アービングがレブロンとコンビを組んだ時代を語る「とにかく注目され大変だった」

2018/06/17
NBA&海外
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写真=Getty Images

『優勝以外は失敗』というキャブズの環境に困惑

今から1年前、カイリー・アービングはキャバリアーズにトレードを要求した。2016年の球団初優勝に貢献した功労者の行動に世界中のバスケットボールファンが驚き、その理由に関するあらゆる憶測が世の中に出回った。

周囲が考えるアービングのキャブズ退団理由の中で最も多かったのは、レブロン・ジェームズとの不仲説だった。レブロンがヒートから故郷クリーブランドに帰還することを決断した2014年以降、キャブズは2011年のドラフト全体1位指名選手であるアービングのチームではなくなり、レブロンのチームに戻った。現役ベストプレーヤーが復帰した以上、球団には優勝が義務づけられる。優勝を現実のものとするため、2014年ドラフト全体1位指名選手のアンドリュー・ウィギンズを交換要員にしてまでティンバーウルブズからケビン・ラブを獲得し、ビッグ3が誕生した。

この超強力ビッグ3を中心とするキャブズは、東カンファレンスを席巻。2016年のNBAファイナルでは、ファイナル史上初、1勝3敗に追い詰められてからの3連勝で大逆転優勝を果たし、レブロン、アービング、ラブのキャブズは歴史に名を刻んだ。

その2年後、レブロンと別れて我が道を行く決断をしたアービングは、セルティックス入団会見で「自分より大きな何かの一員になりたかった」と語った。あれから1年が過ぎ、ポッドキャスト番組『Bill Simmons Podcast』に出演したアービングは、「レブロンと一緒にプレーして何が大変だったか」と質問されると、「とにかく注目されない日はなかった」と答えた。

「とにかく注目された。自分がキャブズでプレーし始めた時は、レブロンが帰ってきた時の半分くらいの観客の前でやっていた。それが突然、ホームでもロードでも満員になって、敵地でもホームゲームのように感じられるようになった。メディアからの注目度も一気に高くなって、プレッシャーも厳しくなった。まるで、『優勝以外は失敗』という烙印を押されるくらいにね。その上で、チームのシステムにフィットする方法を見つけないといけなかったんだ。バスケットボールは組織的な競技で、戦術へのフィットは重要。それが大変だったね」

いまだに彼らの不仲説を唱えるメディアもあるが、この発言こそ、アービングがトレードを要求した真の理由ではないだろうか。競い合うことが大好きなアスリートならば、史上最高の選手の一人と呼ばれる存在と一緒にプレーする、あるいは対戦して自分の力を証明したいと思うもの。アービングには前者の機会が与えられ、彼らは2016年に一つの大きな結果を残した。

アービングは初優勝後も1年間レブロンと一緒にプレーした後、移籍という結論に至った。紆余曲折を経て名門セルティックスに加わったアービングは、若い選手中心のチームを引っ張るリーダーになり、キャブズ時代に比べバスケットボールだけに専念できる環境を手に入れた。

選手なら優勝を目指すのが当然。しかし、優勝は選手が求めるものであって、義務ではない。アービングが移籍を希望した理由は、レブロンとの関係悪化でもなければ、キャブズに嫌悪感を持ったからでもなく、純粋にプレーを楽しみたいという気持ちが先行した結果だった。

アービングは来シーズン終了後プレーヤーオプションを行使しフリーエージェントになる可能性が高く、すでに去就に関する噂も出始めている。1年後に次の契約先を決める時も、昨年と同様に、バスケットボールに集中できる環境を優先するのではないだろうか。