろ行動してみて、自分のプレーでも試行錯誤して、その中で分からなくなって相談に行っていたんですよね。そこで必要ないものを石橋さんに削ってもらって、すっきりした気持ちでバスケに臨める。そういった変化が出てきたと思います。

──石橋さんが加わって2年目が終わろうとしています。片峯コーチから見た成果はどのようなものですか?

片峯 やっぱり選手たちはずっと学校教育、部活動の中で過ごしているので、親や学校の先生との時間をかけて築いてきた関係性に安心感を抱くことが多く、それが石橋さんの言う「最初はなかなか話に来てくれない」なんだと思います。ただ、石橋さんにしても丸田さんにしても、選手が困った時、上手く行かない時に本当に良いポイントでアドバイスをしてくださると、選手は一気に惹き込まれます。そういう意味でスペシャルな存在じゃないと受け入れられないと思うんですよ。これが言い方は悪いですけど生半可な、自分の実績作りのために来たような外部の人であれば、ウチの選手たちはそっぽを向いていたんじゃないかと思います。

片峯聡太

「選手たちには『そうだな』ではなく『そうかな?』と思ってほしい」

──大濠はウインターカップで優勝しましたが、石橋さんはチームに帯同していたそうですね。1年の総決算の大会で、特に3年生にとっては高校バスケ最後の大会で、メンタルの持ち方が非常に難しいと思います。

石橋 25日からチームに合流しました。試合になれば私の出番はないので、みんなが宿舎に帰って来てから次の朝に出発するまでが私の出番になります。選手が不安になるのは夜だろうから、28日までは毎晩いつ誰が来てもいいように備えていました。連日試合がある中で結果を出し続けなければいけない状況で、自分が思うようなプレーができず、切り替えられずに明日もダメじゃないかという不安とかが強かったです。あの時期にいろんなことを変えるのは時間的に難しいので、自分が上手くやれていたことに意識を向けるような声掛けをメインに話をしました。気持ちを整理して余計な荷物を降ろしてあげることは同じで、学校で聞くのか東京の宿舎で聞くのかの違いで、私がやっていることはいつもとほぼ変わらなかったです。

片峯 今回、私は楽だったんですよ。楽と言ったら語弊がありますけど、石橋さんやアシスタントの支えがあって大きなトラブルもなく、大会期間中すごく落ち着いていられました。選手の近くにいて話を聞いてあげていると、見たくないものが目に入ってくることもあります。データ分析も自分一人でやっていたら大変です。ですが今回はそれぞれの情報を集約して、食事の時に選手に確認の意味で話を聞いてもらうぐらい。ちょっと選手と距離がありすぎて、私としてはあまり楽しくなかったのかもしれません。もちろん、優勝という結果は最高のものなんですけど(笑)。

──ウインターカップ優勝には様々な要因があったと思いますが、石橋コーチがもたらしたのはどんな部分でしたか?

片峯 3年生がやっぱり良いマインドを持っていました。自分の願望だけでなく、チームが勝つために何をするのかに全員の意識を持っていけました。石橋さんのアプローチがあって、その大事な部分を最終的に良い方向にもっていけたと思います。また、メンタルの部分は私もずっと本を読んだりいろんなセミナーを受けて学んでいます。結局、選手たちはコーチである私の言葉を耳にしてプレーしますから、石橋さんがどれだけ良いことを伝えてくれても、私が試合でおかしな方向に持っていけば台無しになります。それが今回のウインターカップでは、選手たちがあれだけ良い輝きを放ってくれた。そこには私の言葉の選び方や量も関連付いていると思います。それは石橋さんから私が学ばせてもらった部分でもあると思っています。

石橋 片峯コーチは言葉のチョイスが良いんですよ。言葉のチョイスが間とかタイミング、エネルギーの量と合わさって、選手に響くんです。スキル的なことを教えていても、それと同時にコーチの思いを伝えている。そういう場面を何度も見てきました。

──選手たちに響く話し方として、意識していることはありますか?

片峯 普段の指導で話すことに対して、選手たちに「そうだな」と思わせたらダメだと思っています。「そうかな?」と思ってほしい。コミュニケーションを取る中での「そうかな?」は、私の言葉と自分の考えを対峙させているわけですよね。その結果として「やっぱり自分の考えが正しい」とか「先生の言っていることが腑に落ちる」となってほしいんですよ。ただ、試合が近づくとその時間はないので、「そうだな」と思ってもらえるように短く的確な言葉を使ったり、そういう工夫はいつもしています。

──ちなみにウインターカップで優勝して新チームになって、大濠は何か変わりましたか?

片峯 空からいろんなものが降ってくるかと思ったんですが、何も変わらずです(笑)。去年の良いことはすべて忘れて今年に臨んでいます。私自身も変わりませんし、また1年しっかりチームを作って勝つことだけを考えていこうと選手にも話しています。