就任当初から東京オリンピックでの金メダル獲得を公言してきた5人制女子バスケットボール日本代表のヘッドコーチ、トム・ホーバスにとって、2020年はいよいよその目標を成し遂げるための本番となる。2019年の日本代表は9月末のアジアカップで4連覇を達成し、11月にマレーシアで開催されたオリンピックプレ予選も難敵オーストラリアを破っての3戦全勝と、これ以上ない結果を残した。この結果が示すように、ここまでのチーム作りは総じて順調。集大成となる東京オリンピックまであと半年と迫った今、ホーバスに来るべき大一番に向けた意気込みを聞いた。
「2019年は申し分のないシーズンだった」
──まずは2019年がどんな1年だったのか、チームの戦いぶりについての評価をお願いします。
アジアカップ、その後のオリンピックプレ予選とFIBA公式大会を8戦全勝で終えた、申し分のないシーズンだった。さらに重要なのは渡嘉敷(来夢)と吉田(亜沙美)が代表に復帰し、(赤穂)ひまわり、宮下(希保)、林(咲希)と若い選手たちがステップアップしてくれたことだ。東京で金メダルを獲得する旅路において、重要かつ良い1年となった。
──吉田選手の引退、からの現役復帰についてはどのように見ていましたか。
代表から2年離れていたし、引退した時も驚きはなかった。当時は本橋(菜子)の成長があり、町田(瑠唯)も実績のある優れた選手。藤岡(麻菜美)もおり、彼女が引退してもポイントガードについて心配することはなかった。
しかし、藤岡が故障して三好(南穂)も3×3代表に行くことで、ポイントガードが必要となった。そんな時、吉田が現役復帰を発表したけど、それも驚きはなかった。アンバサダーとして代表の練習見学に来ていた時、彼女がバスケットボールをしたがっている雰囲気は感じられた。私も引退した後に再びプレーしたいと思ったことがあるから、彼女の気持ちは理解できる。それに彼女のバスケットボールへの思いは分かっているからね。実際、引退発表した時、彼女に「今は引退すべきでないと思う。ただ、復帰したくなったらすればいい」と声をかけていた。
復帰後、初の大会となったプレ予選では、代表でプレーしたい熱意、チームへの献身的な姿勢を見せてくれた。彼女は気持ちさえ伴っていれば活躍できる。彼女の取り組みには満足しているけど、一方でまだトライアウトの最中だ。
──渡嘉敷選手の復帰は、チームにとって大きなプラスになりました。
特にディフェンスが素晴らしかった。彼女のローポストの守備のおかげで、インサイドにボールを入れられても毎回ダブルチームにいく必要がなくなった。彼女がいない時は常にダブルチームに行き、そこからまずい状況を作られていた。
渡嘉敷はフィジカルが強く、運動量も豊富だ。彼女が加わってディフェンスはより良くなった。2019年、アジアカップ、プレ予選の8試合すべてで69点以上は取られていない。これは素晴らしいことだ。またメンタルも素晴らしく、リーダーシップを発揮してくれた。
オフェンス面については、JX-ENEOSの時とは少し役割が違ってくる。国際大会では相手のサイズが大きく、Wリーグのようにインサイドで得点するのは難しい。彼女にもう少し点を取らせることが今年のネクストステップとなる。髙田(真希)と渡嘉敷が一緒にプレーする経験を重ねていくことで連携が深まれば、より活躍が期待できる。
──次に若手選手の台頭について、プレ予選で貴重な働きを見せた赤穂選手、宮下選手、林選手の印象を教えてください。
ひまわりの成長は最大のサプライズだった。アジアカップの前、彼女はアグレッシブさを欠いて練習で何も見せておらず、メンバーから外すことも考えていた。私の下で1年以上プレーして、代表における役割を最終的に理解することで、自信を持ってプレーするようになったと思う。自信を得た新しいひまわりは、スコッティ・ピッペンみたいだ。鉄壁のディフェンス、リバウンドに強く、ゴール下でフィニッシュできる。また、ここ一番で得点できる勝負強さもあり、様々な面でチームに貢献してくれる。ひまわりの存在は、守備におけるスイッチでも重要だ。ミスマッチが大きく減ったし、逆に日本が高さで優位に立つミスマッチも作り出せる。大きくて速く動ける彼女のような180cm以上の大型ガードは、チームにとって重要な存在だ。
宮下もサプライズだね。彼女はサイズ、フィジカルを評価している。私たちの弱点の一つは、1対1におけるフィジカルの部分で、彼女はそれを補ってくれる。3ポイントシュートを打てるし、インサイドにアタックでき、リバウンドも取れる。世界を相手に1対1で強さを発揮できる選手は多くはない。だからプレ予選でトライアウトをしたら、期待に応えてくれた。
林の活躍はサプライズではない。彼女は私がJX-ENEOSのヘッドコーチだった時にリクルートした選手だ。その後すぐに代表ヘッドコーチに就任したので、彼女がチームに入った時、私はすでに離れてしまっていた。彼女は私の戦術に完全にフィットする3ポイントシュートのスペシャリストだ。特にオフボールでの動きは素晴らしく、オープンになったらしっかり決めるので、相手にプレッシャーをかけることができる。
「オリンピック本番には、また違う代表になる」
──2月上旬にベルギーで開催されるオリンピック最終予選では、開催地のベルギーに加え、カナダ、スウェーデンと戦います。
すでに出場権を得ているので、新戦力を試すチャンスだと思う。コンビネーションも見ていくし、これはトライアウトになる。オリンピックメンバーを巡る熾烈な競争になることを期待している。対戦相手だが、カナダとベルギーはともにAクラスの実力を持った難敵だ。スウェーデンも手強い。ただ、いつものようにすべての試合で勝ちに行くだけだ。タフな組み合わせは、オリンピックに向けた強化としては歓迎すべきことだ。
──2020年に入って最初の代表合宿に、出産もあって長くバスケから離れていたセンターの大﨑佑圭選手がいたのはサプライズでした。大きなブランクもある中で、彼女を招集した理由を教えてください。
3カ月くらい前に彼女から「東京オリンピックに挑戦したい」と連絡をもらったことが始まりです。この合宿の前にやっていた個人練習を見ていましたが、すごく真面目にトレーニングをして身体を作っていました。今のコンディションも悪くないし、フィジカルについては前と変わっていない。外からは分かりにくいですが、彼女はとても上半身が強い。だから相手は彼女との接触を嫌がります。逆にシューティングは前よりも良くなっているくらい(笑)。心配しているのは5対5の試合における体力が戻っているかどうか。ただ、簡単にポジションをあげることはできない。彼女には、「これはトライアウトだよ」と伝えています。
──北村悠貴選手、加藤優希選手、東藤なな子選手は、すべてシューティングガードの登録となりました。
このポジションではひまわり、林に加え、ベンチから特別な仕事をしてくれる選手で層を厚くしたい。また、アメリカ、オーストラリア、スペインは2番、3番にフィジカルに強い選手が多い中、日本はこの部分が少し課題となっています。だから、フィジカルに強い選手を見てみたいと3人を呼びました。加藤は所属しているWリーグのトヨタ紡織ではインサイドの選手ですが、ボールをもらってからドライブに行くか、シュートを打つのかの判断がとても速い。それに足も速いので、チームが求める2番の役割をできると思っています。
──昨年の戦いぶりを見ても、日本は試合ごとに活躍する選手が違って日替わりでヒロインが出てきました。今のチームに絶対的なエースと考える選手はいますか。
私のチームに、そういったエースはいない。みんながエースになれるから、相手は守るのは難しいんだ。みんな得点できるし、どんどんシュートを打つよう伝えている。アジアカップでは本橋が素晴らしかった。ただ、彼女も常に20点を取るわけじゃない。彼女が絶好調でなければ渡嘉敷や林にパスをするだけだ。すべての試合でマッチアップなど状況は異なるし、その時々で調子が違う。だから特定のエースに頼るのは私のスタイルじゃない。
──日本のどのポジションの選手も3ポイントシュートを打ち、圧倒的なスピードで走りまくるスタイルは、世界の他のチームにはない唯一無二のスタイルです。当然、相手もよりスカウティングに力を入れてくると思います。
ベースとなる部分は変わらないが、私は常に勉強しているし、いろいろな試合を見るたびに何かを得ている。オリンピック本番までには今と違うオプションを作り、さらにチームを進化させていく。
日本は多くの異なる動きをすごく早いスピードで行なっている。いろいろなプレーセットがあり、トランジションでも様々な動きがあるから、スカウティングは難しいだろうね。特別な秘密はないけど、相手に応じて異なる戦いができる。そこに今まで使ったことのない選手が入ったら、そこでまた変化が起こる。「どうぞ研究してください」という感じだ(笑)。オリンピック本番には、また違う代表になっている。実際、今のチームは就任当初から全く違っているからね。
「もっとファンを増やしていきたい」
──これまでの戦いで結果を残してきたことで、世界における日本の注目度は上がっていると思いました。
昨年、アジアカップを3連覇したけど、大会前の世界の評価はサイズがあるからとオーストラリア、中国を優勝候補の筆頭に挙げて、日本はアンダードッグだった。ただ、海外のコーチたちからは大きなリスペクトを得ている。例えばオリンピック最終予選で戦うベルギーのコーチからは組み合わせが決まった後、「日本よりアメリカと対戦したかったといった」と言われた。ベルギーにとっては日本のスピードの方がマッチアップするのに嫌なんだ。それはとても光栄なことだね。今、世界のメディアからアンダードックと見られていても構わない。オリンピックで金メダルを取って、世界中からサプライズと大きく取り上げられればそれでいい。
──オリンピック本番に向けての最後の仕上げとして、意識している部分を教えてください。
チームのベースとなる部分については自信を持っている。中心となるプレーヤーはチームの基礎を分かっていて、そこに細かいアップデートを重ねていく。ただ、ここで新しい選手が入ると、彼女たちはチームの積み上げてきたものをイチから学ばないといけない。それはとてもタフなことだと思う。
──最後にファンへのメッセージをお願いします。
僕たちをずっと応援してくれているファンの皆さんは、日本がとても見ていて楽しいエキサイティングで強いバスケットボールをすることを知ってくれている。これを継続し、目標達成のためにハードなトレーニングを続けていく。これからもサポートをお願いします。
オリンピックに向けて、もっとファンを増やしていきたいと思っている。ファンがより広がっていくことで、チームが必要とするホームコートアドバンテージはより強力になる。