経営破綻から3年──クラブを存続させたことで上向き始めた茨城ロボッツの奇跡

2018/04/18
Bリーグ&国内
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文・写真=泉誠一

「何かが起きる可能性を高めていると実感しています」

NBL2014-15シーズンが始まったばかりの2014年12月、当時のつくばロボッツは経営が破綻した。ロスター15人中11人が自由契約選手リストに載る前代未聞の事態だった。やむなくリーグ管理下による延命措置を行い、再契約や新たに選手を迎えながらそのシーズンを乗り切る。会場は300人を切ることも珍しくはなかった。

負債を抱え、消滅してもおかしくない状況だったが、「チームをなくしてはいけない」と立ち上がったのは、当時のNBL専務理事としてクラブ再建に尽力していた山谷拓志である。栃木ブレックスを立ち上げ、軌道に乗せた実績ある新社長を迎え、2015-16シーズンより再スタートを切った。

「これまでいろんな方の協力を得ながら積み重ねてきた行動があったからこそ、いろんな出来事が起きているわけです。ダメ元だと思って営業に行ったらスポンサーになっていただけたり、最初は無謀だと言われましたがチラシ配りをすれば、何人かが反応して会場に来てくれました。行動の母数を増やしてきたことで、何かが起きる可能性を高めていると実感しています」

山谷が茨城で種を蒔き、毎日地道に水を与えてきた。2018年4月15日に行われたホームゲームで、その芽がようやく出てきたと感じる。ファイティングイーグルス名古屋に2連勝を挙げた茨城ロボッツは、B2中地区首位に立った。閑古鳥が鳴いていたつくばカピオは最多入場者数を記録し、超満員に膨れあがる。「3年半前に経営再建でこのチームに来た時から比べれば、見違える姿になった」と山谷は率直な印象を語る。『石の上にも三年』とはよく言ったものだ。

今シーズンより茨城に移籍してきた平尾充庸は、以前は対戦相手としてこの会場を訪れており、「200~300人しか入ってなく、本当にガラガラの状態でこのチームは大丈夫なのかと思っていました」と振り返る。

次々と選手が抜け、指揮官までいなくなった状況下、ヘッドコーチ代行として窮地を支えてきた岩下桂太にとって、満員の光景はどう見えただろうか。「茨城のプロチームにはずっと関わり、そのどん底も見てきました。いろんな荒波があり、ここカピオで勝った経験も少ないです。それが連勝でき、首位に立てるなんて、当時から思えば考えられないことです。何よりも2日連続でカピオを満員にできたことがすごい。以前は開幕戦であっても、なかなか埋めることはできませんでした。感慨深いですし、100点ゲームで快勝できたことはすごく誇らしいです」

あの時、最悪な状況であってもクラブを潰さなかったことで小さな軌跡が起き始めている。

『勝利』を一番の目標にしなければ絶対にダメ

上の写真は2014年当時のもの。熱心に応援してくれるファンもいたが、客席はガラガラだった。水戸市に本拠地を移転するも急激な伸びは見られず、昨シーズンの平均入場者数は1090人、営業利益は約1000万円の赤字だった。しかし今シーズンは、前年比142%増となる平均1544人を集客し、「B2でも売上レベルは高い方に行けそうです。累損赤字を消せる準備もできています」と山谷も手応えを感じている。

地元開催の国体へ向け、水戸市に5000人アリーナが2019年春には完成する。さらに2020年完成を目指し、筑波大学が8000人アリーナを建設することも発表されている。充実した環境整備の追い風に乗って、来シーズンのB1ライセンスも手に入れた。

スポーツビジネスにおいて『勝利』というミッションも目指さなければいけないと、筆者のバイブルである「トップスポーツビジネスの最前線」(講談社)という著書には書かれている。中地区首位に立つ好成績を収め始め、経営面でも伸びている茨城はこのミッションに当てはまるように感じた。一方、これまでもプロクラブ経営において、勝敗は関係ないという言葉も聞かれてきた。では、山谷はどっちのタイプなのか?

「勝ち負けを争うスポーツである以上は、会社としてもチームとしても『勝利』を一番の目標にしなければ絶対にダメだと僕は思っています。そのために努力や投資をしているわけです。自分自身がアスリートやコーチをしてきた経験からも信念として掲げています。その目標がなければ、選手たちが勝利に向かってやる気があっても会社はどう考えているんだろうと不安になってしまいます」

山谷は社会人アメフトチームの選手として活躍。その後もコーチやGMとしてチームに携わってきた経験を生かし、畑の違うバスケでも経営者としてその手腕を発揮している。

お互いに相乗効果で努力していく循環が大切

こちらの写真は今シーズンのもの。観客動員はここまで平均1500人を上回っている。コート上で戦うチームと運営サイドが両輪となって回ることで、プロクラブは初めて前へと進んで行く。B1ライセンスを取得し、先に成果を挙げたのは運営サイドだった。「会社としてやることをやったんだから、あとはお前らが勝てよ」と山谷はチームに良いプレッシャーを与える。中地区首位に立った今度は、「運営サイドが負けないようにチケットを売って換金していかなければなりません。チームの成績と会社の経営はお互いに相乗効果で努力していく循環が大切です」

チームにとって勝つことが最大のミッションであるが、『普及』の大切さも選手は感じ取っていた。平尾は言う。「チームが地域に密着してきたと実感し始めています。試合が続く中でも、どれだけ選手たちが地域の活動に参加できるかも非常に大事になってきます。地域の皆さんを大事にしながら、また地域の皆さんに愛されるチームにしていきたいです」

経営破綻になった時、リーグ側にいた山谷には、このクラブを消滅させる決断もできたはずである。「でも、あの時にチームをなくさなくて良かったと本当に思っています。ゼロになったら何もできません。今こうして上向いているのもチームが茨城にあるからです」

バスケットは流れがあるスポーツである。このチャンスをつかめなければ、這い上がるのは最低1年先となり、その厳しさは増していく。上昇気流に乗ってB1昇格まで駆け上がるためにも、『勝利』のミッションに終わりはない。