千葉の有名進学校の指導者から、類い稀な情熱と行動力で今では女子日本代表のアシスタントコーチと、去年の大学王者である東京医療保健大のヘッドコーチを兼任するようになった恩塚亨。キャリアの歩みを追った前編に続き、後編ではそのコーチング哲学を深く紹介したい。
東京医療保健大と女子日本代表を支える恩塚亨(前編)「自分の人生は自分で作る」
「代表選手は自分が上手くなることに対して積極的」
──代表スタッフとしての歩みについて詳しく教えてください。まず、女子日本代表に自ら売り込んでテクニカルスタッフとなりました。この行動に至ったきっかけはありましたか?
大学の学長との面談で「どんな実績があるの?」と聞かれた時に、「渋谷幕張高校で県大会に行きました」ぐらいしか答えられないんです。だからしっかりとした実績を作りたい、そしてバスケットにかかわる以上は日の丸をつけて仕事がしたいという思いがありました。
それで自分にできることは何か。飛び込みでコーチをやらせてもらえるわけがないので、雑用でも何でも、これだったらできるというのを見付けて、その時は梅嵜(英毅)さん(リオ五輪での女子代表アシスタントコーチなどを歴任)に受け入れてもらいました。最初は自費で海外の大会に帯同したこともあります。
──いきなりの売り込みで採用された理由は何だったと思いますか。
便利だと思われたからじゃないですか? 試合映像をオタクみたいなヤツが編集してくれるって言うからやらせてみよう、みたいな(笑)。
それでも、最初は早く結果を出さなければという焦りがありました。その焦りから「私はこんなことができます」というスタンスだったのが良くなかったです。そうじゃなくて「私はあなたの役に立ちたいんです」という姿勢が大事なことに気付きました。自分の取り組み方のベースを変え、そこに日々の積み重ねがあって、周りの反応も徐々に変わっていったと思います。
──代表活動で得られるものは、どのような部分ですか。
一番は一流選手とそうじゃない選手の違いを見られることです。ウチの選手は日本代表ではないので、違いがどこにあるのか見比べられるのは面白いです。代表選手のバスケに対する考え方、取り組み方は、大学での指導に生きます。代表選手は自分が上手くなることに対して積極的ですし、喜びを見いだせます。だけどウチの選手たちは、「何のためにバスケをやっているのか」のところがまだまだで、うまくなりたい思いの強さの違いを感じます。
「自分の意思でコートに立ってプレーしているか」
──東京医療保健大は創部から10年で強豪の地位を確立しました。その過程でリクルティーングも大事な要素だと思います。どんな部分をPRして選手の勧誘を行っているのですか。
一つは成長できるプログラムがあることです。ウチの学生には話していますが、大学に行くのは力をつけるため。高校卒業時点で自力で生きていくだけの力があるなら、大学に行く必要はありません。どんな力をつけるのか、それは夢を叶えるための賢さだったり、強さだったりする。これはバスケット的な部分だけでなく、社会の中でどう考えていくかなど、いろいろです。
バスケットの面と、考え方の面でちゃんとした答えを見つけ、人生の目標を持って、プレーヤーとして成長していける人生の座標軸を持つ。そういう力を4年間の中で培うことに魅力を感じてくれて、お互いに必要とできたら良いんじゃないかと。それでも「相当ハードワークだよ」とは最初に言います。
成長できる環境を強調するので、選手と最初に面談する時は「どんな人生を生きていきたい?」と聞きます。ただ、高校生はほとんど答えられません。それを一緒に考えていきながら作っていこうと言います。
世の中にはいろんな大人がいると思うんです。例えば「プロ野球選手になりたい」って言われた時、「無理だよ」と返す人もいます。でも、それをプロ野球選手が聞いたら「そのためにはこれが必要だよね」と言えると思うんです。私はいろいろな人に出会って、いろいろなことをやらせてもらってきた中で、自分の目標を叶えるための道は必ずあると思うようになりました。だから「それを一緒に考えていくことはできる」とは言います。
そして、目標を絶対に叶えられると言ってくれる大人が近くにいることは、学生にとってすごく大事だと思うんですよね。最近は特に自分に自信のないタイプが多いと感じます。例えばウチの津村(ゆり子、昨年のインカレMVPで現在はWリーグの羽田ヴィッキーズに所属)はユニバーシアードの存在すら知りませんでした。今回のアジア競技大会に出場した永田(萌絵)もインターハイに出場したことがありません。そういう高校時代に実績がなかった選手にも絶対に道はある、それを一緒に考えていこうと思っています。
なので、ウチはこういうスタイルで、こういった起用を考えている、というバスケの話は最後に話しますね。まずは、これからどんな人生を歩んでいきたいのかについて、じっくり聞きます。
──津村選手や永田選手のように、高校時代に実績がなくてもコーチが欲しいと思う選手は何が違いますか。
言い方は難しいですけど、顔ですね。顔を見ます。顔の何を見るかっていうと、自分の意思でコートに立ってプレーしているかどうかです。
仕事の本質は一つしかない、「喜んでもらうこと」
──東京医療保健大は少数精鋭という印象が強いです。1学年で何人と決めていますか?
1学年で5人から6人ですね。全体で多くても20人ちょっと。人数を絞るのは、サービスを提供するという考えからです。選手は私たちのプログラムに対して興味を持って来てくれています。例えば1対1でビデオを見たり、トレーニングの指導をします。人数が多くなってしまうと、個々に十分なサービスが行き届かなくなる。だから希望する全員にOKということはありません。
しっかりしたサポートをするために、学生スタッフもしっかり教えます。試合が終わった後、50から多いときには200項目ぐらいをまずは学生スタッフが分担して話をします。そこでちゃんと整理をして、その後で私と話しをするといった形を取っています。
学生スタッフも頑張ってくれていますし、だからこそ卒業したら実業団からスタッフのオファーもあります。今はそういう進路を目指してこの学校に来る学生もいます。先日もそういう生徒が学校に来てくれて、「見込みがありそうだけど、じゃあ受験はどうするの?」と聞いたら「もう受かっています」と。そういうのはうれしいですね。
──教え子にはどういう人になり、どんな人生を歩んでほしいと思いますか?
自分の人生の座標軸を持って生きていくことです。中でも仕事は大きなポイントになります。仕事の本質は一つしかない、「喜んでもらうこと」だと学生にはよく話します。私はバスケットのプロフェッショナルのコーチとして、バスケの意識とか考え方とか、これからの人生の生き方などを話して、自分も学生も強くなっていく充実感や手応えを感じられることが大事です。それがお金とはまた別の大きな報酬として、自分のモチベーションにできたら、人生は充実します。
そうなっていけば多分、日曜日の夜に「明日から仕事か……」と思うことはありません。明日から仕事に行って、自分のした仕事で喜んでもらって、それが自分のモチベーションになっていく。そういう考え方ができるような仕事をする。そんな考え方、生き方をしてほしいです。
──一番大切にしているコーチとしての哲学は何ですか?
そう難しくは考えません。先ほども話したように『道は必ずある』です。人は見ようとするものしか見えません。だからどういう状況でもその日にできる最大の努力をする。良い時もあれば悪い時もありますが、その時々で自分ができるベストの手を打つ。それは常に心がけています。
──最後に、これからコーチキャリアとしてどういう道を目指しているのか教えてください。
先のことはあまり考えていないです。とにかく、今日と明日を一生懸命に生きること。今、目の前にいる選手がどうやったらレベルアップできるかを追求しています。
選手の成長のために、今以上にちゃんとした考え方を提供できるようになる。それによって選手自身に「成長したい」と思わせられるコーチになりたいです。強い気持ちを持つ熱いプレーヤーと、お互いに必要とし合って頑張れるのが一番だと思います。その部分はずっと変わりません。