「逆境に耐え、課題を克服すれば、暗闇の中でも光になれる」
ジェレミー・リンはロサンゼルスで生まれ育った台湾系アメリカ人で、ニックスでプレーした2011-12シーズンに『リンサニティ』と名付けられる大活躍を見せ、アジア系アメリカ人のバスケ選手の象徴となった。その後はケガが相次いでクラブを転々とし、今シーズンには北京ダックスと契約して中国リーグでプレーすることになった。
その彼は新型コロナウイルスの影響が中国で広がったタイミングで、故郷のカリフォルニアに戻っている。そこから世界的パンデミックへとウイルスが拡大する中、彼の意識は大きく変わっていった。そして今、アメリカの各地でアジア系アメリカ人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が急増する中、リンは『The players’ tribune』へ寄せた手記で自身の気持ちを明かした。
リンは最初に「僕は自分のしてきたことが恥ずかしく、これを正直に書くかどうかすごく悩んだ」と記している。感染がまだ世界的パンデミックと呼ばれる前から、リンは中国とアメリカの両方に高額の寄付をして、人々の注意喚起を行ってきたが、それも彼の中では納得できていなかったようだ。
「感染が始まった時、僕は震源地にいたにもかかわらず事態を真剣には受け止めなかった。自分がプレーしている国、祖父母が生まれ育った国で人々が苦しんでいるのに、僕は自分のことだけ考えていた。リーグが中止になった時も、カリフォルニアに戻って、ハンバーガーでも食べて気持ちを切り替えようと思った程度で、正直に言えば人々が危機に瀕しているのを現実とは受け止めず、のんびりしようと考えていた」
その後、アメリカでも感染が広がり、NBAのシーズンが中断される状況になって、ようやくリンは事態を現実のものとして感じられるようになったと書き進める。さらに彼にとって衝撃だったのは、ニューヨークにおけるアジア系アメリカ人への嫌がらせや暴行といったヘイトクライムの急増だ。
「ブルックリンで暮らす兄の家族が心配になった。こうしてようやく、僕が本来持っていたはずだった、人々を思いやる感情が一気に出てきたんだ。隔離生活を続けていて何もすることがない中で、北京では人々が普段の生活を取り戻しつつあり、アメリカでは無人のタイムズスクエアの様子を見ながら、中国で現地にいながらここまで何の準備もしてこなかった自分の愚かさを思い知り、どうすべきだったのかを考えた」
こうして本来の自分を取り戻したリンは、光と闇について書く。光とは例えば最前線で戦い続ける医療従事者やボランティアのこと。そして闇は、ヘイトクライムだ。
「僕はアジア人なので、ずっとそんな言葉を浴びせられてきた。リンサニティが一番すごかった時期でさえも『帰れ』と罵られた。でも僕には慣れたことだったし、波風を立てるのではなくバスケットボールに集中しようとしてきた。しかしこの数週間、ただのひどい言葉では済まなくなっている。アジア系アメリカ人は、自分の国で暮らしているにもかかわらず、唾を吐かれ、ひどい言葉を浴びせられ、実際に暴力に遭っている」
リンが触れたのは、テキサス州のスーパーマーケットでアジア系アメリカ人の家族がナイフを持つ暴漢に襲われた事件だ。「僕が知るすべてのアジア系アメリカ人が、この時期にヘイトクライムの被害を見聞きしている。世界中でアジア人への差別が急増している。これはクレイジーだし、悲しいことだ。僕が大好きな、アメリカで暮らす友人たちが、外出するのを本当に怖がっている。ウイルスだけでも大変なのに、なぜこんな恐怖にまで怯えなければいけないんだろう? 全世界が命懸けでパンデミックと戦っている中で、余計な争いをする余裕があるとは思えない」
こうしてリンは、読者たちにこう呼びかける。「英雄的な行動をする必要はないんだ。苦しんでいる人たちの様子を知るだけでいい。配達してくれる人に十分な感謝を示せばいい。イジメを受けている人のために立ち上がるとか、お気に入りの地元の書店やレストランをサポートするとか。このロックダウンへの理解とか、君自身のヘイト的な投稿を止めるとか、そういうオンラインでの対応でもいい」
「この先の道は簡単なものじゃない。死者の数が増え、失業率が上がり、ヘイトクライムのニュースがまた出るかもしれない。それでも、希望が持てない時も僕らが一緒なことを忘れないでほしい。一緒に悲しみ、事態に対処し、そして最後には豊かさを取り戻すんだ。それぞれが善い行動をすることが大事。そうやって逆境に耐え、課題を克服すれば、暗闇の中でも僕たちが光になることができる」
「読んでくれてありがとう、みんな愛してるよ!」で、リンは自らの手記を締めくくっている。