文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦、足立雅史

「私自身、メンタルの部分で不安はあります」

昨日行われたWリーグ開幕記者会見。女王JX-ENEOSサンフラワーズのキャプテンとして登場した吉田亜沙美は、「毎年変わらず2冠達成を目標に掲げているので、そこに向かって」とか「見ている方々に感動と勇気を与えられるようなチームに」といった開幕への意気込みを語った。

リオ五輪でAKATSUKI FIVEが見せた痛快なパフォーマンスは、Wリーグへの注目アップに繋がった。JX-ENEOSと富士通の開幕戦は金曜と土曜の両日とも早々にチケットが完売。女子バスケの勢いを感じずにはいられない。

それでも吉田の発言に勢いが感じられないことに違和感を覚えた。「本当であればメダルを持って帰って来て、メジャースポーツにして開幕を迎えたかったんですけど……」と吉田は言う。「結果がすべての世界なので、オリンピックでダメだった分はリーグ戦で、少しでもバスケットボールの魅力だったり楽しさを知ってもらいたい」

そもそも、アメリカ代表に敗れてリオでの冒険が終わった直後に吉田が発した次の言葉がずっと気になっていた。

「私は集大成だと思っていたので、満足のいく結果が得られたらいいと思っていたんですけど、メダルまでもう少しだったという部分がやっぱり、メダルを取って帰りたかったという部分もあります。また東京オリンピックは若い子がしっかり良い経験をして、メダルを勝ち取ってもらいたいと思っていますので、私はまた新たな目標を見つけながら、大好きなバスケットをやれればいいかなと思います」

燃え尽き症候群? 仮にそうであっても不思議ではない。リオ五輪に懸ける思いはそれほど強いものだった。メンタルの懸念について質問された吉田は、はぐらかすことなく率直にこう語った。

「リオに懸けてきた思いが強かったので、オリンピックが終わった後には達成感だったり満足感だったりが、すごくありました。私自身、メンタルの部分で不安はありますので、難しいシーズンになっていくのかなと思うんですけど、少しずつ気持ちを上げていって、オールジャパンとリーグの2冠を達成するために、オリンピックの時のモチベーションに近い状態に持っていければいいなと思います」

モチベーションの源は「探し中です」

リオ五輪での戦いにすべてを出し尽くして『空っぽ』になったのだとしたら、あれだけのエネルギーを再充填するためのモチベーションを見いだすのは相当難しいはずだ。リーグ開幕を目前に控えてこう書くのははばかられるが、何年もかけてようやくたどり着き、ありとあらゆる力を出し尽くしたリオ五輪の後に、8連覇中のリーグで9連覇を目指せと言われても、それは義務とか責任であって『夢』ではなく、やはりハートに響かないのではないか。

「リセットして空っぽになったところから、新しく再起するモチベーションの源は何ですか?」と、そんなものはないであろうことを承知で質問してみた。吉田は素直に「探し中です」と答えた。

「夢がオリンピックで、それを追いかけて10年かけて出場権を得たので、じゃあ今の目標や夢って何だろうとなった時、やっぱりリーグの中で探していきながら、そのモチベーションだったり、自分がどうなりたいか、どこを目標としてやっていくのか、それをじっくり自分と向き合って考えて、見つけていかないと」

「このまま夢や目標がないままやってしまうと、それ以上の成長はないですし。オリンピックを経験したことで、もっともっと上手くなりたいという気持ちは強くなったので、それは4年後の東京オリンピックを目指すのか、それとも違う挑戦をして別の夢を追いかけるのか、それをこのシーズンの中でいろいろと探して、見つけ出していけたらいいなと思っています」

「上手くなりたいからこそ、不安や心配がある」

リオ五輪出場権の獲得、そしてメダルへの挑戦と、モチベーションには事欠かない状況が続いた後だけに、現状に対する焦りや不安はないのだろうか。「焦りはないですけど不安はあります」と吉田は言う。

「昨シーズンはオリンピックがあったからこそ、リーグの中で自分がステップアップして成長していく部分があって、もっと上手くなりたいとか、自分がどう変わるべきかを考えながらやれていました。じゃあ今は……もちろんバスケットは上手くなりたいし、大好きだという思いはありますが、夢とか目標がない今、どこを起点として取り組んでいくのかという不安はあります。上手くなりたいと思っているからこそ、やはりそういう不安だったり心配はあります」

もしかすると、ここから新たな夢や目標を探し出して、モチベーションを自ら再充填することは、リオ五輪に向けて突っ走って来たこの1年よりも大変なのかもしれない。ただ、これから始まるWリーグの中で、新しいモチベーションを探すことを決心した。勝ち負けよりもよほど難解で、かつキャリアにとって重要な課題に吉田は向き合っているが、とにもかくにも最初の一歩は踏み出せた。

「じゃあ『ありました!』という話が聞けるのを楽しみにしています」と声を掛けると、「私も話せるように頑張ります」と吉田は笑顔を見せた。

なんだかようやく『開幕の抱負』が聞けたような気がする。開幕を迎えたコートに立ち、ゲームが始まってさえすれば、吉田の闘志にはバチッと火がつくのかもしれない。そこには不安も心配もないだろう。10月7日、満員の観客で埋まった代々木第二体育館で、『リオ帰りのキャプテン』はどんなプレーを見せてくれるのだろうか。