柔道女子48kg級でシドニーとアテネの2大会でオリンピック金メダリストとなった谷亮子は2005年に出産し、その後も「ママでも金」を公言してアスリートとして世界に挑戦し続けた。ただ、母親になって2007年の世界選手権で優勝したものの、2008年の北京オリンピックでは銅メダル止まり。『世界の谷』をもってしても、簡単な挑戦ではなかった。
同じように、母親になってオリンピックの金メダル獲得に挑む選手が5人制のバスケットボール女子日本代表に現れた。大﨑佑圭、29歳。間宮佑圭(旧姓)として2016年のリオ五輪に出場。2017年に結婚して、2018年春の時点で妊娠していることを発表。それと同時に所属していたJX-ENEOSサンフラワーズでの選手登録をせず、代表活動にも参加しないことを決めた。この時点で女性アスリートの活躍の選択肢を増やす意味での現役復帰に意欲を持っていたが、それと同時に「生半可な気持ちではできない」との思いもあった。2018年末に第1子を出産。『育休』は長引き、大﨑がコートに戻ることはないかと思われた。
しかし、先日のオリンピック予選に向けた代表合宿に大﨑の姿があった。昨年12月に入ってから急ピッチで身体を作り、今年に入ってからバスケを再開したという急ごしらえ。それでもトム・ホーバスヘッドコーチのバスケを知っていること、これまでに積み上げた国際経験がモノを言い、オリンピック予選のメンバー12人に加わった。そして試合では、プレータイムは限られたものの『大﨑らしい』プレーを随所に見せた。大会が行われたベルギーから帰国し、空港で出迎えた子供を3週間ぶりに抱っこした大﨑に少しだけ時間をもらい、『ママアスリート』の意気込みと手応えを語ってもらった。
「今回のチャレンジはとにかくポジティブなものに」
──長旅でお疲れのところ、また久々に子供と会えたところでの取材で恐縮です。代表経験が豊富な大﨑選手ですが、帰国して子供の出迎えを受けるのは初めてですね。どんな感覚でしたか?
そうですね。3週間も離れていたので、どんな反応をするのか楽しみだったし、ずっしり重くなっているんだろうなと抱っこするのが楽しみでした(笑)。でも楽しみな反面、帰国と同時に育児が始まるという気持ちもあって(笑)。一人でバスケに集中するサイクルに慣れたところなので、また生活がガラッと変わると思って帰国しました。
──現役復帰して最初の実戦はスウェーデン、ベルギー、カナダといきなり強豪揃いでした。大﨑選手の感覚として「自分はこれだけできるだろう」という予想値に対して、どんな手応えがありましたか?
最後の試合は結果としては負けでしたが、個人としては良い終わり方ができました。ディフェンスで身体を張ったり、3ポイントシュートだったり、ゴール下でファウルをもらったり、次に繋がる良い終わり方ができたと思います。その前の2試合ではオフェンスの判断の遅さ、良い判断ができなかったりとか、実戦はやっぱり難しいとすごく感じました。
ですが、ひとまとめに「今回どうだったか」というのは説明するのが難しいです。復帰して初の実戦だし、一言では評価できないですね。でもどんなものであれ、今回のチャレンジはとにかくポジティブなものにしたいと思っていました。トムとの個人ミーティングで最初に「絶対にヘッドダウンしないで、ずっとポジティブでいるように」と言われました。自分自身の思いもそこにあって、反省点があってもそれは落ち込む要素ではなく、次に次にとポジティブに考えて生活していました。今回はポジティブに大会を終えて、次のステップアップに繋げられればいいなと。もちろん、プレーの反省点や修正しないといけないところは山積みですよ。でも、良い一歩だったと思っています。
「今は呼ばれた時の数分ですべてを出すだけ」
──代表合宿が始まった時点では「渡嘉敷来夢選手と髙田真希選手をどれだけ休ませられるか、それが仕事」と話していました。ところがベルギーに着いたところで髙田選手にアクシデントがあり、やるしかない状況になりました。
タクとマキちゃん(渡嘉敷と髙田のコートネーム)を休ませるのは最終目標で、今はまだまだ全然、戦力にも程遠いぐらいに感じています。ここからしっかり修正して、身体も完璧に戻して、それで休ませる時間が増えていけばと思っています。今回に関しては戻って来て一発目だったし、マキちゃんがぎっくり腰で出られなくなりましたが、自分にとってチャレンジであることに変わりはないので、私が精神的に揺れるようなことはなかったですね。
──しかし、3戦目のカナダ戦で先発起用されたのには驚いたのでは?
それは驚きました。トムにも「びっくりしたでしょ」って言われました(笑)。試合当日の朝、セカンドユニットはアジャストと言って対戦国のプレーを練習でやるんです。それを全部確認してミーティングに入ったところで「今日はスタート」と言われて、もう頭が真っ白(笑)。それでも、個人のミーティングで「ディフェンスを評価して出す」と直接言われたので、とにかくディフェンスをやるんだ、ということだけを考えて試合に臨みました。
──個人的には、課題はまだまだあるにせよブランクを感じさせないプレーで、戦力として十分やれると感じました。
マジですか!?(笑)。やっぱり体力はないし、いろいろ戻って来ていない感覚です。でも今までとは違って、40分プレーする覚悟で行くわけじゃありません。自分が任されるポイントがあって、そこに全力を注ぐんだと考えています。もちろん今まで全力を注いでいなかったわけじゃないんですけど、今の体力で長い時間出るとなったらいろいろ考えなければいけませんが、今は呼ばれた時の数分ですべてを出すだけなので。
それでも、自分としても良かったのは身体が張れたことかな。もともとぶつかり合いは苦手じゃないので「これこれ、この感覚!」なんて思いながら(笑)、ディフェンスでガンガン行けました。
「一歩一歩確実に地面を踏んで、オリンピックへ」
──ホーバスヘッドコーチとの信頼関係は相当に強いようですね。
今回、トムが私を入れてくれたのは相当な覚悟、相当なチャレンジだったと思います。その期待には何とかして応えたかったです。もちろん若手も頑張っている中で、ファンの人もいろんな目線があると思うので、中途半端なプレーはできないという思いもありました。完璧ではないにせよ、今現在の自分にできる一番良いプレーを見せたかったです。
──ここから他の選手はWリーグに戻ってそれぞれレベルアップに励むわけですが、大﨑選手はどこかに所属するわけではないですよね。次の代表招集はいよいよオリンピック本番に向けたものになります。そこまでどんな準備をしますか?
恩塚亨コーチの力を借りられそうなので、東京医療保健大学で練習を積んでいくつもりです。ベースの身体作りは急ピッチで追い込んだので、ここからは身体作りよりもバスケの感覚を磨かないといけない。環境がある程度は整って、道筋は見えてきました。なるべく質は落とさずバスケの時間を増やしていきます。
──ママアスリートとしてオリンピックを目指す、という意味でも今後は注目されそうです。あらためて意気込みを聞かせてください。
失敗でも成功でも良いチャレンジにしたいという思いがありましたが、こうやってスタートを切ったからには、目指すゴールは東京オリンピックであり、メダル獲得です。最高のゴールに到達したいと思っています。バスケットボールを応援してくれる人たちにももちろん見てもらいたいですけど、スポーツとは関係ない主婦の方だったり、お母さんだったりっていう方にも見てほしいです。大きな意味を持つチャレンジにしたい、その気持ちは変わらないので、一歩一歩確実に地面を踏んでオリンピックに向けて頑張っていきます。