選手のポテンシャルを信じ、個性を優先するチーム作り
ペイサーズはプレーオフが始まる直前に、ヘッドコーチを務めるネイト・マクミランとの契約延長で合意しました。しかしチームがヒートとのファーストラウンドで敗退すると、一転して解任を決断。ペイサーズのフロントによる手の平を返したような対応には、他のチームのヘッドコーチからも批判の声が上がっています。
就任から4年連続のファーストラウンド敗退、しかもうち3回がスウィープ(0勝4敗)とプレーオフで結果を出せていないのは事実ですが、戦力的に充実しているとは言えない上に、シーズンの大部分でビクター・オラディポを欠きながら、東カンファレンス4位へとチームを導いたことは評価できるはず。それだけに感情的と批判されても仕方のない決断でした。
現レイカーズのフランク・ヴォーゲルからチームを引き継いだマクミランでしたが、1年目が終るとポール・ジョージのトレードという衝撃的なオフが待っていました。このトレードで加入したビクター・オラディポとドマンタス・サボニスは、今ではオールスター選手に成長したものの、当時は「ペイサーズはチームを解体して再建に進んだ」と見られ、期待されない再スタートとなりました。
しかし、2017-18シーズンが開幕してみると、スターターとベンチに関係なく出てくる選手の誰もが活躍し、目の肥えたインディアナのファンから『特別なチーム』と認識されるようになりました。チームも選手も好調を維持したことで、フロントはシーズン途中でトレードを考えたものの、「この特別なメンバーを変えないでほしい」と選手がストップをかけたとも言われています。
プレーオフではレブロン・ジェームスを擁するキャバリアーズを第7戦まで追い詰めながら敗退しましたが、マクミランが作り上げた『特別なチーム』には称賛の声しか上がりませんでした。
翌2018-19シーズンはすっかりチームの顔となったオラディポ中心のチームとして奮闘するも、そのオラディポがシーズン途中で右足大腿四頭筋腱断裂の大ケガを負ってしまいます。これでチームは失速すると思われたものの、培ってきたチーム力は落ちることなく、ボーヤン・ボグダノビッチを中心としながらも誰もが活躍し、どこからでも得点できるチームとして変わらぬ強さを維持しました。
しかし、オフになるとボグダノビッチを含め、多くの選手の契約が切れたことでロスターは大幅に入れ替わり、迎えた今シーズンはマイルズ・ターナー以外のスターターが一新されたチームとなりました。再び再構築を迫られたマクミランでしたが、2年前と違って「ペイサーズは再建に進んだ」という予想はなく、期待通り安定した強さで勝利を重ねてきました。
つまりマクミランは、毎シーズンのようにチームのエースが変更される環境に置かれながら、その影響を微塵も感じさせず、誰もが活躍する好チームを作り上げてきたのです。『バブル』ではTJ・ウォーレンの爆発がありましたが、他のチームではポテンシャルを見すごされていた選手を開花させる手腕を発揮してきました。
一方でこれだけ選手が変わりながら、マクミランのオフェンスには戦術的な特性には乏しく、極めてオーソドックスな形ばかりを採用しており、シーズンを通して選手が好む形に変化させていきます。それは『マクミランらしさ』には欠けているし、オフェンスのアイデアにも乏しく、戦術家の面はありません。選手がやりたい形に落とし込んでいくのがマクミランのコーチングでした。
選手のポテンシャルを信じ、個性を優先することで、誰もが活躍できるチームを作る。そして戦力不足といわれたチームを堅実に勝利に導いていく。自由にやらせるだけならば簡単ですが、しっかりと結果に結び付けていくマクミランのバランス感覚は絶妙でした。選手を信頼し、選手から信頼されたマクミランの手腕は、一歩間違えれば低迷していたペイサーズを安定して勝てるチームに導いてきたのです。
プレーオフではコンビプレーの要であるサボニスを欠いたことで、プレーを読み切られてしまいました。選手を信じて任せていた分、マクミランから能動的に変化をもたらすのは難しく、それがプレーオフで勝てない要因なのも事実です。しかし、『マクミランの信頼』そのものがペイサーズのチームカラーになっていただけに、なおさら衝撃的な解任劇でした。
後任候補には、より独自色の強いプレーを構築するタイプのコーチも噂されています。それは選手の良さを最大限に引き出してきたマクミランとは全く異なる路線であり、ペイサーズは大きな転機を迎えることになりました。3年前に戦力不足と思われたチームはマクミランによって見事に勝てるチームになりましたが、今回は『勝てるはずなのに勝てなかった』からヘッドコートを交代させる判断を下したわけです。プレーオフで勝つための変化は、チームのバランスを大きく崩すことになるかもしれません。